【完結】すべては、この夏の暑さのせいよ! だから、なにも覚えておりませんの

愚者 (フール)

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第8章

22 最後の手紙

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    離縁したのに男は、妻との話し合いにスッキリした顔をしていた。
心に溜まっていた膿を、互いに出しきっての円満な別れ。
そんな男をジョージは、辻馬車に一緒に乗り自分の屋敷に連れていく。
ハロルドは泊まらせて貰う前に、ジョージに家族の話を尋ねてみる。
どうやら、婚姻したばかりだとわかる。
新婚家庭に犯罪者が泊まるのを、新妻は許してくれるのか。
彼には良いと言っても、内心は迷惑だと思っているはずだ。

「あの~、自分が行ってもいいのか!?
そうは言っても、宿には泊まれない」

泊まる宿に持っている金で、足りるか不安でもあった。
ハロルドは、新婚の彼の家に泊まるのに遠慮気味になる。

「妻は、実家に遊びに行ってる。
だから、気にしなくてもいい。
君が受刑するためにこの地から去る次の日に、マティルダ様たちがパレードする事になっているな」

「マティルダがー。
1日違いか、残念だ。
彼女が幸せになっている姿を、一目見てから行きたかったな」

「呼び捨てはまずいぞ。
彼女は、王太子殿下と婚約する人になるんだ」

知っていたマティルダが、ハロルドは感慨深くなる。
人の運命はこうも変わるものなんだと、アリエールと二人でバカにしていた人が未来の王妃の道を歩んでいる。

「雲の上、本物の天上人になるのか。
もう見ることも、会うことすら叶わない」

ジョージは彼らの仲には、自分の知らない長い付き合いがあったのを分かる。
日程をずらして、彼女の姿をハロルドに見てあげたいと考え始めていた。

「君も疲れただろう。
この部屋で休んでくれ。
もし、家族に手紙を書きたければこれを使ってくれ。
手紙を届けるから」

ジョージの気遣いが、彼は嬉しかった。
両親は自分の現状を知らない。
知っても彼らは、別にどうとでもないかも知れないがー。

『もしかしたら、これが最後の手紙になるかもしれない』

やがて、一人になるとハロルドは自分の想いを手紙に綴り始めた。
気付いたら両親、アリエールにマティルダ。
金を恐喝していたサンダース子爵にも謝罪の手紙を書いていた。
その目は潤み、自然と頬を濡らしていた。

『何年かかっても罪を償って、サンダース子爵に金を返そう』

彼は休むどころか、無心に字を書いたり文章を考えてるのに夢中になってしまう。
4通の手紙を書き終えて、最後に封印した時に夕食の時間になっていた。


 到着した時から思っていたが、あのマイヤー伯爵の令息なのに与えられた屋敷は質素で小さい。
本人には、直接言えない言葉であった。

「驚いただろう。
伯爵の息子でも実家から出るとこんなもんだ。
かろじて貴族で、平民よりは暮らしは良いぐらいさ」

思った事を先にジョージに言われて、彼は戸惑いを見せてしまう。

「すまない、顔に出ていたか?
俺なんて、昨日までは牢屋にいたのに。
貴族だった頃の気分が、まだこうして抜けきらない」

「仕方ないさ。
俺だって初めて見た時は、小さすぎて笑ったよ。
でもさぁ。
これが、今の城なんだ。
ここから自分の新たな人生が、始まるんだとワクワクしてる」

希望に燃えている者を、ハロルドは心底から羨ましかった。
嫉妬で狂いそうになる気持ちを、閉じ込めようと必死になる。

「……、そうですか。
貴方ならそんなに時間をかけないで、どんどん出世して大きさ屋敷を手に入れると思う」

「俺とは年齢は変わらない。
まだ、人生を諦めるなよ!
一からやり直せば、君の欲しかったモノが手に入るはずだ」

そんな日が訪れるのだろうか?
平凡でもいい。
愛する人が側にいて、笑い合う日がー。
ハロルドはこの時、あれ程に憎んだ彼女を思い出していた。

「いい話がある。
王族たちのパレードを見てから、出発からでよいと許可を与えられたよ」

「いいのですか?
宜しくお願いします。
アチラからは分からないだろうけど、マティルダ様に別れができて良かった」

「貰い罪だと思われての、特別な計らいだ。
君は、あそこまで悪どい事を知らなかった。
義父の商人は資金が増えて、人が買えるようになった。
もっと、効率よく稼ぎたくなったんだ」

「金を渡さなければ良かったんだ。
1度渡したら、機嫌が良くなり喜んでくれて浮かれてきた。
もっと、もっととなって……。
サンダースに催促する時は、自分が狂ってしまったんだ」

欲は、人を狂わせる。
貴族は裕福と思われているが、実は中身は火の車って家がほとんどだ。
それを他人に見せたくなくて、見栄で着飾っている。

「国一番の権力者だって、俺たちが考えている程裕福ではない。
持っている物を、受け繋いで使われているんだよ。
作り直して誤魔化して、新しいものなんて滅多にないんだ」

ハロルドは意外だったのか、ジョージに目を大きくしていた。

「王家に嫁げるなら、一生贅沢三昧かと思っていた。
マティルダは、玉の輿だと幸運を手にしたとばかり……」

「まぁ、普通はそう思うがー。あの方々も目に見えないだけで、苦労して大変なんだよ。
内情を知らない人は勝手な想像して、みんなは好き勝手言うし…」

ちょっと暗くなった雰囲気になるが、ジョージは明るくパレードを楽しめと言ってくれた。

「アドニス王太子に見初められて、これから苦労もするが彼女なら大丈夫だ。
真の強い人だからー」

国民も隣国に嫁いだ王女が、立派に世継ぎを生んだという噂で広まっている。
現在国全体が、お祭り騒ぎで浮かれまくっていた。

マティルダとルシアンが出会った、5年目のあの季節がやって来てきた。

    
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