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第2章  解けない謎解き

第18話 臍を噛む

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    現場に一歩入ると至る所に、まだ汚物が残っていた。
布を口に当て、手袋して汚物を洗い流して乾いた布で拭いている。
やっと、現場が落ち着きを取り戻した頃。
掃除していたメイドたちと一緒に、テーブルの上を片付けていた。
彼女はどちらが原因なのかを、クッキーの食べ残しを見つめ片づけていたのだ。

「お疲れでしょう」と、ブロマンがプリムローズを気にかけた。
場所替えをして、そこでお茶を飲んで休みましょうと提案してくる。
掃除を終えたメイドたちに、ブロマンが声をかけて頼んでくれた。

『どこまで知っているのかを、彼は私を探りたいようだ』

案内された部屋は、彼の執務室に当てられているのか。
机の上には重なった書類のたばが見え、近くの長椅子に座るように私を促してくれた。

「ここは私の部屋ですから、他人は滅多めったに入って参りませんよ。
あの茶葉が…、何かをご存じですよね。
そして、マーシャル伯爵夫人の姉君レニア様と彼女のことも」

寄り道もせずに早急に質問する彼に、プリムローズは意外で驚いてしまう。

「すべては存じません。
その場におりませんし、自分は見て聞いていませんもの。
茶葉の効能は、ヘイズ王から直接伺いました。
怒られますのは覚悟で申しますが、私はこれはおろかな行為だと思います」

ここにギルは居ない。
彼は部屋の外に控えているからだ。
彼女はブロマンに対して、自覚はないが緊張し身構えてしまう。

「愚かか……。
私は愚か者です。
いくら主君であろうと、従わずに諭すのが忠臣の役目。
それが、最後まで出来なかったのだ」

彼も立場では、王の頼みをぱねるのも難しい。

気まずい中での会話で、苦笑いする両者。

「ブロマン様は、私がレニア様と子爵令嬢を存じてることを怪しまれませんの?」

「マーシャル伯爵から頼まれて、夫人が貴女とヴァロへ来たと耳にしました。
王都の修道院に入れられている。
姉のレニア様に妹である伯爵夫人が、会いに行かれるのだと思いました」

王宮という特殊な環境で働き、人に注意を払う毎日を送る。
それだけ、洞察の鋭さに長けているのだろう。

「彼女が王宮から去って、ベルナドッテ公爵夫人に仕えていたのは存じてますか?」

「去る前に、彼女からそうすると聞かされました。
実家に戻った方がいいと、何度も進言しましたが…。
どうも、彼女は今も実家にもどっていないようだ」

『気にかけていたの?
彼女がどうしているのかをー』

この期、彼女の最後を告げるのが躊躇しそう。

「飲ませてはいけないお茶を、彼女は飲ませてしまった。
茶葉の受け取りの際、効能を偶然に知ってしまわれたのですね」

「王妃様が、彼女に懇願こんがん知っておりました。
その都度つど、断るようにと伝えていました。
いつかは飽きて諦めるだろうと、まさか根負けしていたとは」

その苦悩に満ちた表情から、彼の言葉を信じたいがー。
どうしても、心が疑惑でモヤっとしてしまう。

「そう仰いますが、知っていたのではありませんか。
知らない振りをして、見逃していたのでしょう。
どちらなんですか!?」

知っていたのを前提に、突きつける質問をしたプリムローズ。侍従長ブロマンは、ハッキリと言われてまごつき動揺した。
この態度で真実が分かると、彼女も心がザワついた。

「自分でも、本心が分からないのです。
陛下にお茶を淹れる立場に、彼女は緊張しているだけと初めは思っていた。
しかし、彼女の様子が変になっていった。
告白したあの日…。
それより前に、私は気づいていたんはずだった」

「それは、呪いの王妃様と関係ありますか?
王家にお子様が、世継ぎがいない場合。
ベルナドッテ公爵の次は、嫡男ちゃくなんヨハン様が王に即位そくいする可能性がありますよね?」 

ブロマンの肩が、ビクっとわずかに動く。
表情の変化はハッキリして、弁解べんかいとは言えない話をしてくる。

「事実が明らかになるまで、知らないようにして放置ほうちした。
彼女を、私は見捨ててしまった。
先ほど言われた内容は、頭の中にこびりついて離れない。
生まれて物心がついてから、聞かされ続けた。
悲劇ひげきの話を…」

話を聞きながら深く息をいて、彼に心から同情した。
呪い王妃の事件は王家が続く限り、奥底にある闇として生き続けるだろうか。

「悲劇の王妃は、自分以外を責めるなと命じたそうですね。
王妃の願いを無視し、役職を退けたら悪いことが起きた。
それを恐れて、復職させたのでしょう」

「お陰で我が家は、こうして代々役職についております。
側にいて助けることをできなかった祖先を庇って頂きました」

「貴方は、この職務を退しりぞく覚悟はおありですか?」

侍従長じじゅうちょうを退職する。
代々受け継いできた職を、そんな事を思いつかなかった」

「エテルネルでは代々とかではなくて、なりたい人が努力し認められて職につきますわ。
ないとは言えませんけど」

エテルネルのような考え方があってもいいと、彼は前向きなことを言ってくれた。

「息子は、近衛に入りたいと軍学校にいます。
学生の間は自由にさせていましたが、無理して侍従長にするのを考え直そうと思い始めてます」

もしかしたら、彼も違うつとめをしたかったのではと考えた。
プリムローズは、姉レニアの身の振り方を話して聞かせる。

修道院しゅうどういんを出られて、マーシャル伯爵領へ行かれるんですね。
レニア嬢の友人、子爵令嬢はどうなされていますか?」

他人から風の噂でいつか聞かされるより、今この場で真実を教えて差し上げた方がいい。

「辛い話になります。
貴方のせいではありません。
彼女の問題です。
それを強く思って、話を聞いて頂きたいのです」

言葉をつむぐその姿は、真っ青な顔色になり声が震えてるように耳から聞こえた。

「この世に、すでにいない?
彼女が、亡くなったと仰るのか」

「ええ、残念ですがー。
お亡くなりになっています。
きっと、いろいろ思うことがあったのでしょう」

目元を下に向けると、彼の固く握った手がブルブルと震えている。
それすらも目にしたくなく、何処へ目線を向けたらと瞳が揺れた。

「【ほぞむ】、そんな心境です。
自分の臍を、口でもうとして出来ない。
それでも、なお噛もうとするほど残念で仕方ない」

「取り返しの付かない事を後悔する。
会えないし、話すこともかなわない。
一生、その思いを背負せおって生きていかないとならない」

頭をガックリと言うのが当てはまる姿勢で、ポッと独り言を言う素振りをみせた。

「生きていてか…。
こんな感情のまま、陛下に仕えていけるか。
自分と陛下に、正しいのか迷っています」

「ヘイズ王は、幼い頃から側にいた貴方を信じたいと仰った。
疑いある者を許すとは、度量の広いお方です」

彼女の言いたいのは理解できる。
陛下は、気の弱い真面目で思いやりのある方だ。
だからこそ、あんなお茶を飲んでしまった。

「彼女は、いまは何処に眠っているのですか……」

「マーシャル伯爵領地ですわ。
伯爵夫人がお墓を立てて、毎日お花を手向けています。
伯爵夫人は、自分のせいでこうなったのだと思い込んでおりますわ」

「できれば会いに行きたい。
自分の気持ちを伝えにー。
自己満足かもしれないが……」

 無言〈プリムローズ〉

『そう言われても……。
逃げないでちゃんと行けよ』

父と同じくらいの彼が、泣くのではないかと心配になる。

沈黙 〈ブロマン〉

『娘ぐらいの子に、私は何を話しているんだ。
クラレンス嬢、困った顔してるではないか』

プリムローズは心を鬼にして、気になる質問をブロマンへしようとしていた。
話をする度に、部屋の空気が薄く感じ。
何とも言えない息苦しさと、心に暗い影がますます濃くなる。

日中の明るい昼間が、夜の闇夜に切り替わったようだ。
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