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霊山

13. 結界を突破する

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芽芽めめ視点に戻ります。

****************



≪ほら、こっちよ≫

 性質タチの悪い二人組の、片耳へにょりんなほうが話を逸らした。

 道沿いじゃないと言ったクセに、灰色猫は私たちが下りてきた砂利道を進んでいく。鬱蒼うっそうとしたトウヒの巨木に囲まれているせいで、山の何合目なのかさっぱり判らない。

≪ここよ≫

 幾度目かのカーブを曲がると、突然樹々が遠ざかって、代わりに巨石がどーんと乱立していた。忘れ去られた巨人族の古代採石場だと言われてもうなずいてしまいそう。石の数も、一つひとつの大きさも異様なんだもの。

 猫は急に砂利道から反れ、手前の巨石と巨石の間にするりと入った。高さや横幅はどれも数メートルはある。でも大人が前を向いてその隙間を通るなら、相当に細身でないと無理。

 じいさん結構ガタイ良かったけど、ここ通れたの? って半信半疑になるくらいに狭いスペースだった。それが車二、三台分くらいは続いている。私の肩幅ならギリギリ、あの老人の肉体なら体を横にしてかに歩きだ。ってことは……。

≪で、じゃ。竜はここで待機させろ。お前さんは山を下りろ≫

≪下りたら助けを呼べる?≫

≪…………神殿は王の権力と双璧を成す。平民は王より神殿に対して親しみを抱いておるし、王侯貴族の一部は神殿の魔導士と通じているから信用できぬ。
 お前の魔力を持ってすれば、神殿に設置された宝玉を盗める。ワシとこの猫が助太刀する≫

 うに、よく解らない。なんで遺品泥棒からお宝泥棒に進化するのだ。

≪あれはこの国の礎じゃ。戦で負けた後も宝玉さえあれば、この国は完全には滅びぬ≫

 ちょっと待て、『完全には』って何それ。しかも戦争が起こる前提で話してるよね。フィオが前線に立たされるんだよ、ちゃんと説明したよね。

 確かに神殿の中にいる悪徳魔導士は、人も獣も平気で殺す。でもその『宝玉』とやらを他国へ売却したほうが、偽旗作戦よりも安上がりで手っ取り早そう。なのに実行しない。あるいは、出来ない。
 なんか裏がある。しかも実質的に国宝に相当する物体が、右も左もわからぬ異世界人でも盗めそうな状態っておかしい。

≪絶対やだ!≫

 私は老人の案に真っ向から反対した。指切りしたもん、フィオと私は一心同体だ。ずっと山の中に閉じ込められていた、独りぼっちのはぐれ子竜。置いていくなんて出来るわけない。

 大事なのはフィオが自由になれるかどうかであって、国の存続なんかどうだっていい。

≪この竜は結界の外に出たとしても、戦からは逃れられぬ≫

 捕まらなかったらいいんでしょ?
 竜の大陸までトンズラしたら巻き込まれないじゃん。



≪お前……魔力がそれだけあるなら、ちゃんと見ろ。竜の首に契約が巻き付いておろーがっ≫

 この人、また解らないことを言い出したよ。呪いは人を探して彷徨さまようし、契約は首に巻きつくのか?

≪その竜は、魔導士らと奴隷契約を交わしたのじゃ! そうじゃな? 魔法陣で作った契約書に血を落としたじゃろうっ。呪われた魔核をみ込んだな?≫

 “しがない教師”である老人によると、この世界には『上級魔導士』というトップクラスになると結べる特殊な契約がいくつかあって。

 一つは老人と猫みたいな主従契約。

 魔法陣に使うのは、魔導士本人の血液と魔力だ。そこにかれた魔獣が自由意思でやってくる。
 使役できるようになるけど、どこまで従うかは契約獣との力関係で制限されるし、魔力で報酬を支払わないといけないし、何年何ヵ月従ってくれるかも契約獣次第。

 もう一つはフィオが無理矢理させられた奴隷契約。

 上位魔獣を何体も殺して、その血で魔法陣を描く。従わせたい獣を中心へ追い込んで、血判を押させる。そして奴隷にした獣の血を採取して呪詛じゅそを染み込ませ、その中に下位魔獣たちの魔力の源、『魔核』を漬け込んでおく。
 この呪われた『魔核』を定期的に食べさせると、拘束力はさらに高まるのだ。だけど奴隷獣は、使役後も魂を抜かれた虚ろな人形になってしまう。

≪つまりフィオのところに落とされた魔獣の死骸は餌づけじゃなかったの?
 魔核のお漬物が仕込んであったってこと? だから食べないと攻撃されたの?
 で、でも! フィオは虚ろじゃないし!≫

≪自我を保っていられるのは、その竜の魔核が強いからだ。通常の竜が必要なら、神殿に勤める竜騎士たちから騎竜を取り上げればよい。だが奴隷契約をして、まともに話せる獣なぞ前代未聞じゃ。
 その竜、使い方によっては国を奪えるな≫

 竜は物じゃない。『使い方』なんて言わないで! フィオは喜怒哀楽も意識もはっきりしているし、だったら呪いなんて跳ね除けられるよね? 契約なんて関係ないよね?

 老人は私の質問には答えず、フィオの首を見るように言う。肉体の目ではなく、額の第三の目を開け、全身の気の流れを止めるな、もっと微細な次元に意識を移せ。

 悔しいけど、この人の指示は細部まで的確だ。

 そしてもっと悔しいけど、フィオの首の周りにどす黒い糸みたいなものが何重にも巻きついているのが、だんだんはっきりと見えてくる。

≪でも! おじいさんの魔術で糸の幻影を作っているのかもしれないし!≫

≪そう思いたいならそれでも構わんが、奴隷契約は絶対じゃ。
 『戦に協力する』という契約をしたのなら、戦が始まれば契約の魔力で引き戻される。無視すれば、その黒い糸が首を殺さん程度に絞めつけて苦しめる。自らの血と魔力で編まれた鎖じゃ。
 上位魔獣らが証人として、やはり魂を縛られたまま月にも行けずにうごめいておる。そこに下位魔獣らの怨念が複雑に絡み合ってくる。どれも残虐非道な殺され方をされたはずじゃ。いくら魔核が強くとも抵抗できん≫

 どうしよう。もし本当の話だったら。

 『月に行く』は『成仏する』ってことだと思う。でも生き物に上位とか下位とか、意味が解らない。なんで魔導士を恨まないのよ、と愚痴ったら、その恨みの矛先をゆがませる魔術だから禁忌なのだと言われた。

 私は唇をんで、下を向く。ダメだ、迷ってる場合じゃない。混乱する情報は捨ておこう。
 ぐだぐだ嘆く暇があったら、対抗策を捻り出せ。老人がうそついてる場合、本当だった場合、両方に対応できる策。

 ――私にとって一番大切なのは何。

≪ちょっと待って。じゃあ、この糸をほどく方法はゼロなの?≫

≪……なくはない。但し、最低でも上級魔導士が五、六人は必要じゃ。おまけに解呪の儀式は数日かかる。
 そんな面倒なことに関わりたがる変人をごっそり集められるなら可能かもしれんな≫

≪変人の魔導士がいそうな場所を教えて≫

≪知らん≫

 う……。冷たく言い放ったって、ひるむもんか。

≪じゃあ、相談に乗ってくれる人を教えて≫

≪今、乗っているが?≫

≪乗ってない! 私が知りたいのは契約解除の道筋! 『乗ってる』と宣言したのなら、有言実行して!≫

 私が怒りに任せて詰め寄ると、熊のぬいぐるみの中で老人が決まり悪そうに目線を外した。……ような気がした。



≪青い馬の連峰≫

 横で私たちのやりとりを眺めていた猫が、静かにつぶやいた。片方だけ立った耳がぴんぴんっと動いている。

≪え?≫

≪この国の北部に広がる青い馬の連峰。ずっと昔に、とある魔導士が切り開いた修験場があるの。
 今は修行僧たちが集ってる。その中になら上級魔導士レベルは何人かいるわ≫

≪その人たちなら、契約解除できる?≫

≪さあ? でも慈悲深い僧侶様なんだし、少しぐらい相談に乗ってくれるんじゃない?≫

 それじゃあダメだよ。確実に戦との縁を切りたいんだもの。

≪あのね、こんな複雑な契約、この男だって一人じゃ解除できないの!
 物は試しでしょ。どうしてもって言うなら、青い馬の連峰まで案内してあげるから≫

 そ、そっか。すみません。じゃあお言葉に甘えて……って、ちょっと待たんかーいっ!

≪やっぱりフィオを置いてくことになるじゃん!≫

≪あらやだ、気がついちゃった≫

 面倒臭い小娘ね、と猫がお上品にめ息をつく。



≪芽芽ちゃん、ボクもっと小さくなれるよ?≫

 本格的に泣き出しそうな私に対して、笑顔のフィオが袖をちょんちょんと引っ張ってくる。

≪あ、そか。フィオって大きさ自在だった!≫

≪んー自在じゃないよ~、元の大きさよりは好きな小ささになれるだけ。大きくはなれないもん≫

 いやいや、それってすごいことだよ? だよね、と同意を求めて熊と猫を見ると、なぜか仰天して固まっていた。

≪なんでそこまでびっくりしてるかな≫

≪竜は大きさなんぞ変えられぬ! 人間の倍ほど成長して、そこで身長が止まるのじゃ!≫

 確かに昨夜のフィオも、元はそのくらいの高さだった。いや、もう少し大きかったかも。

≪まさか……古代竜か? そうか、それでか! あやつらめ、古代竜を見つけおったか!≫

 がはははは……と自分の推理に酔いまくった笑いが聴こえてくるが、放っておこう。
 
 一応フィオには、古代竜がなんなのかいてみる。
 すると本人、あんまり理解していなかった。本人が知らないで生きていけることなら、私も特に気にする必要はないかな。ま、じいさんの高笑いが耳障りなので、とりあえず無視。おいおい情報を引き出していくか。

≪あ、でももっと小さくなると芽芽ちゃんの荷物が≫

 フィオも、老人より荷物のほうがよっぽど気になるらしい。

≪ここまで助けてもらったし、このくらいの距離なら大丈夫。貸して?≫

 私はリュックを引き受けると、隙間を通れるくらいにまで小さくなった緑竜に先を促した。背丈は私の膝下くらい。ミニミニで、もー可愛さ全開である。尻尾のぴょこぴょこが強烈すぎて、脳みそ沸騰しそう。

 ただ残念ながら、小さくなっても黒い糸は首に絡みついたままだった。フィオを悲しませたくないから、余計なことは言わない。

 岩肌に時々こすられつつ、私は黙って猫と竜のすぐ後ろをついて行く。老人の斜め掛け袋ボディバッグをお腹側に回し、自分のリュックは背中側に背負った状態。つまり結界出るのはリュック側に入った熊乗っ取り犯がラスト。

 ふん、ちょっとは反省しろってことだ。






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