【完結】すべては、この夏の暑さのせいよ! だから、なにも覚えておりませんの

愚者 (フール)

文字の大きさ
上 下
207 / 207
第8章

終章

しおりを挟む
 アドニス王はやっと杖をつきながら、窓際にある椅子に座り込む。
少ししか歩いてないのに、心臓がイヤな音を響かせる。
暫くすると、激しい動機息切れが落ちつき。
瞳を閉じていた彼は、前方にある広めのバルコニーに視線を動かす。

外の光を眩しそうに、どこか懐かしげな眼差しで眺め続けていた。
亡き妻マティルダとの出会いと夫婦としての歩みを、いつしか思い返してみるのだった。
こんな悠長な時間を過ごせるのは、息子の王太子が政務を引き継いでいるお陰である。

『君と国を導いていた時はー。手探りで、必死だったね。
忙しすぎて……。
マティルダ、君とー。
こうして、老後を過ごせなかった。
全く予想外だったよ』

最近のアドニスは、夏の季節に入ったせいか。
食欲もなくなり、ますます痩せていく一方であった。

    
    
   サンダース親子たちの別れから二年後に、マティルダたちは婚姻を果たした。
彼女は正式なアドニス王太子妃になると、女性の中で王妃に次ぐ二番目に地位の高い人となる。
大きな声では話せないが婚姻を決定させたのは、マティルダがアドニスの子を身籠った気配がしたからだ。

周辺からしてみたら遅すぎる婚姻だった為に、既に準備は万端で側仕えの女官たちはそれは大喜びであった。

「順番が逆になってしまって、恥ずかしいですわ。 
アドニスったら、笑わないで頂戴な。
貴方にも責任はあるのよ!」

そう妻になる人に言われて、今度は彼が困り顔をしてみせる番になった。

「おめでたい事が重なるのだ。
それにこの手はよくあるし事だし、気にしないで堂々としよう」

「男性と女性とは、立場は違います。
体調が、このまま悪くならなければいいけど。
婚姻の儀式が、不安でならないわ」

声をあげて笑ってしまう彼は、彼女を後ろから軽く抱き締めて耳元にくすぐるようにささやく。

「儀式の司祭は、あの雨乞いをした時の者だよ。
うまく計らって、式を短めにしてくれる筈だ」

クスクスとあの時の雨乞いを頭に浮かべて、思い出し笑いをしたマティルダ。
彼女のまっ平らなお腹を、アドニスはいとおしそうに後ろから擦り続ける。

婚姻してから間もなく、1番目の元気な女の子が生まれた。
マティルダは出産後から、何故かパッタリと不思議な夢は見なくなっていた。

あまり間をあけないで、今度は男児の世継ぎが授かる。
続けてのオメデタが負担になりるが、嬉しさのあまり本人もアドニスも体調の悪さを忘れていた。
マティルダは、自分が自覚ないままに健康を害していっていたのだ。

『思えば充実した毎日で楽しかったが、忙しすぎて彼女に負担をかけてしまったな。
もう少しマティルダを休ませてあげていたら、此処に彼女が居たのかもしれない』

愛する王妃を失った国王は再婚もせずに、今日まで国の事だけを思い過ごしていた。

 
    瞳を閉じて思い出に浸る年衰えた王は、誰もが通る後悔の念におちってしまう。
死を迎える前に、走馬灯そうまとうのように歩んだ人生を思い返す。
両親や兄妹、友人。
そして、最愛の人との別れ。

小さな足音の音、仄かな花の様な香り。
彼女が、私の側に近寄ってくれた時のようだ。

「お義父様、ご機嫌はいかがですか?
今日は暑くなりそうですわ。
……?  お義父様?!」

息子の嫁、王太子妃がご機嫌伺いに訪れる。

「あ、マティ……ルダ。
私をー。迎えに来て…。
くれたのかい?
あの時の…、時のようにー」

「お義父様?
私は、お義母様ではないですよ。
どうされましたか!?」

王太子妃はドレスが汚れるのも気にせずに、床に両膝をつけて義父の様子を注意深く見る。

「マティルダ、会い……たかった」

いつもと違う様子の義父に、彼女は恐怖の感情が体内に広がる。

「誰、誰かぁー~!!
医師をー、医師を呼びなさい!
王太子殿下もです!
直ちに、今すぐに!
早くしてー~!!」

王太子妃の大声に驚き、後ろに控えていた女官たちが走り出して部屋を出て行く。

「陛下、国王陛下!
気をしっかりお持ち下さい!
医師も王太子も参ります!」

手を両手で握りしめると、気候とは反して冷たい。
彼女もその体温にビックリすると、少しでも温まってと祈る。

「王太子?
ああ、息子に…。伝えてくれ。
長い間…、玉座に居座り。
……、すまなかったと……」

「陛下、何を申します!
しっかりなさって下さい」

死を迎える人に、何を告げればよいのか。
こんなことは、誰からも教わっていない。
後ろからバタバタと足音が聞こえると、彼女は体が硬直して後ろを振り返ることすらできないでいた。

如何いかがしましたか!?
父上……?陛下ー!!」

顔を覗き込めば、普通の顔色ではない。
紙のように白くなっていた。

「来た……、のだよ。
マティルダがー。
私を……、迎えにね。
今までと、……同じく。
国を、国を……。頼んだよ」

「父上!
何をおっしゃいます!」

「頼ん……だよ」

「はい!」

王太子は父に理解できるように、短く返事を返すのがやっとのようだった。

最後に見えているのか分からないが、目を微かに開けてバルコニーの先をもう一度眺める。

『夏は暑いの当たり前ですが、時たま自分が何をしてるのか分からない時がありますわ』

『だから、何も覚えてないんだね。
君は夏になるといつもそう。
そうやって何でも、調子よく誤魔化してしまうんだ!』

『フフフッ、一緒に参りましょう。
あの時のようにー!』

『あの時?
引きこもっていた時の事かい?
あの夏は、あの部屋は特に暑かった』

お気に入りの大輪の赤い薔薇の花をあしらった扇で、自分に振り呼んでいるようだ。

あの夏がなかったら……。
きっと、出会うことがなかった二人。

『やっと……、行けるよ。
君の居る場所へ。
……、マティ……ル……ダ』

右手をほんの少しだけバルコニーに向けてから、パタリと膝に落ちる。
まるでその表情は、最愛の人に会えたのか。
満足げに笑っている様だった。
 
医師が脈を確かめると、首を左右に振ると瞳には光るものがキラッと輝く。
そして、そこかしこから嗚咽だけが部屋に響いた。

在位30年、善政を敷いて国を納め。
国民からも身分隔たりなく、愛されたアドニス王。
この場で静かに永眠する。

導かれかのように、マティルダ王妃が去った時と同じ季節だった。       
        ー完ー                                            
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...