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霊山

★ 契約獣:安分守己(あんぶんしゅき)

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※引きつづき、契約獣カチューシャの視点です。



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 女帝の名前になって、白い犬になって、やっと敵の喉元い千切れると思ったら、バカみたいに幼稚な計画立てられて、危機感ゼロの軟弱そうな兵士どもにでくり回されて、それでも何故だか管理小屋を突破できてしまった。

 いくら飼い犬っぽい演技をしてたからって、山の中なのよ。牙娘じゃあるまいし、この国の人間なら魔獣の可能性を疑うべきよね?!

 そもそも就業中に遊戯板で賭け事だなんて、どれだけたるんでいるのよ。グウェンフォールと下見に来たときは、毎回ひときわ屈強な兵士が何人も道端に立って睨みを利かせていたのに!

 おまけに何なの、あの突風。兵士が外をうかがおうとして扉を少し開けた途端に一陣の風が打ちつけたのよ。おかげでわたしが脱出できたけど! 不自然な松ぼっくりの散らばりようも隠蔽できたけど!

 ~~なんだか納得が行かないのはわたしだけ? そもそも論として、あんなひょろっちい新人、全員いたぶって惨殺でしょ。折角、新しい身体に魔力が満ち満ちあふれているのよ!



 しばらく歩くと、満開の花を咲かせた魔草まそうがしれっと樹の上にいた。黄の聖土花ニヤートゥル、青の聖水花スハートゥル、赤の聖火花クツートゥル、紫の聖風花ナトートゥルそろい踏みって、どんな珍事よ。

 普通は森の奥深くに潜んでいる超希少種。人間が入手できるのは、気紛れに落とした花だけ。萎れかけたそれを辛うじて地面から採取し、高額で取引するの。魔導士や竜騎士は、森で落ちているこの花を見つけたら王宮に納めないといけないって法律があるくらい。

 確か王侯貴族がお茶飲むときに浮かべるのよね。花びらというか、ひもみたいに細っそい貧相な残骸を数本。貴重すぎて偽物のほうが一般的に出回ってるって聞いたわ。

 なーのーに! こんな人間用の道の直ぐそばで何してんのよ。兵士も魔草コイツたるみきってるわっ。

 あの小さな虫だって、一応は魔蟲まむしじゃないのかしら。うんと上の方で花にたかってて、ちっとも人間を襲おうとしないの。イラつくったら!

 牙娘の方も、全く警戒する様子がないし。あのねぇ、魔草から直に花を取ろうなんてしようものなら――って、なんで許可するの! 怒りなさいよ、攻撃しなさいよ、あんたたちっ。

 この調子だと、伝説の光緑果トゥルロッカまで諸手を挙げて登場しそうな勢いね。嫌だわ、気持ち悪い。



 ぬるま湯続きじゃ、いつまで経っても神殿の魔導士と戦えないじゃない。この娘、もうちょっと鍛えないと駄目だと思うの。

 運動神経が壊滅的なのは、荒廃した世界で長年ちゃんとした食事にありつけなかったせいだわ。

 だから気を利かせて、人里まで全速力で駆けてって、パンを調達してあげたのに! 牙娘ってばなんて言ったと思う?

≪気持ちはうれしいけど……ごめんね、ありがとう≫

 はあ? 何それ。
 で、戻してこいですって。このわたしに!

≪食べないと死ぬでしょ!≫

≪いや、人間も含めて動物って、少々食べなくても平気なように体が出来てるよ?≫

 昨夜からロクに食べてなくて、お腹が空いているクセに、牙娘ってば晴れやかに微笑んでいるの。殺すのも嫌い、盗むのも嫌い。何それ何それ何それ。

 今まで契約した人間は皆、わたしに平然と命じてきたわよ。気に入らない奴がいるから殺せ、欲しい物があるから盗んでこいって。

 ≪ごめんね≫も≪ありがとう≫も、言ってもらったことなんか久しくない。だからこっちだって遠慮なく魔力をってやった。

 ――青い馬の連峰。

 そっか。あの場所を思い出した理由が何となく解った。わたしのこと、綺麗きれいだって褒めてくれて、大切にしてくれた変な魔導士。

 あいつだって殺しも盗みも命じてきたけど、あの山で死ぬ前に≪すまない、ありがとう≫って言ったのよ。自分が死んだ後も人間にわたしが害されないよう、『聖獣』って喧伝けんでんしてくれたの。

 だからずっとこの国を守ってきた。あいつにとって命よりも大切なものだから。

 でも今はもう、何をすべきかよく解らない。

 どんなに頑張ったって、目先の権力や金のために人間は腐敗していく。あいつが必死に防ごうとした神殿魔導士の暴走は、とどまることがない。

 いくら竜騎士に魔導士を取り締まる権限を与えたって、神殿の中に竜騎士本部を設置して見張らせたって、捕まえるのは小悪党ばかり。あいつが立ち上げた魔導士協会だって、古参の魔導士になればなる程、監視の目をいくぐる。

 神殿の聖女はもう何代も偽者続き。自分たちの上に位置する聖女なんて、邪魔でしかないから、これからも本物なんて探すわけない。

 多分、このままだとこの国ヴァーレッフェは滅びる。あいつ――稀代きだいの天才魔導士シャンレイが将来への布石を周到に敷き、知恵を絞って万全の体制を整えてもこの結果ザマ

 ……胸が締めつけられるのは、何故かしら。



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≪ディラヌー、いやカチューシャか、今は≫

 娘と小竜が寝静まった夜半、グウェンフォールが話しかけてきた。ジジイの霊体が侵入した人形は、牙娘が枕もとに敷いた花模様の布の上に大切に置かれてる。

 おままごとね、お子ちゃまなのね。上から更に別の布を布団代わりに被せようとしたのは、老いぼれ魔導士が断ったようだけど。

 寒いかどうかの心配よりも、わたしが人形ごと奪って、逃走するとか思わないのかしら。

≪この娘、どう思う?≫

≪どうって……どうもこうもないわよ。弱虫だし、愚鈍だし、頑固だし!≫

 もうちょっとこっちを疑いなさいよね、警戒しなさいよね。

≪まぁそこはともかく。魔力の話じゃ≫

≪魔力があったって使い方を解っていないのだから、ちっとも戦力にならないわっ≫

 寝る前だって、いびつな小石を周囲に置くの。辛うじて赤・黄色・青・紫の精霊四色を薄っすら構成しているといえなくもないけど、基本的な色合いが地味かつ貧相なのがいただけないわ。

 『おまじない結界』って呼ぶくせに、肝腎の結界魔術も唱えない。それを指摘したら『知らない』って言うのよ、『可愛いから安心するでしょ』って頭おかしい。意味わかんない。

 どの石にも牙娘の魔力がたっぷりもっているのは……まぁ、認めてあげるけど。でも様式美ってものがあるじゃない。

≪そちらもともかく。地下から水をみ上げたのじゃぞ! 魔道具の補助があったとはいえ、詠唱なしで!≫

≪ああ、そっちね≫

 だから何って話なのだけど。詠唱なんて使うの、人間だけだもの。

≪風も土も水も、指輪を無調整で使い倒しおる。火に至っては、魔法陣が全く組み込まれていない貧相な『おまじない』、たかが自然の団栗どんぐり一つで点火じゃ! 恐らく、どの属性とも凄まじく親和性が高い。これはひょっとするとひょっとするかもしれん≫

 イヤだから何が?

≪あの曇りなき魔力、精霊の祝福を受けているとは思わんか?
 おまけに管理小屋じゃ! ワシらとて、霊山に配置された兵士には忍び込もうとする度に手を焼かされたのじゃぞ? 本来ならば、あれ程の愚策が成功するわけがなかろうに。
 しかもこの季節に、雲一つない晴天! まるで四大精霊が加護を大盤振る舞いしているかのような奇跡ではないか!
 決め手は、あの魔草じゃ! トゲで刺し殺してくるかとヒヤヒヤしたぞ、ワシは!≫

 グウェンフォールの声がいつになく弾んでいる。人間が『害虫』と呼んで忌み嫌うものたちも、全く近寄ってこないではないかと講釈が続いた。

 例えば、この季節なら皆が被害に遭う大ぶりの蚊にも刺されていない。はえも臭い虫もたからない。森の中なのに魔百足むかでを一匹も見ない。

 近年では季節や種類を問わず異常繁殖して、最北のヴァーレッフェだけでなく西隣の王国アヴィガーフェ南の帝国シャスドゥーゼンフェでも、深刻な社会問題化しているというのに。

 そういえば……霊山で見かけた青いかえる。あれは精霊の眷属けんぞく聖水蛙スハルルだったのかしら。見間違いじゃなければ、紫の聖風蝶ナトルルもいたような気がしてきたわ。

 しかも娘が火をこす度に握ってる『おまじないの団栗どんぐり』……夜中に赤い栗鼠りすが放り投げてきたって言ってたけど、まさか聖火鼠クツルルじゃないでしょうね?

 あら、魔草の上の方で飛んでた黄色いのって魔蟲まむしでなくて聖土虫ニヤルル

≪……もしかして、わたしたちが探していた存在かもしれないってことね≫

≪そうじゃ。お前なら確かめられるか?≫

≪無理。精霊魔法はわたしの管轄外≫

 途端に、がっくりと項垂れた気配が伝わってきた。だってわたしの中の魔核が邪魔するのだもの。

≪とりあえずは様子見するしかないんじゃない?≫

≪神殿の奴らには勘づかれるでないぞ≫

≪当たり前よ。だからしばらくは青い馬の連峰を目指すの。四六時中見ていれば、やがて判明するわ≫

 精霊の眷属けんぞくが再び接触してくるかもしれない。そっちは仕留めて屍体したいになるかどうかで識別したらいいわよね。

≪おい。何やら物騒なことを考えていそうじゃが、本気で連れていくなよ。あそこの坊主どもも曲者ぞろいじゃ≫

≪あいつらと関わる気はないわ≫

 上級まで極めた魔導士って、どいつもこいつもゆがんでいるもの。牙娘みたいな赤ん坊は、ひとたまりもないわ。近づかせるなんて論外。

≪娘のほうは街に出て、買い物ごっごでもさせたら、気が済むでしょ≫

≪そんなものか≫

≪幼くても女だもの、そんなものよ≫

 わたしは自信たっぷりに答えた。歴代の魔導士に群がった女を見ていれば、一目瞭然じゃない。

 散財するために生まれてきた生き物、それが人間の女。美しく着飾って、美味しい物を食べて、他愛のないおしゃべりに花を咲かせる。流行を追い、流行を競い、刹那に生きる。そんな程度のつまらない存在だわ。

 ――の、はずだった。






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※ここから、じじ様の人生をつづった番外編『猫と魔導士老人の生涯 ~ヒキガエルの精霊と森の姫に見守られて~』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/954271435/943639634)を別立てで掲載します。片耳へにょりん猫のディラヌー(現在はカチューシャ)も途中から少しだけ出てきます。最後は霊山で芽芽と出会うところまで。
 読んでいただけると、大変うれしいです。
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