上 下
106 / 142
第5章  常勝王の道

第20話 急いては事を仕損じる

しおりを挟む
 地上ではまだ血生臭ちなまぐさいまでとはいかないが、自分たちの主人たちが戦っているとは思っていなかった。

「ヒンメル、ヒンメルくん。
ずっとなだらかに、上を目指して歩いてるのは分かります。
この道とは思えない。
これで合っていますか?」

メリーが疲れを見せながら、雪ヒョウにおうかがいを立てていた。

「おい、メリ~。
動物に真剣に尋ねるなよ。
ピーみたいに、意思いし疎通そつうが出来るとは限らんからな。
あれは鷹じゃなくて、人並みの知能しているぜ」

「小さい頃からお嬢様の近くにいたせいか。
お勉強の時間も、ジーッと側にいて聞いてましたもの」

知らない他人が聞いていたら、不気味な鷹にしか思えない会話でもある。

「アイツ、計算も出来るぜ。
俺、鳴き声で答えていた場面に遭遇そうぐうしたぞ」

「計算だけではありませんわ。
字も簡単な単語なら、理解できますよ。
三文字ぐらいですが。
人間でしたら、いい相棒あいぼうになれましたのにね」

「いや、十分に相棒じゃねえの?
すまない、ヒンメル。
話が脱線して、首振っているからさ。
この道で、大丈夫じゃあねぇ?!」

崖下がけしたでは長閑のどかな会話を繰り広げては、地上に向かいひたすら道なき道を歩く2人と一頭。

 
    地上では高笑い中であるプリムローズに、祖父グレゴリーがこれまた素晴らしい馬にまたがり王のごとしに見参けんざんした。

「プリムローズよ!
クラレンスの名に恥じない活躍だ!
祖父として、鼻が高いぞ!
ワーハハハ」

高笑いを聞いていた者は、遺伝子と血の濃さに納得する。

「お祖父様、この方が西の将軍。
エドアルド・ヴェントです。
後は残りは、マーシャルですね!
アチラは、どうですか?
首尾のほうは?!」

「北の将軍が、張り切っておった。
今頃は、アチラも捕まえておるんではないか?」

そこに慌てて駆けてくる者が、チューダ将軍の伝令が現れて馬から降りて膝をつく。

「大変でございます!
チューダー将軍が、マーシャルを捕まえに森に入りました。
その旨を、お伝えに来た次第です!」

「貴様らは、何をしておったのだー!
マーシャルの誘いとは、チューダー将軍は疑わなかったのか?!」

戦の神がイカヅチを落とすように、伝令に怒鳴りつけた。

「いけません!
黒い森には、助けになる動物たちは居ない。
もとからそこで戦っていた。
マーシャルの方が、絶対に有利ですわ!」

プリムローズたちの話を聞き、不気味に笑いだした者がいた。

「くっくく…。
マーシャルにとっては、森は庭だ!
南を預かるものは、王都に行く度にあそこを通る。
だから戦場に、あのミュルクヴィズを選んだのだ」

「捕まっていながら、威勢いせいが良いな!
暫くは、黙って頂こう!!」

グレゴリーはヴィエントの首筋を叩くと、オリに入れろと命じる。

「急ぎヘイズ王とスクード公爵にお伝えしなくては!
ピーちゃんに、伝令をお願いしますわ」

「頼むとしよう!
儂も、これから森に入る。
黒い森には何度か入っているから、お前よりは知っておるぞ!」

私のせいかもしれない。
こうあせって、マーシャルの誘いに乗らざるを得なかったのかもしれない。

「裏目に出たのかもしれません。
私が…、私が派手に知らせたからー。
軽率でした、もしチューダー侯爵に何かありましたら…」

さえぎるように、彼女の言葉に重ねた声は暗く重い。

「違うな、お前の知らせで軍に活気かっきがついた。
チューダー殿は、慎重にすべきだったのじゃあ。
戦の経験がないのが、あだになったのであろう」

「お祖父様、私はまだまだですね。
今まで私は、自信過剰じしんかじょうでしたと気付かされました」

孫の頭にポンと手を載せて、言い聞かすように話す。

「【いては事を仕損しそんじる】。
マーシャルに対して、これにならなければいいがな。
急ぐことではない。
戦とは、勝つことだ!」

うるんだ瞳で、祖父の話す意味に答える。

「何事も急ぐと、焦って失敗しがちになる。
急ぐ事ほど、落ち着いて行動せよといういましめですね」

「今の儂らも、そうじゃあ。
チューダー殿を思うばかりで、焦ってはならない。
一個人より、全体を見て勝利しなくてはならん!
それが、戦争だし戦いだ!」

初めて、本当の真の姿を見た気がした。
これが、戦の神なのか!

「はいっ、お祖父様!
やるべき事を致しますわ」

彼女は現状を書き、それを祖父に確認を求めた。

「追伸で、ヴェントをヘイズ王に任せると記載せよ。
彼を、我々の元から手放す!気が散るからのう」

「はい、お祖父様。
いいえ…、戦の神よ!」

プリムローズには今の祖父は神のように神々こうごうしく思えたから、自然に言葉に出てしまっていた。

メリーとギルは、無事かしら?
ヒンメルは、ちゃんと二人に会えたかしら?
お祖母様やエリアスに、公爵夫人やイーダさんは王宮でつつがなく過ごしているの?

今だけ今だけは、迷う心に正直になろう!
黒い森に入ったら、無二むににならなくては生きて戻れないだろうからー。


    
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愛する貴方の心から消えた私は…

恋愛 / 完結 24h.ポイント:624pt お気に入り:6,754

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:205pt お気に入り:409

何も知らない愚かな妻だとでも思っていたのですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:1,705

処理中です...