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第8章

31 和解と未来

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  複雑な心境の男女は、互いの気持ちをどう話していいか悩む。
アリエールは馬車の事故で、ハロルドを崖へ突き落とそうとしてしまった。
ハロルドは、そんな事をされて左手に軽い障害が残っていた。
最悪なのはそれを使って、父親のサンダース子爵から金をせびっていたのである。

『言えるわけない。
あんなに好きだとか言って、事故が引き金で殺されそうになってから突き放していた』

ハロルドの苦悶が丸分かりで、勇気を出せるようにマティルダは後押しをする。

「躊躇うのは当たり前です。 離れていた時間に、お互いがどう思っていたかが大切なのよ。
相手を許して、そして愛せるかが大事なのです」

『ハロルドは、私のことが気になっているの。
婚姻した女性よりも、私を?』

彼がもうかなり前に、離縁しているのは噂では耳にしていた。
なら、もしかしたらー。

「アリエール、俺はー!」

「ハロルド、私はー!」

「フフフ、気が合うようね。
お庭でも散歩して来てみたら?
あの時の夏よりは暑くないわ。
二人でお話ししたら、どう?
誰かー、案内をしてあげて頂戴な!」

あの時とは、学生時代マティルダが熱中症で倒れた振りをした時である。
本当に具合が悪くなりかかったので、わざとかどうかは疑わしい。
ハロルドもアリエールも最初は分からなかったが、後から二人で話していて思い出す。
マティルダは無理やり庭に向かわせて、二人きりにさせてみるのだった。

    庭まで案内をされて来てから、「ここからは、若い二人だけでどうぞ」と言ってそそくさと去っていってしまう。
若いと言われて二人は、顔を見合わせて笑ってしまった。


「元気だったか、アリエール。
済まない、アリエール嬢。
こんな場所で、君に再開ができるとは思わなかったよ」

「私もよ、ハロルド殿。
もう一度、謝らせて……。
あの時は、貴方を助ける処か。
殺そうとしていたわ。
信じられないと思うけど、気が動転してしまったの」

「……、あの頃の俺は信じられなかった。
でも、今は信じられるよ。
自分も、あれから人が変わったかのようになってしまった」

「ハロルド……」

アリエールとハロルドは、顔を違う方角に向けながら語る。

「私もよ。
修道院へ行ってから、最初は不平不満ばかり言っていた。
もう誰も助けてくれないと、現実を受け入れた時にー。
やっと、自分の愚かさを知ったの」

「アリエール!
家族に厄介者とされて、顔すら見たこともない女と婚姻させられたんだ。
この時、君を責めてしまった事を後悔し始めた」

婚姻……。
アリエールはハロルドと夫婦になった女性に、嫉妬心をまた芽生える。
この感情はこの事を知った時からだった。

「その人を…、貴方は愛してるの!?」

声が震えているのが分かる。

「まさか!!
紙の上だけの縁だ。
アイツには指一本触れていない」

「嘘を言わないでよ!
婚姻して初夜をしなかったの」

痴話喧嘩になりかける。

「寝屋で着飾ったのを見て、具合が悪くなったんだ。
相手はカンカンに怒ってしまって、部屋を出て行って「」しまった。
それからは、俺は肩身が狭くなったな」

「そっ、そうなの。
でも、夫婦だったのでしょう。
関係が無かったなんてー」

「信じてくれよ!?
アリエールを、ずっと忘れられないと思っていた。
楽しかった思い出には、お前だけがいたんだ!」

『同じよ。私もー』、涙が止めどなく流れ声にならない。

「ハァー、ハッ!
ハロ、ハロルド!」

やっと彼女が名前を呼べた瞬間に、彼は堪らず背中に腕を回して抱き締めていた。
時という長い回り道をして、ギリギリに間に合ったようだ。

 ベランダの上から重なりあう姿を眺めて、派手だが上品な扇をパタパタさせて遠くへ視線を送る。

「子爵、二人の仲を認めて差し上げて下さい。
結ばれる運命だったのです」

目の前に広がる美しく整えられた庭園には、愛を確かめ合う男女が小さく見えた。

「仕組んだのですか。
今日、この場に彼を呼び出したのは。
こうなるのが、分かっていたのですか?」

「たまたま王宮に居たのよ。
だから、一目だけでも会わ様としただけです」

「感謝します。
娘はたまに落ち込んでいました。
ですが、私たちにはどうする事もできなかった」

母親のカーラも黙っているが、娘が笑っている姿に目を細めてる。

「子爵、カーラさん。
もう貴族ではないのですね。
隣国へ行ったら、思うがまま自分に誠実に生きてください。
さようなら……。
幸せになるように願います」

「マティルダ様、失礼な事をしていたのをお許し下さい。
アリエールの事、ありがとうございました」

カーラは、謝罪ともとれる言葉と感謝を一緒に伝えてきた。
血の繋がりがないマティルダを、彼女は娘として育てた。
 
「謝罪はいりません。
そう育てられなければ、私はココに居ないでしょう。
人は神ではない。
完璧な人間を、私はまだ見たことがないわ」

「マティルダ……」

自然と名前を呟くと、深くマティルダの背中に頭を下げ続ける。

後日、王宮から一台の馬車がひっそりと隣国へ向けて出発する。
この日は不思議と急に夏らしく暑い日になり、それを見送ったのは数人の者だけだった。

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