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第一章 井の中の使徒

第一章 七話 緋色の閃弾

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 いつもの結界門に俺たちは今日も、ではあるが朝早く集まった。

 当初、リーダーを決めると話し合っていたが、結局今この時までリーダについては全く決まっていない。

 「リーダーの件、誰にするんだ?」

 あの鷲に対しては俺たちの連携が重要になる。
 そのために誰か指示を出す役が必要ではないのか。


 「ああ? 俺は自由に戦えればいいから、別に誰でもいいよ」

 この前と反応が違うし、どこか投げやりだ。

 「私も誰でもいいかな」

 「ーーーーー」

 三人とも自由に戦うよりかは誰かが指揮したほうがいいかと思ったが、ライアンたちの投げやりな態度に少しびっくりする。

 皆、そのことは今重要ではないらしい。

 「すまん。そんなことより今はあの鷲だったよな。…………。今日もしまっていこーー!!」

 「そうだぜ。要するにあの鷲を倒せればいいんだぜ。それにフィリー。言っとくけど掛け声が違うぞ。ここは…………、ライアンの帽子のために!!! だろ??!」

 ーー自分で言うんかいっ!!

 ルカが何それっていう顔でライアンを見ている。

 ライアンがその顔に少し臆した様子ですぐさま解説を入れる。

 「今の俺たちには背負っているものがある、助けたいものがある、って思っていた方が力が増大するじゃん。自分の為だけに戦うんじゃないってな。だからな、………………俺の帽子のために戦おうぜ?」

 はいっ???

 ーーしかも力が増大すること確定なんだ……。
 案外それは面白い。

 「じゃあ、遠い場所で俺たちのことを見守ってくれているだろうライアン(の帽子)のために!!」

 「おおーーーっ!!!」

 俺が改めて掛け声をかけるとルカだけが相槌を打った。



 森に来てみるとシーンとしていた。

 今日はあまりというか、ほとんど魔獣と遭遇しない。

 森全体が昨日までと違って静まり返っている。


 これなら、こちらから巣を探すほうが早いかもしれないな。


 俺たちはあたりを警戒しつつ、そのまま森の中をずんずん進む。


 「なんか全然魔獣いないね」 

 まだ数日しかこの森に来ていないが、こんな状態は初めてだった。

 やはり三人とも、少し何かがおかしいとは感じていた。


 「巣に行くよりも、今日は森を抜け出すチャンスなんじゃね?」

 こいつ……自分で帽子のためにとか言っておいて、全然愛想がないじゃんかよ。

 手のひら返すの早っ。


 まじで思ったことを速攻口から出ているんじゃないのかって思うくらい、アン (単)細胞な思考回路じゃん。


 そもそもいつもの俺たちは森を抜けてその先へ行こうとはしなかった。

 というか、出来なかったという方が正しい。


 街の結界から離れるにつれて、魔獣が強くなり、木々が生い茂る。
 段々と先に進むにも引き返すにも困難になる。


 もし森を抜け出せたとしても、その先に何があるのか俺たちは知らないし、ジジイからも聞いたことがない。

 ただ隣街がそこにないのだけは確かだ。

 スートラの街に王都方面からは訪れる人はいるものの、反対のその森方面からくる人なんてまずいない。

 俺らの街は国の端の方に位置しているらしいから、それもあるのだろう。

 ただ俺は外の街へ出たことはないし、国の端の言われても、そもそもこの国のことも地形のことも知らない。


 しかしライアンの言うとおり今日はチャンスなのかもしれない。

 「ルカは、森の端まで行ってみたいか?」

 「う~ん。この調子だとあの鷲みたいなやつの姿がないから、巣を探すのも難しいんじゃないかな~。あんまり情報もないし…………。こういう機会を逃すと、次がいつくるかなんて分かんないよね」

 どうやらルカも行ってみたいらしい。

 しかし、ライアンと違ってストレートには言ってこない。


 本当にしたいことは自分の口から言わないというところが昔から変わらずルカらしい。


 「じゃあ、一応魔獣を警戒しつつ森を抜けよう。今日なら大丈夫かもしんないし」

 魔獣がいた形跡が至るところに残っているが、一向に出会わないため、森抜ける方向へ最短距離で向かうことにする。


 途中、太陽の光が消えるほど暗い場所を通った。

 もしかしたら、暗視の効く魔獣がいそうな予感はしていたが、その感にも反して、難なく通り過ぎた。

 食用の葉物植物や果物が現れ始めると、途端にルカとライアンの目の色が変わる。

 ただこの先何があるか分からない、ということで帰り道に収穫していくことにした。


 広い森を歩き疲れてきた頃、正面から光が見え始めた。

 「今日って魔獣たちの集会とかがどっかであるのかな?」

 「そんな訳ないだろっ!!」

 流石にありえない、とは思い何気なく否定してみるが、それといった自信はない。

 そもそも、魔獣は別の種族とコミニュケーションなんてできないはずだ。

 同魔獣同士でも正直怪しい。


 森を抜けると冷ややかな風が俺たちを通り抜ける。

 眼下には広い草原が広がっていた。


 そう眼下に……であり、フィルセたちは崖の上に出ていた。



 「森の中で下る道を通れば、あっちに行けるかもな」


 広い草原。

 遠くに見える小高い山々。

 開けた蒼天。

 穏やかな時の流れ。

 人間が手をつけていない雄大な風景が見渡せた。


 心地よい風が吹くと草原が意思を持ったように揺れる。
 草原に降りてみたい気もある。

 次来たときは、崖の下へ通ずる道を探そうかな。

 「あの山の向こうには何があるんだろ?」 

 山の上は、何やら白い。

 多分それは雪じゃないのかと思う。

 ただ俺たちは雪という単語を人の口から聞いたくらいしか知らない。

 その山全体が砂糖菓子のように俺は見えた。


 そもそもあんなに高いところまで俺たちは登ったことすらない。

 「向こうにも私たちと同じような冒険好きがいて、今あっちから山を眺めて同じことを思っていたりして~」

 ルカがロマンチックなことを言う。

 確かルカは魔導書の他にも、ファンタジーの書物を好んで読んでいたはずだ。

 「いや、絶対超古代の文明があって、俺たちの進んだ技術を伝授されることを待ちわびているんだぞ。こりゃあもう、あそこまで行くしかないだろ」

 ーーいや、それは絶対の絶対にないし、そんなことはしない。

 というかいくらなんでも遠すぎる。

 だって向こう側がどうなっているかは知らないが、こんな山一つで文明をどうこう、とかライアンの世界は狭すぎじゃないか。


 「でも、ライアンあれだぞっ。向こう側に行くにはあの、そこそこ高い山を登らないといけないんだぞ?」

 「いいや、大丈夫。俺の魔法で山の真ん中に穴を開けて、道を作るから」 

 ーーおお、それは頼もしいなあ~~。

 「いや、魔法でそれは無理!!」

 ルカが軽く手の甲をライアンに当てる。
 それと同時にルカがフィルセの期待も一緒に壊した。

 ーまあ、そう簡単に土地の形が変わってたまるかよっ!!


 しかし、あの山々は奥にあるものを隠すかのようにどんとした存在感がある。



 その時だった。

 山の向こうから、ライアンの炎よりも幻想的で透明感のある唐紅色の何かが空へ打ち上がる。

 そして山天頂部まで到達して二、三秒静止した、と思っていたらいきなり爆発をした。


 見た目の派手さから爆音が聞こえそうな予感。

 確か音よりも光のほうが伝わる速度が早いんだっけ。

 しかし、いくら待っても音は聞こえてこない。

 そして爆発から数十秒間、山の上の空が真っ赤に輝いた。

 一つだった光が幾つかに別れるようにして、山天頂から放射状に広がる。

 俺たち三人ともあっけにとられていた。


 その瞬間から、俺は体を電撃が走るような感覚に襲われ、何かがフィルセの感性を刺激し始めた。


 ー強い決意。心躍らせる気持ち。逃げなければという緊迫感。焦燥。驚嘆。恐怖。解放。勇気。好奇心。興奮。優越感ー

 快楽。快楽。解放。解放。

 再起。崩壊。侵食。

 亡き王。楔の無い、目的の無い、罪の無い存在。


 「ぐはっ!!!!」

 山の向こうから、様々な感情がフィルセに流れ込む。

 気分が悪い。


 「俺の炎よりキレイだなあ~~」

 「やっぱり向こう側に人がいて、私たちに何か合図を送ったのかな?」

 フィルセの心持ちを露知らず、隣では二人がそれぞれが感慨深い様子で呟く。



 すると突如、今度は暗雲が山奥に立ち込める。

 そして暗雲から竜巻のように闇の渦が地上に降り立つ。



 しかし、従来の竜巻と違って颪のように、滑降風のように、暗雲が地上に吸い込まれているようだ。

 地上を黒い靄もやが広がっていく。


 ギーーーーーーーーーン

 ライアンたちを見ても、何の反応もない。

 この音が聞こえていないのか。

 無視することのできない金属音。
 何かがぶつかったような音が……。


 魔法が使えないにも関わらず、魔法が関わるものに対して、フィルセの感受性が生まれつき優れているらしかった。

 普通の人は大気に魔力が漂うという感覚が分からないそうだ。

 だから俺は魔法使いたちが魔法を使う前兆を見ているからこそ、回避できているのだ。



 一体、何から、誰から、どのような意図で伝わってくるのか分からない。

 しかもいつも感じるとも限らない。


 シュ  シュ  シュ
 シュ シュ シュシュシュ

 何かが起こっている場所は、俺たちのいる場所からは遠いはずなのに、俺は何かがこちらに向かっているような感じを受ける。


 「ーーーー」

 シュシュシュ シュシュシュ
 シュシァシュシァシュシァシュシァ


 だんだん音が大きくなるような感じがする。

 「あっ、ルカ、ライアン伏せろ!!!!!!!」

 そして次の瞬間、突風が吹き荒れた。

 草原の草が一斉にこっち側に倒れ、草木が音を立てて揺れ荒れる。

 服やマントが風に押される。

 ルカは飛ばされないように片手ずつ、俺とライアンを掴んでいる。

 崖は端が一番高くなっているため、伏せていると幾分風が弱まるが、それでも風は吹き荒れる。


 「街に今すぐ戻るぞ!! 今日はやっぱり何か変だ!!」

 「ああ、俺も賛成。さっきの光みたいなものがこっちにも、流れ弾で飛んできそう」

 ライアンがフラグを立て始めたので、早めに立ち去ったほうが良さそうだ。

 草原から背を向けると、途端に風は追い風になる。

 この空間から立ち去ることはさも簡単であるように。


 最後に一度、俺は振り返った。 

 山の奥に留まる、渦巻く暗雲。
 先程の声は、鳴り止まない。
 俺の想像できない未知の世界。


 しかし、知らぬが仏だという世界かもしれない。



 すぐさま風に体の制御を奪われ、体体制をなんとか保つために足を無意識に、前へ出す。

 来た道を急いで引き返した。

 魔獣たちは、こうなることを知っていたのだろうか。
 帰りの道中でさえも魔獣は見なかった……。


 城門につくと、街の人々は普段通りの活動をし始めていた。


 その頃にはフィルセにあの人々の声や感情が薄れ、感じなくなっていた。

 あくびをしていた門の衛兵の横を通る。

 そんな彼に、ライアンは近寄る。

 何か言いたいことがあるようだ。

 「門番の兄ちゃん。森の外ってやべーな。真紅がぱ~~あ、ってなってしゅぱーーん!! ってなって……あんなの初めて見たぞ!! なんでもっと早くあんな景色があることを、俺たちに教えてくれなかったんだよ?!」 


 おいおい、普段森の外へ行くことを禁止されているのに、何自分から破ったことを漏らしてんだよ。

 「ーー??」


 興奮気味にしゃべるライアンとは、対照的に衛兵は朝方で頭が回っていないのか、理解できずあっけにとられている。

 ーーまあ、ライアンの言葉に擬音語が多いのもあるけど……。


 それにしても、ライアンはさっきの出来事がよくあることだと思っているのか……。

 今日のライアンは肝が座っている。

 「あの、すみません。こいつ、さっき見たものに興奮しているだけなので……。気にしないでください!!」


 異変を人々に伝えて混乱させるよりも、まずジジィに教えるべきだろう。


 「今から、ジジィのところに行くぞ!!」

 こちらからジジィを尋ねるのは初めてだ。

 しかし今回は事が重大な気がする。


 いつもの営みで賑わい始めた通りを屋敷を向かって歩く。


 屋敷に着き、ジジイの部屋を目指す。

 朝方ということもあって、屋敷内でいろんな人とすれ違う。


 ジジイの部屋にノックして入る。

 真っ先に目に入るのはやはり『我が上の星は見えぬ』の文字。

 しかし、部屋にはジジイがいなかった。

 「ジジイって、やっぱり早起きかよっ!! 朝っぱらからどこで何やってんだよ?」

 ーーそういう俺たちも十分早起きだけど……。

 「フィルセと同じようにどっかで剣振ってるかも」



 ルカにそういわれて、庭に来てみる。

 するとジジィは俺と違って魔法も使えるはずなのに、剣を振っていた。 

 「ジジイ、ちょっと話がある」

 「おおー。俺からは何も頼んでいないのに、こんな早朝からお前が俺を訪ねてくるなんて、今日……なんて日だ!!」


 なんか会って早々、俺の心持ちと対照的な反応をされて、気分を害された。

 ありのまま話すかどうか、少し逡巡したが、話さなかったことで責任を感じるのは嫌なので、話すことにはした。

 が、確かにジジィが剣を振っているこの状況も珍しいものに感じる。


 「なあ、ジジイ。俺たちがどれくらい成長したか、知りたいから。今から俺たちと手合わせしてくれない?」

 今までジジイは、俺たちをまだ弱いと思っているような発言をしてきたので、今日ここでそれは間違いだと分からせてもいい気がしてきた。


 「あっ??」 「えっ!!」

 後ろで見守っていたルカとライアンがこの展開を予測していなかったのか、上の空から引き戻され、あっけにとられている。

 しかし、すぐさま二人ともやる気にスイッチが入る。

 「でもフィルセよ。この街は結界で魔法による効力が四分の一になると知っていて、魔法使いを二人もいれるのか」


 ……そうだった、すっかり忘れていた。

 なぜって、そのせいでこの街では魔法はほとんど殺傷能力を持たない。

 だから魔法による犯罪なんてめったに起こらない。

 騎士団が安全にこの街を守れているのもこの理由だった。

 魔法が使えなければ、武器を使うしかない。

 しかし、日々訓練していて、かつ統制のある騎士団には並大抵の人は勝てない。


 「行くぞ、ジジイ」

 「ああ、どこからでも……」


 フィルセの繰り出す連撃をすべて同じように受け止める。

 ライアンたちも攻撃力は格段に落ちて入るものの、その魔法で多少なりともシャネル・アーカイムの集中を削いでいる。


 ジジイは昔この国の王と一緒に戦ったことがあるらしい。

 だから実力、策ともに優れているに違いない。



 そう思い立って、俺は接近戦を避け、いくらか距離を取る。

 あの鷹ように持っていた飛び道具を使ってもいいかもしれない。


 ライアンやルカのつくった炎や氷、岩もジジイの消滅魔法でジジイの間合いに入るとすぐに消える。


 俺は仕掛けようと思い走り出した瞬間、ジジィの剣先が柄から外れて、飛んでくる。

 そっちも飛び道具かよ。
 と、立ち止まって避けようとしたとき、ジジィも剣に遅れて跳んで来た。

 剣先のない剣の柄から、炎が燃え盛る剣の刃が形付けられている。

 「この炎剣は俺の友人から賜ったものでな。これが燃え味なんじゃな」

 一振りすると炎である剣先が伸び、振った軌道にそって、周囲を焼きつける。


 俺の剣は魔法に対する耐性がある。

 だから実体のないものでも実態のある物のように斬ることができた。

 ただそんな能力は今までこのジジイに対してしか実用性がない。

 何回か太刀合っているうちに、ジジイはこの勝負ケリをつけたくなったのか、そもそも体力が限界に達したのか、素早い動きで俺の懐に入り込んできた。


 俺は間合いを取ろうと後ろへ下がろうとする。

 そんな俺の重心移動を読みらそれを逆手に取って、ジジイは一気に俺に近づき、そして背負い投げた。

 一瞬の出来事だった。

 世界が回る。
 そして、気づいたときには地べたに転がっていた。

 「ぐへっ」

 思わず息が漏れる。

 「大丈夫かーー?」 「フィリーーー」

 ライアンとルカが駆け寄ってくる中、俺はジジィを向かって悪態をついた。


 そんな様子が滑稽なのか、はたまたうれしいのかジジイは、人の気もしれず、豪快に笑っている。

 「そういえば話したいことがあるんだったなー。いいぞ、言ってみろ」


 この状況ではもの凄く言いたくなくなった。
 このジジイのテンションの上がりようときたら…………。

 「はあーー。ええーと、実は今朝、森に全く魔獣がいなかったんだ。……だからその先の行こうかな、ってなって…………」


 打った背中がすごく痛い。

 ジジィとの戦いのせいで、朝見たことへの興奮が自分の中から冷めてはいた。

 やはり、俺には熱く語るというのが苦手なのかもしれないが。

 その分冷静に細かく、当時の状況をジジィに説明することができたの思う。

 『山の向こうから緋色の光が空に登ってそれから、空で光りながら爆発した』

 という言葉を聞いたとき、ジジィはすぐさま顔色を変えたように思えた。


 「それは本当なんだな?」



 俺が最後まで話し終えたときには難しい顔で何かを考え込んでいた。

 「ちょっと、今から急遽やることができたから、一緒について来い」

 そう言って、ジジィは屋敷の中へ歩き始めた。

 その背中は確かな決意が滲にじみでていて、俺にはいつもよりも大きく見えた。


後書き

お読み頂きありがとうございます。

やっぱり、街の中では魔法の威力を軽減させるような対策がないと、街の中でも危ないと思うんですよ。
魔法って便利だし
次回予告 「緊急騎団会議」

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