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第1章 閉ざされし箱

第14話 落下枝に帰らず、破鏡再び照らさず

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    紅茶の芳醇ほうじゅんな香りが放つ部屋の中には、公爵と私の二人きりしかいなかった。
険悪けんあくな空気はしないが、なごやかな感じとも違う。
楽しい話にはならないと思う、プリムローズは自分から振っていて胃が痛くなりそうだった。
そんな彼女の心境を知ってか知らずか、ベルナドッテ公は場所がえして話を続けようとする。

「亡き妻が落ち着いて休めるように、庭の一角に小さな屋敷を建てましてな。
そこで、続きをしませんか?」

屋敷の者たちに、この会話を聞かれなくてすむ。
召し使いというものは、聞いてなさそうで盗み聞きの玄人くろうとだ。

「ベルナドッテ公爵様が話せる範囲で、奥方様の思い出話をお聞かせください。
お辛かったら、無理にお話をしなくても宜しいですわ」

「マーシャル伯爵夫人の話は、途中ですしね。
クラレンス公爵令嬢は、ドコまでご存知ぞんじなのだろうか?」

『知っているかって、さぁ?
私だって、本当はよくは存じないわよ』

そんな風に思いながら庭を散策さんさくして、私たちは離れの屋敷に向かうのであった。
ヘイズは一年中温暖おんだんで、花は色鮮やかで見ていてウキウキするわ。

「公爵様は、奥方様とは恋愛?
それとも、家の都合で婚約されてたのかしら?
恋とか、まだ経験がございませんの。
私は、身分的に簡単にはいきませんしね」

隣を歩くまだ幼さがある令嬢は、背伸びした大人みたいな会話してきた。
可愛らしくもあり、小生意気こなまいきにも感じられて笑いそうになった。

「家同士で決めました。
彼女も実家も王妃にしたかったが、願いはかなわず。
私と婚姻こんいんしたのわけです」

伯爵夫人のうかがったとおりに、夫人は王妃に地位に執着しゅうちゃくしていた。

「よくある話ですわね。
しかし、我が国もそうですが。
王妃様にそんなになりたいものですかね?!」

「貴女様は、興味なさそうですね。
国一番の女性になれる。
尊敬を集め、羨望せんぼうされるのです。
そんな存在になりたくないのですか?」

亡くなった妻が、なりたくてなれなかった王妃。
女性の心理を、夫は知りたいのかな。

「王妃なぞなれなくとも、本人の努力と周りにそう思われれば尊敬はされますわ。
人に見られて狭苦せまくるしい中で生きるより、気ままな生活をおくる方がー。
私は幸せと感じますよ」

悲しくも苦しげに微笑むと、歩きをやめ立ち止まり。
離れに向う道の脇に咲く花を見て、怒りを含んだ表情に変わり彼女に言いだした。

「彼女エルザベットは、その道を選ばざるを得なかったのだ。
実家が、強要させていたからのう」

ベルナドッテ公爵の言い方が気になり、エリザベットがかたくなに王妃の座に固持こじした理由はこれなんだと分かった。

「我が祖母はアルゴラの王女でしたが、政略結婚を受け入れずにけてましたわ。
戦の神と呼ばれたお祖父様にお忍びで会いに行かれた。
その時に一目惚ひとめぼれをして、半ば押しきって婚姻したのです。
エルザベッド様も、反抗されたら良かったのに」

話を聞いていて、公爵は成り行きを想像していたのか笑っている。

「一度反抗していたら、彼女の運命も変わっていたのかもしれん。
しかし、島国のヘイズは閉鎖的へいさてきだ。
陸続きであったら、また違っていたのかもしれん」

自分も祖父母のめを話していて、同じ考えをしていた。
当時は、まだ海賊かいぞくがいたのかもしれない。
船に乗り他国に行くなど、考えも思いもしないだろう。
現在なら、彼女は国から飛び出したかしら?!

「そうかもしれないし、他人は結局分かりません。
陸続きの国と孤島の島国は違います。
王女だった祖母は、身内の私からみても普通の王女様とかけ離れているお方です」

「貴方様のお祖母様は、アルゴラのそれも第1王女殿下でしたな」

「はい、常識あるご令嬢なら大抵たいていは家にはさからえません」

客観的きゃっかんてきにみれる度量どりょうを持ち合わせていると、ベルナドッテは横にいる小さな女の子をしょうしていた。
この子に妻の全てを話したら、どう思うのだろう。
私と違う視点してんで考えてくれるのではないか。
期待している、どんなことを…。

「【落下枝らっかえだに帰らず、破鏡はきょう再び照らさず】。
私たち、夫婦にピッタリの言葉だ」

難しい言葉が使われたが、何度か頭で繰り返すと言葉の意味は読み取れた。

「一度損なわれたものは、再び元には戻ることはありませんか。
悲しきお言葉ですわね」

二人の歩く足取りは、歩くたびに重くなっていくように感じる。

「まさしくですな。
死んでしまった人は、二度と生き返らないのですから…」

重い言葉を耳にして、プリムローズは亡き妻を思う夫の姿を垣間かいま見ていた。

「ですが、生きている者は前に歩かなくてはなりませぬ。
貴方様は前を歩いてますか?
今はこうして、足で前に歩いておりますけどね」

嫌味いやみっぽい話し方ではあるが、はげましている様にもとれていた。
子供に元気付けられている自分に、苦笑いが込み上げてくる。

「立ち止まっていますな。
このままでは息子のためにもいけないと、いつも思い悩み考えていた。
どうしたらいいのか、そこで終わっていた」

ため息を公爵はついた、彼は初めて出会った彼の仮面かめんを外したのだと思うと公爵に対して言う。

「幼いとか年下とか、無視して私に全てを話されたらどうですか?
誰かに思いのたけを話し、スッキリさせたら如何でしょうか?
どうせ数年で、この国から消える存在ですよ!」

驚きを見せて、自分でも分からないままに大きな声で笑う。
公爵の行動に驚愕きょうがくしたが、そんな姿が好感を持てたのか一緒に笑ってた。

「あー、はははっ。
久しぶりに腹の底から笑った。
迷惑だが、話を聞いて下さい。
自分の勝手かってな思いだが、誰かにずっと亡き妻の事を聞いて欲しかったのだ」

「こうして、今此処ここに私が居るのです。
これも一期一会いちごいちえですよ。
ベルナドッテ公爵様」

笑顔で見つめ合う先に待つものは、話し終えても続くのであろうか。
二人は同じ考えを、その時別々に思っていたりした。

 
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