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第6章  黒い森の戦い

第30話 世中は相持ち

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    荷馬車を引くのは、馬の中のご令嬢ヴァンブラン。
美しい白馬には、似合わないことこの上もない。
ヴァンブランは、何度もあの泉に訪れていた。
何より方向音痴ほうこうおんちあるじを、助けた経歴を持ち合わせている。

「ヴァンブランには、気の毒ですが信頼できます。
迷うことなく、私たちの行きたい場所へ連れて行ってくれます」

プリムローズはもう一頭の見知らぬ馬を見ると、ニルスが彼女のその目付きの疑問を取り除く。

「もう1頭は、相性が良さげな同じ牝馬ひんばを選びました。
ですが、お嬢、くまも一緒に連れて行くのですか?」

荷馬車の荷台に熊が、当然のごとく乗り込んでしまっていたのである。

「あの熊はお嬢を無事に送り届けたので、森に戻りたそうだぜ」

ギルが、隣に座る真ん中に座るプリムローズに声をかけた。
手綱たづなを手に取り前を向き、自分もそう思うと答える。

「【及ばぬこいの滝登り】、ではなかったんですかい?」

「何ですか?その言葉は?」

「コホン、何でもないわ。
ギルは一言多いのよ!
トンボは気にしなくていいの」

顔を赤らめて言うお嬢を、変なのと首をひねるニルスだった。

「そろそろ森の入口になりますが、その奇妙な道を探すのですね?」

二人に話しかけたニルスに、プリムローズが呪文を#唱__とな__えると言い出した。

「お嬢の話しによると、アルゴラ常勝王は王都を目指す為に道を切り開いたんですね。
そうだとしたら、私たちが今から行こうとしている南から入ったんですか」

そうトンボに改めてに言われたら、なんだか感慨深くなるわ。
当時戦ったアルゴラ王や兵士たちは、何を思い目指したのか。
何を、手に入れたかったのだろうと…。

「我はロイヤル・ゴッド・アイを持つ継承者けいしょうしゃ~!
名は、プリムローズなり~。
この聖なる瞳に、道なき道を写したまえー!
でよ、常勝への道」

またしても両手を天へかかげて、呪文を高らかに唱えた。
初めて見た光景こうけいにギルは、驚いた後に吹き出し腹をかかえて笑う。

ニルスは顔が固まり、ただ主人のえらそうにしている後ろ姿を見つめ唖然あぜんとした。

三者三様さんしゃさんようのバラバラな面持ちの態度と心情の中、空間に異様な変化をもたらす。

笑っていたギルは、それを感じると止めて前を向きなおした。

「道が…、道がある。
道が、前に現れてきた。
夢でもみてるのか」

ニルスは信じられない非現実な現象を目の当たりにして、目をこすってから大きな声で叫んだ。

「エっへん、さぁ行くわよ!
あらっ、熊ちゃん!
降りて何処へ行くのー?!」

プリムローズが後ろを振り向くと、熊が荷馬車から飛び降りてしまった。
よく見ると、ミュルクヴィズの黒い森の入口に別の熊が待っている様にみえる。

「お嬢、熊ちゃんに振られて仕舞しまいましたな」

「私が独りでないのを理解して、彼らの居るべき場所へ戻るのよ。
ギルだって分かっていて、かっているのでしょう?」

彼女は熊ちゃんへお礼を言い、手を振りながら別れた。
その姿は、どことなく寂しさをただわせていた。

「ヨシ!これで安心して、泉に行けましてよ」

二人の会話にニルスは、心の中でささやく。

『動物は、自然の中で暮らした方が幸せなのかもしれない。
過酷かこくではあるが自由を望むか、それとも人に飼われて過ごすか。
それは、彼らの気持ちひとつで決まるかもしれない』

プリムローズの愛馬ヴァンブランとピーちゃんやヒンメルを思い浮かべニルスは微笑む。

「【世中よのなか相持あいもち】ですな。
なぁ、お嬢!」

「それ、どんな意味なの?
ギルって、見かけによらずに物知りね」

「世の中はお互い助け合うことによって、円満にことが運ぶって意味さ」

自慢げに腰に手を当てて話す、ギルにニルスは相槌あいづちうつ。

「なるほど、戦いを動物たちに知らせて危機から助ける。
私たちも助けてもらった。
お嬢は特別なぜか、熊ちゃんに気に入られただけですがね」

「ちょっと、熊ちゃんを飼ってみたかったな」

残念そうな顔をしたプリムローズをニルスは、あきれ顔で見てると再び話しかける

「お嬢には馬に鷹、今度は雪ヒョウまで加わったのです。
それだけで十分だと、私は思いますよ。アハハ」

常識的な考え方に、両者もそうだと納得する表情で一緒に笑う。

  
    それから3人は、ヴァンブランの野生のかんのお陰でなんなく泉に到着した。

「これから各自の仕事を指示する。
先ずギルは、このたるに泉のお水を入れて下さい。
私とトンボは、壊れない様に食器を布に包んでわらを引きめた箱に入れましょう」

持ち場に着き、割り当てられた仕事を始めた3人。

随分ずいぶん慎重しんちょうめてますね。
これはそんなに、貴重な品をなんですか?!」

言われた通りに丁寧に包んでいると、彼女はほほをピンクに染めてカワイイ事を言ってきた。

「うん!これね、将来の嫁入り道具にするの。
だって、この世には出回っていない。
国宝級のお宝なのよ」

「ヴィクトリア様も、お持ちではないのですか?
親父様に嫁いだ時に…」

「おーい!
コッチは終わったぜ!
何の話をしているんだ?!」

話の途中の内容をギルにも話すと、彼は興味本意にカップを乱暴に片手で持ち上げた。

「あー、あぁっ!
そんなに軽々しく持たないで、私の嫁入り道具になるのよ」

「嫁入りね、相手が婿入むこいりしたら嫁入りはしないんでは!?
お嬢がクラレンス公爵になる可能性があるわけだし」

『私が公爵になったら、お兄様は何処かの貴族の入り婿になるのか?』

この男が、言っているのもうなづける。

「う~ん。まだ先の話だと思っていたが、お兄様は来年で学園卒業なのよね。
卒業したら、どうするのかしら?」

「知らなかったんですか?!
ブライアン様は文官試験を受けるそうで、お嬢の友人リザ様と猛勉強してます」

「文官試験をお兄様が?!
父のクリストファーも、文官試験を受けて宰相さいしょうになったわね。
我が家は、武門からここまでになった割には文官りね?」

ニルスから持たされた事柄ことがらに、疑問だらけで首をひねりまくる。
小さな主人の為に、今度はギルが疑問を晴らしてくれた。

「知らされてないんですか?
クラレンスとブロウ両公爵家が、代わる代わる宰相になっていたのをー」

「えーっ、そんなの知りませんでしたわ!
父の次に、ブロウ公爵が宰相になったのはそのため。
これって、他の貴族たちは納得してますの?」

「納得も何も、2大公爵に誰が逆らえる貴族がおりましょうか。
お嬢は、てっきり存じ上げでいると思ってましたよ」

ニルスに言われて、初めて知った出来事であった。
子供だと思って、大人の事情やけ引きは教えられないのかもね。

「それに、戦は無いに等しい。
ヴィクトリアやお嬢がいるから、アルゴラの後ろだてがある。
他国は、そう簡単にはエテルネルにちょっかいを出せない」

「そうですよ。
今の王妃様はウィルスターの元第一王女だし、その2代前の王妃様はザィールの公爵の出身ですから」

フムフムと頭を振り、それよりもリザと兄ブライアンはもしかしたらと変な疑りをする。

『もしかしたら、リザ様が私の義理の姉上におなりになるかも知れない。
そうなったら、素敵!
情けない兄には、あのくらいしんのしっかりした方がお似合いだわ』

プリムローズのお節介せっかいな血がまたさわぎ出す気配がしていた。

目的が達成した三人は、意気揚々いきようようとマーシャル伯爵の屋敷に戻る。
その帰り道は、ほどよく体を動かしたせいか。
それとも、早朝の空気のためか、爽快そうかいな気分になっていた。

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