【完結】すべては、この夏の暑さのせいよ! だから、なにも覚えておりませんの

愚者 (フール)

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第8章

終章

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 アドニス王はやっと杖をつきながら、窓際にある椅子に座り込む。
少ししか歩いてないのに、心臓がイヤな音を響かせる。
暫くすると、激しい動機息切れが落ちつき。
瞳を閉じていた彼は、前方にある広めのバルコニーに視線を動かす。

外の光を眩しそうに、どこか懐かしげな眼差しで眺め続けていた。
亡き妻マティルダとの出会いと夫婦としての歩みを、いつしか思い返してみるのだった。
こんな悠長な時間を過ごせるのは、息子の王太子が政務を引き継いでいるお陰である。

『君と国を導いていた時はー。手探りで、必死だったね。
忙しすぎて……。
マティルダ、君とー。
こうして、老後を過ごせなかった。
全く予想外だったよ』

最近のアドニスは、夏の季節に入ったせいか。
食欲もなくなり、ますます痩せていく一方であった。

    
    
   サンダース親子たちの別れから二年後に、マティルダたちは婚姻を果たした。
彼女は正式なアドニス王太子妃になると、女性の中で王妃に次ぐ二番目に地位の高い人となる。
大きな声では話せないが婚姻を決定させたのは、マティルダがアドニスの子を身籠った気配がしたからだ。

周辺からしてみたら遅すぎる婚姻だった為に、既に準備は万端で側仕えの女官たちはそれは大喜びであった。

「順番が逆になってしまって、恥ずかしいですわ。 
アドニスったら、笑わないで頂戴な。
貴方にも責任はあるのよ!」

そう妻になる人に言われて、今度は彼が困り顔をしてみせる番になった。

「おめでたい事が重なるのだ。
それにこの手はよくあるし事だし、気にしないで堂々としよう」

「男性と女性とは、立場は違います。
体調が、このまま悪くならなければいいけど。
婚姻の儀式が、不安でならないわ」

声をあげて笑ってしまう彼は、彼女を後ろから軽く抱き締めて耳元にくすぐるようにささやく。

「儀式の司祭は、あの雨乞いをした時の者だよ。
うまく計らって、式を短めにしてくれる筈だ」

クスクスとあの時の雨乞いを頭に浮かべて、思い出し笑いをしたマティルダ。
彼女のまっ平らなお腹を、アドニスはいとおしそうに後ろから擦り続ける。

婚姻してから間もなく、1番目の元気な女の子が生まれた。
マティルダは出産後から、何故かパッタリと不思議な夢は見なくなっていた。

あまり間をあけないで、今度は男児の世継ぎが授かる。
続けてのオメデタが負担になりるが、嬉しさのあまり本人もアドニスも体調の悪さを忘れていた。
マティルダは、自分が自覚ないままに健康を害していっていたのだ。

『思えば充実した毎日で楽しかったが、忙しすぎて彼女に負担をかけてしまったな。
もう少しマティルダを休ませてあげていたら、此処に彼女が居たのかもしれない』

愛する王妃を失った国王は再婚もせずに、今日まで国の事だけを思い過ごしていた。

 
    瞳を閉じて思い出に浸る年衰えた王は、誰もが通る後悔の念におちってしまう。
死を迎える前に、走馬灯そうまとうのように歩んだ人生を思い返す。
両親や兄妹、友人。
そして、最愛の人との別れ。

小さな足音の音、仄かな花の様な香り。
彼女が、私の側に近寄ってくれた時のようだ。

「お義父様、ご機嫌はいかがですか?
今日は暑くなりそうですわ。
……?  お義父様?!」

息子の嫁、王太子妃がご機嫌伺いに訪れる。

「あ、マティ……ルダ。
私をー。迎えに来て…。
くれたのかい?
あの時の…、時のようにー」

「お義父様?
私は、お義母様ではないですよ。
どうされましたか!?」

王太子妃はドレスが汚れるのも気にせずに、床に両膝をつけて義父の様子を注意深く見る。

「マティルダ、会い……たかった」

いつもと違う様子の義父に、彼女は恐怖の感情が体内に広がる。

「誰、誰かぁー~!!
医師をー、医師を呼びなさい!
王太子殿下もです!
直ちに、今すぐに!
早くしてー~!!」

王太子妃の大声に驚き、後ろに控えていた女官たちが走り出して部屋を出て行く。

「陛下、国王陛下!
気をしっかりお持ち下さい!
医師も王太子も参ります!」

手を両手で握りしめると、気候とは反して冷たい。
彼女もその体温にビックリすると、少しでも温まってと祈る。

「王太子?
ああ、息子に…。伝えてくれ。
長い間…、玉座に居座り。
……、すまなかったと……」

「陛下、何を申します!
しっかりなさって下さい」

死を迎える人に、何を告げればよいのか。
こんなことは、誰からも教わっていない。
後ろからバタバタと足音が聞こえると、彼女は体が硬直して後ろを振り返ることすらできないでいた。

如何いかがしましたか!?
父上……?陛下ー!!」

顔を覗き込めば、普通の顔色ではない。
紙のように白くなっていた。

「来た……、のだよ。
マティルダがー。
私を……、迎えにね。
今までと、……同じく。
国を、国を……。頼んだよ」

「父上!
何をおっしゃいます!」

「頼ん……だよ」

「はい!」

王太子は父に理解できるように、短く返事を返すのがやっとのようだった。

最後に見えているのか分からないが、目を微かに開けてバルコニーの先をもう一度眺める。

『夏は暑いの当たり前ですが、時たま自分が何をしてるのか分からない時がありますわ』

『だから、何も覚えてないんだね。
君は夏になるといつもそう。
そうやって何でも、調子よく誤魔化してしまうんだ!』

『フフフッ、一緒に参りましょう。
あの時のようにー!』

『あの時?
引きこもっていた時の事かい?
あの夏は、あの部屋は特に暑かった』

お気に入りの大輪の赤い薔薇の花をあしらった扇で、自分に振り呼んでいるようだ。

あの夏がなかったら……。
きっと、出会うことがなかった二人。

『やっと……、行けるよ。
君の居る場所へ。
……、マティ……ル……ダ』

右手をほんの少しだけバルコニーに向けてから、パタリと膝に落ちる。
まるでその表情は、最愛の人に会えたのか。
満足げに笑っている様だった。
 
医師が脈を確かめると、首を左右に振ると瞳には光るものがキラッと輝く。
そして、そこかしこから嗚咽だけが部屋に響いた。

在位30年、善政を敷いて国を納め。
国民からも身分隔たりなく、愛されたアドニス王。
この場で静かに永眠する。

導かれかのように、マティルダ王妃が去った時と同じ季節だった。       
        ー完ー                                            
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