【完結】すべては、この夏の暑さのせいよ! だから、なにも覚えておりませんの

愚者 (フール)

文字の大きさ
上 下
201 / 207
第8章

26 訃報

しおりを挟む
    パレードはそれからは順調に進み、襲撃事件以外は何事もなかった。
必死に笑顔を張り付けていたマティルダは、人気がない場所で頬っぺたを掴み揉んでいた。

「マティルダ、お疲れさま。
ハハハ、顔は平気か?」

「大丈夫ですわ。
それより、ハロルドは大丈夫でしょうか?」

二人が馬車から降り立つと国王陛下や王妃様が、マティルダに暴漢の件で慰め。
その後、最後まで立派にこなした事に労いの言葉をかけてくれた。

「警備からの報告で、5年前の雨不足が原因の逆恨みであった。
雨乞いをした巫女が、マティルダだと知っていて狙ったそうだ」

「マティルダは雨を降らせ、キチンと役目を果たしてくれたわ。
今日はアドニスの婚約者として、国民にお披露目でしたのにー」

二人の会話を聞くと彼女は曇った表情になり、励ますはずが逆効果になってしまう。

「父上も母上も、言い争いはお止めください。
マティルダが、どうしてよいのか困っております。
メアリー、お前はいつも余計な事ばかりしてるな。
いったい、何を投げたんだ?!」

「私からメアリーに、叱っておいたから許してやれ。
あれのお陰で、犯人の犯行を遅らせた。
メチャクチャだが、意味はあったんだ」

「エドワードお兄様」

一緒に行動を共にしていた兄が妹メアリーの頭を撫でて擁護発言をする。
反省会を兼ねてマティルダたちは用意された遅めのランチを食べることにした。

緊張感が解けて話を進める途中で、マティルダが気になるのはハロルドの怪我の様子である。
腕や肩に刺されたのか血が服ににじんで、道にも跡が見えていた。
生命まではおびかされていないとは思うが、心配でそればかり気になってしまう。

「陛下、並びに皆様には。
お食事中、申し訳ありません」

何やら手紙を王に差し出すと、至急の用件なのかと言い中を読み始める。

「な、なんと!
襲撃犯を捕らえた者が亡くなったのか!?」

一報を聞くや否や、マティルダが立ち上がり悲鳴にも近い声を発した。

「は、ハロルド……。
彼が、彼が亡くなった?!」

突然の訃報に息が止まりかけて、彼女は目の前が真っ暗になる。
マティルダが倒れかかるのを、素早く隣に座っていたアドニスが抱き抱えた。

「マティルダー!!」

「マティルダ、しっかりして!」

「誰か、すぐに医師を呼ぶのだ!」

王太子、王女、慌てて彼女に呼びかける。
冷静なエドワードが、近くにいる女官に声をかける。
王妃は心配そうに、倒れた彼女の腕を擦り続けていた。

急ぎ昼食を中座して、そのまま意識がない彼女を休める場所へ移動させた。

    
 亡くなったと言われたハロルドが、誰かと顔を見つめ合って微笑んでいる。

『ここは、天国で?
貴方はそこにいるの?
笑っているのは、そこで幸せだから?
ハロルド……、貴方は本当に死んでしまったの!?』

これは、現実か夢なのか。
どちらが本当か分からなくなっていた。
意識を失ってから、疲れていてそのまま寝てしまった。
ベッドの近くの椅子に座るアドニスは、目を瞑っても涙を溢す目元を拭いてあげていた。

「可哀想にー。
ショックが大きかったんだ」

「マティルダ、泣いている。
助けてくれた方はー。
本当に……、亡くなってしまったのですか?」

兄が座る椅子の隣に立つメアリー王女は言葉が詰まり、胸に組んでいる手が微かに震えてだしている。
意識失い倒れてしまったマティルダの様子を見て、王女は眉を潜め泣きそうにていた。

「私が……。
余計な事をしたから?
犯人は興奮してしまったのかしら?
だとしたら……。
全部、私のせいだわ」
 
「お前は悪くない。
どっち道、襲われている予定だったんだからー」

長男エドワードは、動揺し震えている妹の右肩を擦るように動かす。

「刺された彼を見ていたが、意識もハッキリしていた。
まさか、亡くなるとは思えなかった。
そう見えただけで、傷は深かったのだろうか」

婚約者になった愛しい人の手を取りアドニスは、大きな白い両手で優しく包み話す。
楽しく談話する昼食会は、葬儀でもしている空気になる。

 
 そこに慌ただしく、部屋に駆け込む人影が飛び込んだ。
親子で警備し、事件が発生した片側を担当していた。
その責任者は、マイヤー伯爵の次男息子ジョージ。

「申し訳ございませんでした。
私が警備していたのに、事件を起こしてしまいました」

片膝を付くと、いつもは俺と自分呼びをしている彼らしくない。
国王陛下がお側にいらっしゃるからだろう。

「うむっ、だが対処して行事を終わらせてくれた。
起きたことは仕方ない。
今後に生かせばよい!」

怒るのではなく、王は臣下が自身が考えてくれるのを願い諭す。
それが理解をしてジョージは、胸が詰まる思いをしている。

「陛下……、御意!
この度の事件、詳細に検証し、二度と起こせないように、努力するのを誓います」

会話を静かに伺っていたが、だんだんとイラついてくる。
この人は慌てて来たわりには、用件を伝えてくれない。
早く話してと、目と態度で訴えかけていた。
その雰囲気が部屋に充満した時に、ジョージはやっと本来の役目を思い出す。

「陛下、皆様にお伝え致します。
実は、亡くなったと言われた。 
彼はー、…………」

彼とはハロルドのことだろう。

次に出された言葉は、ここにいる人たちに驚きをもたらす。
その訃報で意識を失ったのは、マティルダであった。
開けられた窓の風の音とジョージの震える声だけが、部屋の壁に反響して普通より大きく耳にこだました。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...