上 下
118 / 142
第6章  黒い森の戦い

第10話 三寸の舌に五尺の身を亡す

しおりを挟む
    前から剣と剣がぶつかる金属音で集中できなく、マーシャルにはなとうしている矢先やさきと指先が小刻こきざみに震えてぶれている。

『いけない、早く!
夢の中では私が阻止しなくては、マーシャルに背後から撃ち抜かれてしまう』

気が焦れば焦るほど、彼女の指先が揺れているように感じた。
お祖父様たちに向けられた矢が、急にコチラに方向を変えてきた。

「お前があの日に我らの話を聞いてなければ、こんなろうせず宿願しゅくがんが達成できたであろう!」

あの日とは、図書館で西の将軍ヴェントと一緒に隠れて暗躍話あんやくばしをしていた人物。

「えっ、夢とは違う!
なんで、私に気付いたの?!
あれは、マーシャル!
お前だったの?!」

『どうしてその話をー』

私が、図書館で話を聞いていたのが分かったの。
ヤンネ、彼は私たちが図書館に行ったのを知っていた。
 
「「【三寸さんすんした五尺ごしゃくの身をほろぼす】!
不用意に余計な事を言ったために、わざわいを招き身を滅ぼしたな。
小僧こぞう、死ね!」

彼と私の矢が、ほぼ同時に放たれた。

『このままだと、矢が私に向かってくるわ。
どうしたらけられるだろうか?』

数秒が数分に感じる。
不思議な時空にいる気分で彼女は頭をフル回転させた。

『そうだ!!
もしかしたら、いけるかも!』

マーシャルとプリムローズのやり取りを耳にはするが、トンボことニルスはルシアンを守らなくてはならず。
祖父とチューダー将軍は前の敵を注視ちゅうししながら、彼女の動向を見るのはむずかしたかった。

矢がむかって来る前に、彼女は呪文じゅもんとなえる!

「いでよ!
常勝王への道ー!」

『あぁ、もう頼れるのはこれしかないわ』

混乱で頭がおかしくなったのか。
チューダー将軍以外は、その変な言葉の意味を知らずにいる。

「お願いー!お願いよ!
私を常勝王の道に通して!」

そう叫ぶと、彼女の後ろに闇が広がるとその空間に引き込まれて行く。

「「プリムローズー!!」」

お祖父様と殿下の私の名を呼ぶ声が、見事に重なって聞こえた。

後ろに引っ張られて、谷底に落ちている感覚がする。

『ダメだわ、体制がとれない!
背中から地面に叩きつけられてしまう』

後ろに空間が無いのが分かると恐怖で体が急に冷えてきた。

「うぁ~ん!
イヤッ、死んじゃうよ~ん」

落ちると同時に手を伸ばして、ルシアンが助けようと彼女の方へ走り出す。
茶色の物体が横切ると同時に、彼を思いっきし押しのけ突き飛ばす。
そして、プリムローズと共に消えていった。

「あ、あれは何だ?!
誰だった?
人だったのか?
彼女を突き飛ばしたのは?」

尻もちをついてアホ面して、誰に対して聞いているのか。

「いいから、早く立って剣を構えて下さいよ!」

ニルスは、動揺するルシアンを怒鳴りつけ命令する。

その前にプリムローズが放つ矢が、マーシャルの右肩に突き刺さる。
痛みと衝撃で木から落ちているのを、グレゴリーと子分たちが取り押さえている。

チューダー将軍は敵が落ちたのを知らせる為に、勝利のファンファーレをするよう指示した。

「勝利したのはいいが…。
だが、儂のプリムローズは何処へ行ったのじゃあ?!
プリムローズ~、プリムローズよー~!!」

戦の神はなげき、祖父が孫の名を呼ぶ心痛な声がミュルクヴィズに響く。
その光景は、勝利に喜ぶ陣営とは思えなかった。

「親父様、お聞きください!
お嬢は最後に常勝の道と叫びあるものと共に姿を消しました。
私は、確かにこの目で見ました!」

グレゴリーの眼光がんこうは鋭く、ニルスをぬくように見る。
それは、ニルス隣に立つルシアンの足が震える程であった。

「あの~、私も一緒に見ました。
あれは、確かにー」

二人は、同時に同じ単語を口にした。

「「くまです!!」」

グレゴリーは、熊と聞き目を大きくさせた。

「熊?熊とは動物のクマか?
何故に、熊がプリムローズと消えるんだ!?」

悩み考えるグレゴリーは、チューダー将軍が側に来た気配すら感じないほどに心を乱していたのだ。
駄々ただならさぬ様子に、しばし黙って伺うことにした。

「あの熊は不思議な道で、私を襲った熊と思います」

「そして、ギルとメリーを谷底に落としてお嬢を泣かせた動物たちの中にいた熊です」

二人の話をにわかに信じられないグレゴリーに、チューダー将軍が持論じろんの言葉を投げかけた。

「恐らく、かなりの確率でプリムローズ嬢を助けようとしたのでしょう」

美しくも種族を越えた愛。
感動するのだが、奇妙すぎる。

「お嬢は、不思議と動物に昔から好かれやすいお方です。
熊は、お嬢の後を付いていたのではないでしょうか?!」

そのニルスの話を聞くとここに居る者たちは、別の意味でプリムローズを心配するようになるのである。

「プリムは、そやつに食べられたりはせんだろうか?」

グレゴリーの率直なつぶやきは、ここに居る者たちの心の声を代弁だいべんしていた。

 
 心配されている本人は、ただ今はモフモフならぬゴワゴワの毛にもれていた。

「熊ちゃん、大丈夫?
生きてますかー!!」

プリムローズをかばい抱いたまま落ちた熊は、大の字になり固まっている。
彼女の問いかけに意識を戻して、立ち上がって首を振る。

「あぁ~、良かったよ。
ここは常勝の道でなく、メリー達が落ちた時の場所かしら?
はぁ~、緊張してのどかわいた」

周りを見渡せば、木ばかりで薄暗い。
熊は彼女にコッチだよって、誘っているように思えた。

「ココは、野生の勘を信じますか。
熊ちゃん、宜しくお願いするわね!」

熊の後をトコトコとついて行く、考えなしのプリムローズである。

黒い森の中でグレゴリーはじめ子分らが、彼女を呼ぶ声がいつまでも辺りに響いていた。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愛する貴方の心から消えた私は…

恋愛 / 完結 24h.ポイント:624pt お気に入り:6,754

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:409

何も知らない愚かな妻だとでも思っていたのですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:534pt お気に入り:1,706

処理中です...