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第1章  奇跡の巡り合わせ

第6話 持ちつ持たれつ

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  雲ひとつない青空に、船のが白く映え渡る。
プリムローズたちと偶然出会ったヘイズの商人タルモは、ヘイズ国へ向うカウニス号に乗り込もうとしていた。

「これが…、船って海の乗り物?
遠くから見るのと、実際乗るのとでは大違い。
海へ引き込まれそうだわ。
お遊びで湖で、ボートにしか乗ったことがないの。
私は泳いだことないし、万が一に海にでも落ちたりしたら…。
きっと、おぼれてしまう」

初めての船と海を、間近に見ては弱気な発言をする。
近くに控えていた護衛のギルが、茶化してはいるが珍しく真面目に言ってきた。

「お嬢、浮き輪を持ってしがみつけばいいさ。
冗談話ではないが、マジに甲板かんぱんには気を付けて下さい。
滑って海に落ちたら、まず命は助からないぜ!」

海の怖さを知らない女性たちに、いつもと違う表情で厳しく注意する。

「ギル殿の仰るのは、もっともですよ。
海を、絶対に馬鹿にしてはいけない。
突然波が荒れる場合もある。
御一人では、絶対に甲板に出ないことです。
どうしても海を見たくなったら、私たちや船員に付き添いを頼みなさい。
そうして下さい、いいですね」

タルモは、まだ子供のプリムローズに念には念を押す。

「そのご意見は正しいですわ。
海は遠くから眺めると、穏やかで美しく見えますが…。
近くだとこの様に波があり、体が自然に引き込まれそうになります。
お嬢様、私と船室で大人しくしてましょうね」

自分より小さな手をキツく握っているメリーの手は、わずかに震えてるのが分かるぐらいだった。


「カウニス号!
ヘイズ国を目指して、出港致しますー!!」

船長が大声で叫ぶと、港の鐘が鳴った。

「あの騒がしい鐘の音は、突然なんなの?!!
たくさんの鐘が、一斉いっせいに鳴り響いてますわ」

プリムローズは、思わず驚き叫びながら耳を手でふさぐ。

「アッハハハ、これは失礼!
プリムローズ様は、初めて聞きましたか?
あれはこの船の無事な航海を願い、教会や船着き場にある鐘を鳴らすのですよ。
特にヘイズは海賊に襲われる可能性があるから、余計に景気よく鳴らすのです」

お祖父様は大丈夫とおっしゃっていたが、本当に平気なの?
あの能天気なお祖父様は、もしかして勘違いしてないよね。

「お、お嬢様!うっ、動いておりまーす!
きゃあ~、船が揺れてますわ!!」

急に自分より大きい体にしがみつかれ、重みを感じてバランスを崩す。

「おち、落ち着いてメリー!!
貴女の声で、こっちまで怖くなるわよ。
動かないと、ヘイズに行けないわ。
ギル、アンタは笑うな!
笑わないでよぉ~!」

「そうですよ、笑って失礼です。
私たちは、初めての海に船なのですから…。
お嬢様、とにかく船室に行き落ち着きましょう」

2人の女性たちは手を取り合い、船員の案内で部屋に向かう。

「ア~ハハ…。もう~ダメ、腹が痛いー!
タルモ殿、あれ見た?!
お嬢とメリーの顔を、笑っちゃ悪いが…。笑える~」

ギルは急いで中に入る二人を見て、腹を抱えては大爆笑だいばくしょうをする。

「ギル殿は、お人が悪い。
我らも初めて乗った時は、きっとああでしたぞ。
私たちも船室に参りますぞ」

  
    部屋に着いたタルモは、部屋の中を見て感嘆の声をあげる。

「ほぉ~、これは素晴らしい!
こんな豪華な船室に泊まれるとは…」

「お嬢は、アルゴラでは特別待遇だしな」

タルモは部屋にあるお茶を目にやり、その矢先やさき同時に扉を激しく叩く音がした。

「ギル、ギルー!!
お願いよ~、助けてちょうだいー!!」

プリムローズの切羽詰せっぱつまる声が船室の外から聞こえた。

船室の扉を開けると、青ざめたプリムローズがメリーを従えて立っていた。

「お嬢、血相けっそう変えてどうなさりました?!」

その顔を見て、プリムローズの両肩に手を優しくえた。

「ピーちゃんの事を、…忘れていたのよー!
どうしょう、アルゴラに置いて行っちゃった。
うっ~ん、グスン」

プリムローズは、ここまでこらえていたのか。
一気に泣き出したのを見て、タルモは早口で急ぎ伝えた。

「プリムローズ様、安心して下さい。
ピー様は、船の上空を飛んでました。
確かに、私はこの目で見ましたよ。
白い鷹が、我々を見ているかの様に飛んでいるの姿をね」

「タルモ殿…。それは、本当なの?!
あーっ、早くピーちゃんを助けて確保かくほしないとー。
あの子はー、海は初めてなのよ!
メリー、鳥籠とりかごをギルに渡してくれる。
今から、急ぎ甲板に行くわ」

プリムローズは、かなりあせりに焦っていた。

「私も御一緒します。
プリムローズ様、もう船は沖に出ています。
波もないはずですよ。
泣くのは止めて、まずは落ち着きましょう」

タルモはウェルカムティーが用意してあるのを目にして、泣く少女にお茶を注ぎ渡した。

「タルモ殿、あり…がとう。
うん…、そうね。頂くわ!」

お茶を飲みフーッと息を大きく吐き出すと、急ぎ足で甲板を目指した。

「ギル殿を呼んで、鳥籠に入れたらどうですか?
わざわざプリムローズ様が、危険な甲板に行かなくても宜しいのでは?!」

速歩きの途中でそう言うと、ギルは力なく首を振り答えた。

「あの鷹は、頭が良すぎてな。
何度も何度も、俺が指笛で呼んでも来ないんだ。
お嬢の指笛しか、まったく反応しないんだよ」

「はぁ、そうですか??
それは、残念でしたな」

鷹ってそんなに賢いんだと、タルモは初めて知るのだ。
後日、それはピーちゃんだけだと分かる。

「お嬢の腰と俺の腰を、縄で繋げますよ。
子供でまだ体が軽いから、踏ん張れないかもしれないからな」

腰に無理やり縄で、グルグル巻きにして準備する。

「じゃあ、鳴らすわよ!」と、プリムローズが指笛を吹く。

「ピィーピィー、ピィー!!」

指笛は波音に消されないように、高く強く吹き鳴らされる。

「ピーちゃんー、ママよ!!
早く、おいでー!!」

プリムローズは、絶叫に近い声で叫ぶ。

白い翼の鷹が、マストから急降下してプリムローズの前の甲板に降り立つ。

「ピ、ピーちゃんー。
ごめんね、ごめんなさい!
ちょっとでも、忘れて…。
ママが、悪かったわぁー!うっ、うわぁ~んー!」

「ピィー、ピピ、ピィー!!」

「お嬢、ピーが…。大丈夫!
そんなに泣くなって、たぶんですが…。
鳴いてますぜぇ~」

タルモはその光景を目の当たりにし、種族を越えた愛に深く感動した。

ピーちゃんは、大人しくみずから鳥籠に入る。

商人気質のせいか銀の特注品で、デカすぎる鳥籠を見つめた。
精巧な銀細工で、プリムローズの花の中心にはアメジストの宝石が埋め込まれていた。

豪華な鳥籠を泣き笑いしながらでまくり、美少女の姿は摩訶不思議まかふしぎでもあった。

「有り難うございます!
タルモ殿が、ピーちゃんを見つけて教えてくれたからですわ」

プリムローズは、タルモに感謝を述べる。

「【持ちつ持たれつ】という言葉があります。
まだまだお返しには足りませんが、ピー様がご無事で良かった。
気づいた時に、真っ先に話すればと後悔してます。
こうして、泣かしてしまいましたからね」

申し訳なさそうに、泣いたあとの彼女に眉を下げて謝る。

「ピ、ピ、ピィー!」と、タルモに何度も首を振るピィーちゃん。

「おやおや、これは…。
ピー様からのお礼のおつもりですかなぁ。
ご無事で何よりです。
本当に賢い鷹ですな。
ハハハ!」

その笑い声にギルも、たまらず釣られて笑いを吹き出す。

プリムローズの顔は、涙と潮風で塩辛い味がする。
なんともまぁ、大騒ぎな出港になってしまう。

はんして、海面は静かに穏やかにきらめく。
ヘイズに向かうカウニス号は、目的地に順調に進むのである。
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