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第6章  黒い森の戦い

第24話 あの世の千日、この世の一日

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    ベルナドッテ公爵夫人、確か嫡男ちゃくなんヨハン様を出産後に長く体調を崩されて3年前にお亡くなりになったお方。
スクード公爵夫人からうかがっていたけど、彼女がそのような人物だったなんて。
マーシャル伯爵夫人との会話で、プリムローズは違和感を感じるのだ。

「伯爵夫人、先ほどの話を伺い。
どうしてベルナドッテ公爵は、貴女様がお子さまを亡くされた事を知り得たのでしょうか?
スクード公爵様も存じませんのに?!」

『そうだわ、変よ!
どうして、黒い森を隔てた情報を手に入れる事が出来たのよ』

自然に、次々と疑問が出てくる。

「それは…。
私の侍女しじょの中に、亡きベルナドッテ公爵夫人につかえていた方がおりましたからですわ。
彼女から、きっと公爵様に知らされたのでしょう」

「仕えていた!?
亡くなったベルナドッテ公爵夫人の元侍女が、伯爵夫人に仕えているのですか!?」
 
伯爵夫人は質問する少女を変に思うが、子供特有からくる好奇心だろうと軽く考えていた。

つながっていた。
もしかして、ベルナドッテはマーシャル伯爵を3年前から見張っていた?』

「えぇ、ベルナドッテ公爵夫人が亡くなり。
もと侍女が紹介状を持って、私の所へ頼って来ました」

「紹介状ですか!?
それからは、伯爵夫人にその者は仕えていますのね。
その方はお元気ですか?」

プリムローズはさりげなく、侍女の現在を聞き出すことにする。
しかし、それは新たな疑問の始まりとなってしまう。

「伯爵夫人?」

彼女の様子が、明らかにおかしくなった。
全身が震えて、目は怖いものを見た瞬間のように思えた。

「彼女は、あの人は……。
私が子を亡くしたのは、自分がもっと誠心誠意に勤めなかったせいだ。
そう、自分を責めていた」

マーシャル伯爵夫人は、前に座るプリムローズを真っ直ぐに見て続けて話す。
その内容を聞いてから彼女も、思わず口を両手で押さえた。

「彼女、彼女はー。
……、自害してしまったのです。
私は、彼女がそこまで思い悩んでいるのを知らなかった!
私が気に止めていたら、亡くならなかったのかもしれないわー」

興奮していく夫人は、無意識に抑えた両手を口元からはずす。そして、彼女は何とか声を振りしぼるのだった。

「自害ですって、みずらされたのですか!?
その方は……」

亡くなっていた。
それも自ら死を選んだ。

『自害したら天国にはされないと、それを知りながらも。
しかし、本当に責任感だけで死ねるのだろうか?』


「私は…、夫にはこの件を告げられなかった。
ごく一部の者しか知らないので秘密にして、病死扱いとしてほうむりました。
彼女の死顔を思い出しては、悔恨かいこんひたって生きてきました。
私は…、私は人殺しなんです」

自分を責めて泣き出す夫人を呆然ぼうぜんと見ていたが、彼女を救わなくてはならない。

「夫人、人には必ずしも罪はあるものです。
その方は他にも何かあって、そうされたかもしれません。
まだ幼い私でも、それなりに罪はありますわ」

涙する顔を前に向けて、救い求める瞳には光で輝いて見えた。

「彼の子を、マルクスの子供を産みたい!
彼が自分の子供を見て、喜ぶ顔を見たいのよ。
いけないことかしら?
これは罪深い願いかしら?」

彼女に何を言っているの。
誰でもいいから、誰かに懺悔ざんげしたかった。
今がその時で、神は彼女を使わされたと私は思う。

「【あの世の千日、この世の一日】。
貴女は、こうして生きている。
極楽で千日暮らすより、この世で一日でも楽しむ方がよいでしょう?!」

この伯爵夫人は、自分のしたい望みがあるのにグチャグチャ考え過ぎよ。

「無理に忘れとは言わない。
貴女は生きて人生が終わって、あの世で彼女に謝ればいいでしょう。
望みがあるから、それに向って努力しなさい。
鬱陶うっとうしくて、私まで心が暗くなります」

「ここまで話すつもりはなかったのですが、不思議と貴女に話してしまいました。
あの、もうひとつだけ相談しても宜しいですか?」

「まだ何かありますか?
もう、全部話して下さい。
それで貴女が、さっぱりすると言うならね」

『もう、どちらが年上なのよ!
それにしても、この夫人は相談する友人も近くに居ないせいか色々とまっていますわね』

「姉の事です。
姉はベルナドッテ夫人を、心底から心酔しんすいしておりました。
彼女は、姉の理想で憧れでだったのです」

「ベルナドッテ公爵夫人は、そんなに素晴らしい方でしたか?
ちらっと話を聞いた限り、気位の高い方しか感じませんでしたわ」

伯爵夫人の話によると、ベルナドッテ公爵夫人は王妃になるために生まれたと周りの令嬢たちに公言していたらしい。
自分はその為に努力して、完璧な淑女しゅくじょを目指したはずだと話していたそうだ。

「なのに彼女よりも数段おとる方が、王妃様にお成りになる。
姉は私に、そんなの許せないと申してました」

「そのお話は、少し存じてますわ。
出来の良い第一王子は、罪を犯して王太子の座から落ちたのでしょう?
次は第二王子に、ねらいを定めたのではないのではありませんか?」

落ち着きを取り戻したのか、二人はケーキを食べていた。

「彼女は、第二王子を無視していたのです。
あの完璧に近かったお人が、あのような大罪するとは思わなかったのですわ。
彼女のご両親や全ての貴族たちも…」

「そうみたいですね。
人望も厚く皆から次期国王と言われていたと、私もそう聞かされてましてよ」

関心がないのか、プリムローズはクッキーをどれにするか迷っていた。

「第二王子殿下が王太子になり国王になり、許嫁いいなずけの伯爵令嬢がそのまま王妃になりました。
姉は家族に何一つ伝えずに、王宮の侍女になりました」

伯爵夫人の話が気になり視線をそちらに向けると、カップの受け皿が震えていた。
プリムローズは、その少しの変化を見落とさなかった。

まだ深すぎる闇が隠されているのではないかと、彼女はマーシャル伯爵夫人を疑問視するのである。



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