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第二章 交錯・倒錯する王都

第二章 四十六話 ケジメ

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 「ところで、この剣は普通の剣とどこが違うんだ?」

 俺はこいつに慣れるために、時折、虚空を切りながら現場へ向かう。

 「そうですね。"前任者いはく"ですが、その剣は自分に依存するそうです」

 「はい?」

 うまく理解できなかったのは、俺だけだったのだろうか?
 まあ、俺以外にその言葉を理解する必要もないか。


 「自分の実力や気分、思いによって無限の可能性を秘めていると言っていたような気がします。まあ、あの男の事はあまり思い出したくないんですがね」

 バーーン。

 衝撃音と炎やら氷やらが目の前に見える。

 「どうやら、セロの独壇場らしいですね。やつらが武器を使えるとは言えここ王都では、我々は好きに戦えるのですから」

 そういえば、五大明騎士の攻撃は王都の街に干渉しないようになっていると言っていた気がする。

 「それにしても、やつらの目的が分かりませんね。あの感じ。やつらは"邪翼族"ではなく、人間でしたから」

 キーン、バチーン。
 金属音も聞こえてくる。

 多分ライアンたちや、イルさんたちも戦っているのだろう。

 そう思った途端、俺も一旦区切りをつけたほうがいいと思った。

 俺は突如スピードを緩めて止まる。

 やっと戦火の中心地が見えてきたところでなぜ俺が立ち止まったのかと、二人もスピードを落として振り返る。

 「スチュアーノさん。貴方はこの王都を守ろうと思っていますか?」

 未だ百パーセント俺は、スチュアーノさんを信じきれていなかった。

 身近に敵を潜めさせておくというのは命を捨てるに等しい。

 スチュアーノさんは悪い噂といい、あの仮面と人物と一緒に行動していたといい、スパイを演じていたとしてもおかしくはない。

 だから、やつらとスチュアーノさんを再び近づけていいのか分からない。

 「スチュアーノさん。貴方は本当は何がしたいんですか?」

 俺は、スチュアーノさんからもらったばかりの剣をスチュアーノさんに突き立てた。

 俺の様子を察すると、クーレナさんは何せずただ見ていることにしたらしい。

 「なぜ、そこまで僕を疑うのですか? 早くやつらを捕まえないと」

 スチュアーノさんは、時間が惜しいと言った感じで前を見る。

 「疑ってません。ただ最終確認です。俺は、王都でスチュアーノさんの悪い噂を聞いて、もしかしたら、あなたが謀反を起こすかもしれないと。起こしたとしても不思議じゃないと思ったんです。そのぐらい、貴方はここで優遇されていないと聞いたので」

 その言葉を聞いて、少し驚きの表情を見せると、スチュアーノさんは前方を向くのをやめ、俺の言葉を注意深く聞いている。


 「"ロット"での人気も下がってきているし、セロとも温度差がある。優しげで謙虚なスチュアーノは、ただの見せかけかもしれないと」

 スチュアーノさんは俺の目をまっすぐ見る。


 顔の表情を変えないゆえに一言も発していない。
 しかし、明らかに今までとは、彼が考えていることが違うことが分かる。


 しばしの沈黙も戦乱の音が邪魔をする。
 俺の続く言葉がないと分かったのか、スチュアーノさんは空を仰いだ。


 空には分厚いめの黒雲がちょうど数個、横断しているところだった。
 おかげで、陽光は届かず、残光が所々もれているだけだ。

 「あははは、ははは」

 当然スチュアーノさんが笑いだした。
 清々しさのこもった笑いだった。


 俺はもらった剣を構える。
 俺はもので買収できるような人間ではない。
 状況によっては恩を仇で返す所存だ。


 しかし、すぐさま笑うのをやめ再び俺を向き合った。

 「まさか、僕にそんな噂が立っていたのですね」

 俺の深刻そうな空気とは融和しない、さもおかしいことがあるような声だった。

 「僕は初めから、優しくも謙虚でもありませんよ」

 相変わらず陽光は顔を出しそうもない。

 スチュアーノさんに魔力は感じないし、憤りの感情もない。

 「僕は傲慢で、執着的でそれでもってただのポジティビストなんです。不都合なことには目をも向けない」 

 今度は俺が言葉を失う番だった。

 スチュアーノさんが何を言おうとしているのか理解できない。
 だから、警戒したまま話に耳を傾ける。

 「人からみれば僕の待遇は、悪いのかもしれません。でも僕はそんなことどうでもいいのです。目を向けようとしなかったですね」

 先程までは息を上げて走っていたのに、さも今までずっとここに立っていたかのような威厳が今の彼にはある。

 「そんなことよりも、僕には僕の心を魅了した何が何でも壊したくない、奪われたくないものがあるのです。それのためなら、なんでもできるような」

 なんとなく、スチュアーノという人間のことがわかってきた気がする。
 そして彼が言いたいことも。

 突然黒雲から、霧雨が降り出した。
 しかし、辺りは暗くはない。

 陽光は黒雲の中間を過ぎ、やっとここまで来たと思っているのだろうか。


 雲の切れ間の残光が霧雨をきらきらと輝かせる。
 霧雨は肌に触れると生暖かい感じがした。

 「僕は正直、王都を守るかどうかは二の次なんです。僕は僕が守りたいものを守れるなら王都なんて滅びたって生きていける」


 彼の守りたいものは、俺には何か分かった。
 今までの彼の行動がそのためなら、納得も行く。

 俺はスチュアーノさんに剣をおろした。
 見ると戦火はだいぶ遠くへ行ってしまったようだった。
 黒雲を引き連れて……。


 俺たちを太陽が暖かに照らす。

 「スチュアーノさん、貴方は結界門に先回りしていて下さい」


 スチュアーノさんはまだ何かを喋るつもりらしく、俺に遮られて初めて嫌そうな顔をした。

 「もういいのですか?」

 スチュアーノさんがやや喋りたそうな雰囲気を残して訊いてくる。


 「時間は有限ですから」

 俺は笑って言った。

 「君がそれを言うか」

 まるで傍観者のようだったクーレナさんが、いまいち現状を把握できていない感じで、ツッコミを入れる。

 俺はスチュアーノさんは悪い人ではないことを確信した。


 「それにしても、なぜ僕は結界門へ?」

 戦火の中心地はまだ雨が降っているようだった。
 しかも大粒の。


 「俺たちはセロの救援に向かいますが、結局やつらは王都から出ようとしているんでしょう? 挟み撃ちということで、結界門側からやつらに近づいたほうが効率的だと思うんです。スチュアーノさんが守りたいものを守るためには」


 「……そうですね。なら、僕はやつらを追い越さねばなりませんね」

 いや、俺はそこまで行っていないのだが……。ぶっちゃけ王都は広いにしろ追い越すには相当な体力がいるはずだ。

 「この場所もちょうどいいですし、秘密奥義使いますか」

 この場所、というからには何かあるのかと思ったのだが、ただ少し周りが開けているだけだった。


 「では、少し離れていてください。……、あと最後に一つ、君の剣でも同じことを"理屈"では可能ですよ」

 そう言うと、スチュアーノさんは両手に魔力を溜め始めた。
 そして助走を始める。
 向かう先は通りに整然と立ち並ぶ普通の家の壁。
 ジャンプしてそれに手がついた瞬間、両腕で衝撃波を放った。

 反動というか、反作用力というもので、スチュアーノさんは前方に吹っ飛んでいく。
 しかし、空中での姿勢は慣れているかのように落ち着きがある。


 ふとした瞬間にはスチュアーノさんはすでに声の届かない遠くへ行ってしまった。

 「えっええーーーーー」

 クーレナさんは驚いたような声を上げる。

 「あんなん俺にできるわけねーー」

 クーレナさんに期待される前に言っておいた。
 "理屈"とかじゃないと思う。


 「さあ、俺たちは自分たちであそこに自力で向かいましょうか」

 地面の表面が一通りには濡れた道を俺たちは駆けていった。

 

 "ロット"を通り過ぎるといつにも増して人がいる。

 こんな時にもかかわらず、人々は楽しそうに会話をしている。
 この人たちにはここで起きていることが見えていないのだろうか。

 俺は"ロット"を取り巻く空気が許せず、一言言ってやろうと思って近づこうと思った。

 しかし、クーレナさんは俺の考えを見通したかのように、俺の袖を掴んで首を横に振った。

 「いつもこんな感じですよ。仕方がないのです。この人たちは戦いなんてできないですから」

 彼らから目を離すと、今度はクリスタルが目に飛び込んだ。
 いつもと同じスピードでクルクルと回っていた。

 しかし、黄色と青色のクリスタルは輝きも回り方も弱々しく、ゆっくりだ。

 全体的に見ると、色を失っているのは一目瞭然だった。

 「セロさ……ん、とスチュアーノさんのクリスタルの色が落ちてる。これはフィルセくん、急いだそうがいいです」

 俺は"ロット"に一瞥して、その場を去ろうとした。


 しかし、その時この現状を見向きもしていないのが、人々だけではないような気がした。

 黒色のクリスタルだ。

 赤色と白色のクリスタルは俺が以前ここに来たときには、光り輝いていた。

 しかし、あの黒色のクリスタルは、俺が王都に来てから、一度も変化を見せていなかった。
 まるで、世間を見向きをしないように……。

 しかもセロやスチュアーノさんが苦しいこの状況で、クリスタルの色も変えないということは、なんの怪我も負っていないということだ。


 王都を守る五大明騎士の一人として、何をやっているのだ!! と腸が煮えくり返ってくる。


 集団において、物事をなすにはどれだけ中核の人が頑張ろうと、集団全体が意思を持たないと成し遂げることはできない。

 そんな中核にいるべき一人がどこをほっつき歩いているのだ? と思わざるを得ない。

 中核の人物の頑張りよりも、全体での意思の方が何十倍も大事なのは、重々承知だが、もとより中核にいるべき人物がこの状況を見向きをしないというのは論外だ。


 俺がもし、その黒のクリスタルが象徴する人物に出会ったら、一発拳を入れてやろうと決めた。

 そこらのやつらよりも、重い一撃を。
 だって俺は魔法が使えない代わりに、筋力は鍛えているからね。


 俺は"ロット"場を出ると振り返らなかった。

 空気の温度差。
 集団心理。

 俺の嫌いなものがうごめき渦巻くその場所は、賭けという熱気を溢れかえり、負の感情を包み込むようにして輝いている。

 しかし、もう俺はそのようなものに魅力を感じないだろうと思った。
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