上 下
7 / 123
霊山

4. 竜と知り合う

しおりを挟む
芽芽めめ視点に戻ります。

****************



 遠く向こうで葉がこすれる音が続いていた。

 背の高い針葉樹の後ろで、ずんぐりむっくりした生き物が、樹の幹より遥かに太いその巨体を隠そうと必死に身をよじっている。

 ………………うん?

 ふむ。頑張りは認めるのだが、ちょっと無理があるよね。針葉樹って皆スリムじゃん? きみの体は熊のぬいぐるみわがミーシュカ同様、かなりのぽちゃカワ体形なのだよ。自覚しよう。

 あ。顔だけはなんとか樹の陰に隠れたから、こっちからも見えないと思い込んでるのかな。これは知らないフリをしてあげるべきなのだろうか。
 でもまたすこーし顔を傾げて、こっそりこっちをのぞこうとしている。あ゛ーごめん。私も運動神経が鈍いほうだから、目が合っちゃったや。

≪え、えっと。ボク……いません。忘れてください≫

 いるよね。がっつりいるし。宙ぶらりんな状況は私も困るしクマる。
 まず現状把握から始めよう。これは、だ。声を出していないのに、頭の中に入ってくる言葉。超能力。
 ……そっか、テレパシー?

 私は過去に興味半分で調べたことのある知識を総動員した。
 SFなんかじゃ高等エイリアンの通信手段だ。古代地球人もかつては駆使していたという説がある。現代でも軍隊が真面目に研究しているらしい。つまりテレパシーは、人間に元から備わった能力であり、訓練次第で花開く。
 ということで、お散歩中の野良猫や犬に出会うたんびに尾行して、頭の中で必死に話しかけている。今のところ全敗記録更新中だけど。

 なぜだ、なぜに猫も犬も鳥も虫も、私を避ける? テレパシー出来なくたって、動物好きな人間には懐くって言うよね?! 私、24時間四方八方がっつりウェルカメ体勢なんだよ!
 さっきの四星よつぼし天道虫てんとうむしといい、縞栗鼠なめんなリスといい、なんで蜘蛛くもの子散らすように皆ことごとく逃げてくのよっ。
 くっ、涙なしには語れない悲しい黒歴史を芋蔓いもづる式に思い出してしまった。

 じゃなくて。メッセージ送信だよ。頭の中の松果体まつぼっくりで念じるんだよ。伝えたい内容をはっきりとイメージして、気持ちをこめて。でも力まずに、相手にぽーんと送る感じで。

≪さっきの竜、さん、ですよね? そこ、にいます、よね?≫

 つ、伝わったかな。自信ないけど、今度こそ伝わってほしい。



 森の中はしーんと静まったまま、冷気だけがゆっくりと上から降ってくる。動物の遠吠とおぼえ一つしない。風すら止まってしまった気がする。

≪いいいいい、いませんっ≫

 辛抱強く待っていると、小さな小さな声がやっと返ってきた。おー、会話が成立してる! どうよミーシュカ! なんか神掛かってなくなくない、今日の私? すごいよ、すごい! 一気に連勝ギネス記録じゃん!

≪あのー。一人じゃ、寂しいんで。出て来て、くれると、うれしい、のですが≫

 今度はもっと積極的に話しかけてみる。

≪あの。でも。ボクは体が大きくて≫

 樹々の間に押し込んでいた大きな体は、なぜかふるふると震え出した。

≪そうですね。私の三倍くらいかな≫

 おじいちゃん家の一階天井は、余裕でぶち抜きそうな高さである。

≪その。怖くない……の?≫

≪うん? 怖いですよ。多分、かなり≫

 樹の陰で、大きなかたまりがびくっと動く。せっかく半分くらいは体を見せてくれていたのに、ふたたび樹々の間に無理矢理押し込めようとするのだから、じれったい。

≪だってその大きさだと、貴方が転んだりしたら、ぺちゃんこにされそうですし。動物の本能としては、そりゃあ怖いですって≫

 これは本当のことだから、誤魔化すつもりはない。どれだけ気をつけていたって、事故は起きるときには起きるのだ。

≪でも、貴方がその大きさなのは貴方のせいじゃないし。私がこの小ささなのも私のせいじゃないし。最大限潰さないように気を配ってくれたら、ぺちゃんこにされても仕方ないかなって受け入れます。
 あ、ただし事故った場合はひと思いに仕留めて、この熊と一緒に埋葬してください≫

≪むりですっ! ボク、人間、し、仕留めるの嫌いです。熊も、殺すの、苦手です≫

 えーと、竜だよね、きみ。もしもし?

≪でも、さっきの人たちの仲間なんでしょう? あの人たち、人間の子どもを多分殺してた≫

≪あ……はい。あの人たちはします≫

 顔のある辺りを見上げると、竜が悲しそうに項垂れていた。……ような気がする。現実に体ががくっと動いたというよりは、テレパシー的になんだかそんな感情が伝わってきたのだ。

≪だけど、ボクはそういうの、キライなんです。嫌なんです≫

 頭の中で泣きそうな声が聴こえる。

≪だとしたら、なぜあの人たちと同じ所にいるの?≫

 竜はしばらくの間、黙りこくっていた。やがて意を決したように、顔だけは完全に樹の間から出してこちらに向けてくる。

≪あの人たち、ボクをこの山に閉じ込めてるの。だから逃げられない≫

 なんですと!?
 わたしゃ、動物虐待は大反対なのだよ。人間の生死に関わる薬剤ならともかく、化粧品ごときで動物実験してそうな会社には一銭も金落とさん主義。

≪閉じ込めるってどうやって!? ……つか、貴方。ちょっとこっちへいらっしゃい≫

 私は両手で抱えていたミーシュカを右腕に移し、自分の左横の地面をぽんぽんとたたく。

 竜も私の迫力に根負けしたのか、とうとう樹々の間から全身出してきた。それでも近寄るのが怖いらしく、砂利土の空き地と樹々の生えているさかいでじっとこちらをうかがっていた。

≪あ、えと。ボク、小さくなれます≫

 お。そりゃすごい。

≪小さくなると、しんどかったりするの? 大変なの?≫

≪ううん、平気。昔は小さくなってよく移動してたから。最近はしてなかったのだけど――≫

 そして恐る恐る、首だけこちらにぐーっと伸ばしてくる。全身こっちに動かしたほうが早くないか、それ。

≪――あの。ど、どんな大きさがいい、ですか?≫

 おおう。リクエスト対応ありなの? うーむ、そうだな。

≪私とおんなじくらい、かな? でも、貴方のなりたい大きさを優先してくれて大丈夫なのだけど……≫

 判りにくいと申しわけないので、き火の前でまっすぐ立ち上がってみる。お尻がずきん! と痛んで、一回ちょっとよろけたけどミーシュカと共になんとか立てた。



≪じゃあ……色とか、ありますか?≫

≪は?≫

うろこの色。好みのやつ≫

 ちょっと奥さま、お聞きになりまして。色までカスタムメイドな気配でしてよ。すごいじゃん、ドラゴン! 天上天下唯我独尊じゃないですかっ。
 なんでその勢いで人間滅ぼさないかな。意味不明だよ、きみたち種族。

≪えっと……そのままでも美しいと思うので、そのままが好み、かな……≫

≪あ、ありがとうございます!≫

 うわぁ、照れてるの、めっちゃ可愛い。なんかモジモジしてる。ほお赤らめてる感じが伝わってくる。
 あーもーたまらん。このままだと職質モノの危ないオッサンになりそう、私。

≪で、でも。いつも母に小さくなるときは色も変えるように言われてまして≫

≪おかあさん? ……も、いるんですかっ!? ここにっ!?≫

 それ最初に申告して! 子ども抱えた母親の獣って、一番凶暴なんだよね?! 私、殺されるよね! ミーシュカだけは見逃してっ!

≪いえっ! 母は……少し前に亡くなりまして≫

≪あ。そ、それは……何と返答してよいやら……すすすみません≫

≪いえ、お気遣いなく≫

 お互いぺこりとお辞儀する。なんだろう、ちっとも竜との会話っぽくない。大学行って、寮でルームシェアとかしたら、こんな会話から始まるのかな?






****************

※お読みいただき、ありがとうございます。
もし宜しければ、感想をぜひお願いします。
「お気に入りに追加」だけでも押していただけると、幸いです!

すでに押してくださった皆様、感謝の気持ちでいっぱいです。
今日も明日も、たくさんの幸せが舞い込みますように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とある婚約破棄に首を突っ込んだ姉弟の顛末

ひづき
ファンタジー
親族枠で卒業パーティに出席していたリアーナの前で、殿下が公爵令嬢に婚約破棄を突きつけた。 え、なにこの茶番… 呆れつつ、最前列に進んだリアーナの前で、公爵令嬢が腕を捻り上げられる。 リアーナはこれ以上黙っていられなかった。 ※暴力的な表現を含みますのでご注意願います。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄は誰が為の

瀬織董李
ファンタジー
学園の卒業パーティーで起こった婚約破棄。 宣言した王太子は気付いていなかった。 この婚約破棄を誰よりも望んでいたのが、目の前の令嬢であることを…… 10話程度の予定。1話約千文字です 10/9日HOTランキング5位 10/10HOTランキング1位になりました! ありがとうございます!!

【魅了の令嬢】婚約者を簒奪された私。父も兄も激怒し徹底抗戦。我が家は連戦連敗。でも大逆転。王太子殿下は土下座いたしました。そして私は……。

川嶋マサヒロ
恋愛
「僕たちの婚約を破棄しよう」 愛しき婚約者は無情にも、予測していた言葉を口にした。 伯爵令嬢のバシュラール・ディアーヌは婚約破棄を宣告されてしまう。 「あの女のせいです」 兄は怒り――。 「それほどの話であったのか……」 ――父は呆れた。 そして始まる貴族同士の駆け引き。 「ディアーヌの執務室だけど、引き払うように通達を出してくれ。彼女も今は、身の置き所がないだろうしね」 「我が家との取引を中止する? いつでも再開できるように、受け入れ体勢は維持するように」 「決闘か……、子供のころ以来だよ。ワクワクするなあ」 令嬢ディアーヌは、残酷な現実を覆せるのか?

処理中です...