上 下
22 / 142
第2章  新天地にて

第3話 年問わんより世を問え

しおりを挟む
    気恥ずかし過ぎてどうしていいか分からない主人に、お茶が入ったコップを無言で手渡しする専属メイドのメリー。
これは、これでも飲んで落ち着けという心遣いだろう。
前の席での主従のやり取りを、公爵は微笑ましい主従関係者だと思う。

『なるほどのう。
よくよく見てみると、愛らしく美しい少女だ』

肖像画を自慢気に3枚も送って寄越すとは、爺バカと思っていたが違うのかも。

『グレゴリー殿の真意は、ヘイズで婿むこでも探してくれということか?』

スクード公爵は、余計な憶測おくそくし始める。
グレゴリーにしてみれば、ただ孫娘を自慢しただけのこと。

 
   城が間近に見えてくる頃には、太陽が真上になっていた。
プリムローズはすっかり落ち着きを取り戻し、これから入る公爵の城を見上げる。

クラレンス公爵領地の城は、山を背にしていた。
こちらは、湖の中洲なかすに作られたお城なのね。
それも外観は黒く、まるで魔女や魔王が住んでいそうな気配。

立派な古めかしい石畳の橋を渡ると、綺麗な花が咲き乱れた庭があった。
馬車が正面に着くと、馭者ぎょしゃがドアを開けてくれる。

先に公爵さまが馬車から降りると、私に手を差し出してくれた。

『あらっ、これはレディーファーストね?!』

差し出した大きな手に、小さなプリムローズの手が重なった。

今日のドレスは、さわやかは水色に銀の薔薇を刺繍ししゅうを施していた。
小さな白い真珠が目立たない程度に散らされている。
シンプルに見えるがいが、見る人が見たら驚く逸品いっぴんだ。

「公爵さま、有り難うございます。
素敵なお城ですね!」

心とは裏腹の言葉を、ぬけぬけと笑んでお世辞を言ってみる。


 不気味な感じがする城。

本当にどこからか、魔女でも出てきそうよ。
この齢でここまで裏表ある態度ができ、これから末恐ろしいプリムローズ。

「おやっ、帰りましたね。
オレフ坊っちゃん!」

「うわぁー、本当にいた!
魔女さんですわぁ~!」

黒い服に白のエプロンを着たお婆さんに、正直に言い思わず叫ぶ。

背が自分より少し高い腰をちょっと曲げたお婆さんと、目が合ってしまい固まってしまう。
これは、かなり不味い。
見知らぬ方に魔女とは、失礼この上ないわ。

「うむっ、魔女か!
確かに、言われれば魔女じゃ。
ホウキを持っとるしのう」

「大変、失礼を申しました。
私はエテルネルから参りました。
プリムローズ・ド・クラレンスです。
ご厄介になりますが、宜しくお願い致します」

すぐ本人へ謝罪し、カーテシーも完璧に挨拶する。

「ほぉほぉ、これはご立派な御挨拶をいただきました。
私は、メイド長のイーダと申します」

わしの母みたいなもんじゃあ。
母上が亡くなってから、育ててくれたからのう。
イーダ、無事に帰ったぞ!
此方は大事なお客様だ、宜しく頼む」

公爵がそう話すと、イーダはプリムローズを見て不気味に1度笑ってみせた。

ギルたちは、裏から使用人が出入りする入口に向かう。
メリーも軽くカーテシーしてから、彼らと一緒に歩いて行く。

  
    公爵様とメイド長のお婆さん、イーダさんと城の玄関に入ると綺麗な女性が笑顔で立っていた。
後ろには、20名ぐらいの使用人たちが控えて出迎えている。
娘さんかしら、ちょっと何歳か不明ですわね。

「旦那様~!
よくご無事で、お帰りなさいませ!」

スクード公爵に軽く抱きつく、綺麗な女性。
二人は抱擁ほうようすると、顔を近づけて頬にキスし合っているではないか。
この方はもしかして、後妻さんですか?
それとも、年の離れた妹?

好奇こうきの目で見ては、彼女は無理やり笑みを浮かべていた。

「お嬢様は、勘違いをなさっただろう。
初めてあの夫婦を見ると、お客人は同じ顔つきをしますよ」

後ろ斜めにいるイーダが、彼女だけに聞こえるように話した。

『やはり、この方は魔女だわ。
私の心を読める。
ヘイズは、本格的な魔女のいる国なのね』

どんな魔女だよって、どこからか苦情が来そうだ。 

「これこれ、違いますよ。
お嬢様が独り言を、勝手におっしゃっておりますので分かるのです。
私は魔女ではございません」

「何度も失礼を致しましたわ。イーダさん」

またしても、プリムローズは自覚無しに思った事を言っていたようだ。

「こちらのご令嬢が、エテルネルのクラレンス公爵令嬢のプリムローズ様ですね。
お初にお目にかかります。
私は妻で、ニーナ・スクードと申します」

奥方様は、黒髪に水色がかったグレーの瞳をしていた。
スクード公爵の体格が際立ってか、細く可憐な容姿。

野獣に美女という言葉がぴったりの夫婦であった。
野獣よりは品があり、公爵は立派な紳士ではあるがー。

「申し訳ございません!
私から御挨拶しなくては、いけませんのに!
ご無礼しました。
プリムローズ・ド・クラレンスと申します。
以後お見知りおき下さいませ」

プリムローズは、祖母直伝のカーテシーを夫妻にする。
ニーナはその美しい所作に驚きの表情を返した。

このお年でここまで完璧とは、流石にアルゴラ元第1王女殿下のお孫様ですわ。
スクード公爵夫妻は感心して、目の前の幼い令嬢に微笑んだ。

「うふふ、オレフは老け顔なの。
そういう人って、ある日突然に老けなくなるそうよ」

プリムローズは夫人が、プリムローズとイーダの会話が聞こえていたのを知った。

「【年問わんより世を問え】って言葉があるもんだ。
そうでしょう、オレフ坊っちゃん」

公爵に笑いながらニヤニヤして、底意地悪い顔を向けた。

このやり取りを見て、スクード公爵家ではこのお婆さんが一番の権力者と把握はあくした。
第一印象に失敗したプリムローズは、かなり落ち込んでいたが顔に出さずにひたすら笑顔で対応する。
挽回ばんかいはできると機会をねらう。

「もうイーダったら、旦那様をイジメないでね。
クラレンス公爵令嬢は、旦那様をお幾つと思いましたか?!」

ニーナは、プリムローズに首を傾げて質問してきた。
顔に似合わず、意地悪な。
そんな愚かな質問は、叩き返して頂くわよ。

「スクード公爵様は、とてもご立派な体型でこざいますわ。
日頃から鍛練されているとお見受けしました。
手にも剣ダコがあり、かなり若い頃から振っておられると推測しますわ。
是非とも、剣術のご指南しなんをして下さいませ」

プリムローズは、一切年齢を無視して返答しなかった。
機転を利かせている、その返事を気に入ったようだった。

「お嬢様の仰るとおり!
年齢よりも、その人がどう生きたかが大事です。
お嬢様を気に入りましたぞ。
困った時は、このイーダになんでも仰るがよい!
ワァーハハハ!」

公爵より偉そうに豪快に笑う、メイド長イーダ。
公爵家の中でも、1番の変わり者で影の権力者を味方みかたにつけたようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

婚約を正式に決める日に、大好きなあなたは姿を現しませんでした──。

Nao*
恋愛
私にはただ一人、昔からずっと好きな人が居た。 そして親同士の約束とは言え、そんな彼との間に婚約と言う話が出て私はとても嬉しかった。 だが彼は王都への留学を望み、正式に婚約するのは彼が戻ってからと言う事に…。 ところが私達の婚約を正式に決める日、彼は何故か一向に姿を現さず─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

処理中です...