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暁の街(メリアルサーレ)~ ダルモサーレ ~ リダンサーレ

◇ 土の竜騎士:ルルロッカ追跡?

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※引きつづき、土(黄)の竜騎士ガーロイド視点です。

◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆



「え? じゃあ、客がいるわけ?」

 深夜、オレたち四人は大部屋に集まっていた。
 連絡係と称して押しかけてきた赤毛の長身女が眉をひそめる。
 かつて竜騎士を目指したヘスティアだ。
 ここは三階だ、窓から勝手に入り込むな。

「宿帳によると、南国の旅芸人らしい。これを持参しておいてよかったぜ」

 オレはちょうを模した盗聴防止の魔道具を指さす。
 この前、グウェンフォール様に改良を加えてもらったんだぜ。

 赤ひげのファンバーが、
「流石はルウェレンきょうである」
と差し入れた人間を当ててきたのは余計だ。

 現地調達型なんだよ、オレの荷造りは。
 その横ではヘスティアも、繊細な魔道具をひょいと持ち上げる。
 お前は昔からガサツなんだ、壊すなよ。

「最新のじゃないか。欲しい」

「やるか! 父親にねだれ」

「無理。この夏、妹のグローニャに説教かましてから、口を利いてくれない」

 屋敷の中で、魔砲弾をぶっ放したとかいう物騒なアレか。
 火の選帝公閣下は、三女を馬鹿可愛がりしているからな。
 そら激怒するだろうよ。

「ヘスティア様は確か……何年か前にご実家を勘当されてからは、お見かけしませんでしたねぇ。それが昨年から王都学園の養護教諭でしたっけ?
 帝国で潜んでいらしたのに、急にカラスの里帰りとは、いやはや」

 イーンレイグが紫土のさかずき団栗どんぐり酒を注ぐ。
 そして苦笑しながらヘスティアに渡した。

 王宮の奥向きを取り仕切る人間がそう呼ぶのだ。
 つまりは陛下お抱えの諜報ちょうほう部隊。
 『闇夜のカラス』の一員ってこと。

 ウェイロンとファンバーは知らなかったらしい。
 イーンレイグの示唆する内容に、ぎょっとしていた。

 もっとも、オレにとっては後輩のままだ。
 ヘスティアが本当に成りたかったのは竜騎士だからな。

 竜に乗るのは学年トップ。
 なのにその世話がド下手すぎて契約を結べなかった。
 家事の超絶得意な男を嫁にしたと聞いた日には、心底ホッとした。
 ただ苦手なだけなら害が無かったんだろうが……。

 騎士学校の遠征、こいつが食事担当になった夜の惨劇ときたら。
 教師も生徒もあちこち茂みの中でしゃがみ込むハメになった。
 明け方までだからな。
 そいで本人ひとり爆睡してたからな、今でも語り草だ。

「精霊に」

 ヘスティアは、余っていた丸椅子にドカッと腰掛ける。
 片足を組んで、酒を豪快に飲み干した。

「で、本当に旅芸人?」

 酒の追加を催促しながら、身を乗り出してくる。
 全員、ヘスティアが子どもの頃から見知った顔だ。
 親戚のおっさんたちとの飲み会感覚なのだろう。

「判らんが、長旅なのか疲れた様子だった。子どもかと思ったが、あっちの人間は背も低いし、いつまでも幼く見える。それと男装していたな」

 オレが記憶を辿たどりながら説明する。
 ふたたびウェイロンとファンバーが驚いていた。
 イーンレイグは少女だと気づいていたらしく、うなずいている。

「フフフ、あの格好はチッペランツェ族ですよ。ほら、ラリア・ルァ・ガルーフェの山岳地帯に住む」

「ああ。胸クソ悪い帝都新聞が嬉々ききとして指摘してた所か。確か最初の聖女様は、野蛮なヴァーレッフェの国民ではなく、可憐かれんなお花の国から来たんだとかなんとか」

 ウェイロンが凶悪犯さながらに凄んだ。
 摘発する側の監査官なのだ。
 あの顔と口の悪さでも御用になることはあるまい……多分。

「あと、氷緑鼠ルルロッカに似てた」

 オレは至極真面目な顔で付け加えた。
 残りの三人もすぐに同意する。

 我が国の貨幣基準となる1イリを表す穴銅貨。
 その形は光緑果トゥルロッカの四弁の花をかたどっている。
 一粒で数日の飢えをしのげるという伝説の果実。
 もし深い雪の中で見つけられれば、の話だが。

 それを守っているのが、やはり伝説の氷緑鼠ルルロッカ
 小さい両手で合掌しては「ルルル」とくらしい。
 あの娘っ子も、ときおり胸の前で手を合わせていたな。

「そういや、ここへ来る直前にディルムッドからかれたよ。神殿て、いつから花壇が取っ払われて、人間以外はねずみ一匹に至るまで生き物全面禁止になったんだって」

 ヘスティアの指摘に、皆で考え込んでしまう。

 オレ世代が竜騎士になった頃には……。
 まだそこまで厳しくなかったよな?
 いや、でも王宮に比べて違和感なかったか?
 すでに人より大きな木は伐採され尽くしていた。

 神殿正門前の立体花壇。
 最後の一画が撤去されたのは、九年大戦のすぐ後だ。
 犬や猫が迷い込む度、見習い竜騎士は捕獲に駆り出された。
 あのアホらしい慣行は、いつから始まった?

 イーンレイグも首を捻っている。

「ディルムッド、ですか。風の選帝公家、本家ご出身の竜騎士ですね。児童連続失踪事件の最初の被害者の……」

「うん、叔父にあたるんだ。その捜査で、もしかしたら香妖の森に行くかも。ていうか、行くわ。あいつ中途半端に馬鹿だし。竜騎士だから」

 ヘスティアはさらに不穏な情報を投下してきた。

めろよお前の弟みたいなもんだろ! てか、『竜騎士だから』ってなんだよ!」

 おいそこの老いぼれ野郎ども!
 ガン首そろえて納得してんじゃねぇ。

「こっちだって忙しいの。かぼちゃ祭り用の魔獣狩りとグウェンフォール様の捜索開始で、神殿内部の警備が前代未聞の少人数なの。
 今、忍び込まなきゃ、いつ忍び込むってのよ!」

 悪かったな、脳筋ぞろいで。
 神殿の守りを任された師団長の前でそれを言うか。
 犬猫の代わりに神殿中を追いかけまわすぞオラ。

「――王都周辺もこの通り、飛び周り放題だし?」

 青筋を立てたオレを見て、じゃじゃ馬が慌てて付け加えた。

 神殿の魔導士の動きが怪しいのは前からだ。
 だが帝国の魔導士らと手を組み出したのが目障りだ。

 火の師団長ルウェレンは身動きが取れない。
 ただでさえ国王陛下の大叔父という立場がある。
 おまけに、娘のアイラ姫だ。
 『黄金倶楽部クラブ』所属の魔導士とつき合いはじめた。
 そいつに自宅まで押しかけられている。

 水の師団長トゥレンスは部下を亡くして意気消沈。
 神殿長とやたら接触が増えた。
 ありゃ、捨て身の潜入捜査をする気だ。

 風の師団長エイヴィーンも、聖女にびへつらっている。
 積極的に美容師だの服飾家だのを斡旋あっせんしていたしな。
 懐に入り込もうと画策しているのだろう。

 消去法で、土の師団長であるオレが残ったってワケで。
 外部との調整係にされちまった。
 ヘスティアの言う、『中途半端に馬鹿』な自覚はあるんだぜ。
 情報収集とか、マジで勘弁してほしい。

「で? 階下の氷緑鼠ルルロッカは結局どう料理するんだ?」

 いつの間にか、伝説の花守りネズミが惨殺される寸前になってた。
 哀れにもぷるぷると震える氷緑鼠ルルロッカ
 全員の脳裏に同じ絵面が浮かぶ。

 この国で一番強面のウェイロンが言うとなぁ。
 選択肢が『消すか、かたすか』にしか聞こえん。
 正規のまっとうな監査官のはずなんだが。

「えーと、明日からカハルサーレに引き返さないといけないんだよね。その後は、この先の検問に用があるからついでに追跡してもいいけど」

 ヘスティアの顔も引きつっている。

「霊山すぐ裏の領主館か。ガサ入れを手引きしたのって、烏の連中おめえんとこだろ? 監査庁うちの頭越しにしやがって」

 ウェイロンの三白眼がさらに剣呑けんのんに光る。

「あ、あたしゃ国内組だから! たんに魔法陣の検分係で呼び出されただけだってば!
 カハルサーレの潜入捜査を担当したのは本来、帝国よりさらに南の、それこそラリア・ルァ・ガルーフェとかを回ってる商人組なんだ。領主が骨董狂いらしくてさ。
 えっと、ほら、そいで検問でね、うちとしてはスレインにエセ金髪の黄金虫を引き留めといてほしいわけ。穀物街道の検問はダルモサーレを拠点にするとか言いだしててさ――。
 あ、焦らなくても大丈夫! 一応、お婆様にはロザルサーレ辺りまで範囲を広げるように掛け合ってもらうから。もし当初の予定通りダルモサーレになっちゃう場合は、こっちに連絡入れるし。
 だからそれまでは、おじさんが尾行しといてよ。一応は竜騎士でしょ」

 新情報を色々とぶっ込んできやがった。
 ダルモサーレは親父の領地のすぐ隣だ。

 ケバい金髪に染めてやがる上級魔導士、つまりルキヌスか。
 あんな粘着質のが来るとか邪魔くせえ。
 お婆ってのは、魔導士協会の業突ごうつく張り会長のことだろう。
 上手い事やってくれるだろうが、極力借りを作りたくはない。
 怒らせたらケツの毛まで抜かれちまう。

 そいでスレイン。昨今の社交界で大モテの女竜騎士だ。
 ってことは、火の第三師団が穀物街道になったらしい。
 神殿長の割り振りは、ホント気分次第だな。

「だーかーらー、オレはそういうのが苦手なんだよっ」

「まぁまぁガーロイド。私たちも知恵を絞りますから」

「アヴィリーンに頼んでおくのである! うまいこと誘導してくれるであろう」

 イーンレイグとファンバーが慰めてくれた。
 面倒な雑事は後輩に押しつけるに限るってのに。
 嗚呼ああ、さっさと黄金倶楽部クラブの魔導士を殴りてぇ。



◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆



 朝が来たが、始発の馬車移動は取りやめた。
 一階でたむろしていると、氷緑鼠ルルロッカが遅まきに登場する。
 旅芸人は宴会に出向いて稼ぐからな、夜型なのだろう。

 あの首からぶら下げた謎の人形と話すフリが多い。
 ままごとをする年齢なら保護すべきだ。
 そこでイーンレイグと目が合う。
 
「種族が違うと何歳かの判断が難しいですねぇ」

 似たようなことを考えていたらしい。
 ファンバーは王都美術館での鑑賞気分に浸ってる。
 なにせ氷緑鼠ルルロッカの巨大絵そっくりに、少女が手を合わせてる。

 そりゃもうゆっくり、いつ終わるんだって遅さで食事が終わった。
 本人的には急いでるようなんだが、一口が小さすぎる。
 そいでまた手を合わせると、アヴィリーンの動きを追いはじめた。
 さっきから目の動きが丸わかりだ。

 氷緑鼠ルルロッカは腰を浮かせて躊躇ちゅうちょしていた。
 女将のほうが察して、受付へ移動すると意を決したようだ。

 まず自分の食卓の角にお腹をぶつける。
 受付に行くまでに何もない床で二度つまずく。
 最後に目的地のすぐ手前で持っていた地図をまとめて落とした。
 
 新しい芸風……では、ない、よな?
 ものすごい緊張と焦りが部屋全体に伝わった。

「お、応援したくなりますね」

 イーンレイグが心配気にハラハラしている。
 ウェイロンも固唾をんでいた。
 ファンバーに至っては、精霊に祈りはじめたぞ。

「めりある、さぁれ……だる、も、さぁれ」

 えらく舌っ足らずだが、一生懸命なのは伝わってくる。
 なんかわからんが、頑張れ氷緑鼠ルルロッカ

「ダルモサーレ行きだとしたら、確か昼前に出るのではないかと思うのだけどぉ。今からだと――」

 アヴィリーンが困ったように笑う。
 一応オレたちの許可を取るフリをして、こちらに身柄を渡してくれた。

「私、これでも中央高地の宿組合じゃ、東支部の代理長の副補佐だから」

 アヴィリーンが目配せしても、少女はしばらくキョトンとしていた。
 時間差で、さも驚嘆したような顔を作って熱心にうなずいてみせる。

 あのな、それな、存在しない役職だからな。
 この国で諜報ちょうほう活動する奴ら用の隠語だから。
 ようは、「警備担当だからすぐ捕縛できるぞ」って脅しだ。
 
 階段まで到達すると、満面の笑みで人形の手を取った。
 こっちにパタパタ振ってみせ、部屋へ戻っていく。

 階段の段差で派手につまずいたぞ。
 踊り場で方向転換したついでに壁にぶつかりかけとるぞ。
 ロクに鍛えてないから身体の軸がふらふらだ。
 帝国が使い捨てにする属国の諜報員でも、もちっと鍛えておくだろうに。

「いやはや。南のほうには不思議な生き物がいますねぇ」

 イーンレイグが温かい茶を飲みながら、なごんでいた。
 うん。なんなんだろな、あのへんな生き物。

 やっぱし氷緑鼠ルルロッカだったわ。






◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆

※芽芽本人は、ゆっくりにしか食べれないのも、何もない所でこけるのも、「毎度の普通のこと」なので気にしていません(笑)。
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