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第8章
20 流された涙
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日の陽射しが力強く目に突き刺さり、右手でその光を遮って空を見上げている。
すっかり痩せ細った身体に、顔の半分が無精髭に覆われた男。
「ここへ、もう2度と戻ってくるなよ。
そんな乞食以下の格好のままでは、家族にも会えないぜ。
それから必ず、2日後に憲兵に出頭して罪を償うんだぞ!」
彼は、一時保釈という自由を手に入れた。
家族との別れをしてから、強制労働という刑罰を受ける。
手を出せと言うとその手に数枚の金を置くと、公共の風呂屋に行って髭でも剃れと命令する。
「いいのか?」
「貴族だと自慢されて、お前に意地悪して悪かったな。
まだ好きじゃないけど、嫌いではなくなった。
これは、その詫びだ。
やる、受け取れ!」
照れ隠しした顔に、ハロルドは目を細めて礼を言って握り締めて頭を深く下げた。
「情けないな。
以前は、貴族じゃないと人でもない扱いをしていた。
俺は、最低な人間だった」
全てを洗い流して生まれ変わる為に、彼に教えられた風呂屋に行くことにした。
平民の家でバスタブを持たない者が、金を支払って風呂に入る場所。
ハロルドは、初めて会った者たちに肌を見せるのに戸惑う。
何も持たない彼は、新しい下着を自分が隠し持っていた金で買っていた。
彼の気持ちを考えて、有り金の話をしなかったのだ。
『この金は、使わないでお守りとして大事にしよう。
辛いことがあったら、これを見て奮起するんだ!』
一緒に風呂に入った人の真似をして、大浴場のお湯に浸かる前に体を洗う。
藁を丸めたモノで体を洗う。
まるで馬にでもなった気になるが、洗ってみると自分の体か汚れているのが分かる。
桶の水で洗っていると、だんだんと濁って見えるからだ。
丁寧に何度も擦ると、心も体もスッキリしてくる。
「あーあ~!気持ちいいな」
浴槽に数人と一緒に浸かると、ハロルドは自然と声を出していた。
家族と会えかー。
『両親は、俺を平民に金を渡して無理やり婚姻させて追い出した。
その相手とは、相性が合わない。
義父母は、金を用立てないと機嫌が悪いし。
もうサンダースからは、金は取れないしな』
温かいお湯に入っているのに、体と反対で心は寂しく冷たかった。
「どこから、歯車が狂った。
俺は孤独になってしまった。
はっ、ハハハ…。
うっ、うぅ…」
せめて、お湯の中で良かった。
どんなに泣いていても、周りには気づかないからー。
ハロルドは顔を洗う振りをすると、背後から肩を叩かれてビクッいて顔を向けた。
「よおっ!
君は悪事には、無関係だったんだな。
金だけ出していた腰巾着か」
「貴方は…。たしかー。
マイヤー伯爵令息ですよね?」
「こんな場所で、こんな格好だしな。
そうだよ。
君は、奥様の所に戻るのか?」
ジョージは、彼の妻の浮気現場を見てしまっていた。
義父は、彼と入れ替わりで牢屋に収監されている。
これを考えて、行き場所のないハロルドを保護する為に彼につけていたのだ。
「彼女は、自分の妻だ。
2日後には、強制労働の実刑を受けに行かなければならない。
私たちは、気持ちがつながっていないだろう。
でも、別れをしなくてはいけないんだ」
愛のない婚姻でもそこから愛を育てていくことも出来るだろうが、彼ら夫婦にはその時間は作れない。
数年間は離れて暮らすからだ。
ジョージは妻サラが頭に浮かんで、隣にいる彼とは真逆の立場に複雑になる。
「別れて、彼女を自由にしよう。
俺をキレイさっぱり忘れて、彼女がやり直すことが出来るようにー。
こんな偉そうに言うが、俺もそうしたいからなんだ!」
「よかったら、付き合おう!
君が逃走しないように、見張る者が必要だろう?!」
「……、ありがとう」
一人で行くのが怖かった。
ハロルドはこの己の弱さを受け入れて、ジョージの好意を有り難く思い頷いた。
キレイになった体と清々しくなった魂で、彼は妻になって自分が住んでいた屋敷に戻ってきた。
平民のなかでも成功を納めていたので、貴族に比べたら小さめだが立派な部類だ。
「様子が少しおかしいな。
ここまで、誰一人出会わない」
独り言のように話す彼に、ジョージは黙って横について歩くしかない。
玄関を開けると扉についたベルが、静まりかえっていたエントランスに鳴り響いている。
そこへ、慌ただしく出迎えたのは年配の執事だった。
「ハロルド様!
どちらに行かれていたのですか!?」
雇い主にあたる彼に対しての言い方ではないが、それだけ焦りが見えていた。
「もしや、これではー。
商会で人身売買をしていると言われて、俺もそれで今まで捕まっていたんだ」
彼は詳しいことは言わずに、買いつまんで説明をする。
「そうでしたか。
この屋敷にも、憲兵たちが調べに参りました。
そしてー」
執事が言いかけると、階段上から若い女性の声がする。
「ハロルド様!
どんな顔して帰って来たのよ!
妻を、何週間も独りにして!」
この声がハロルドの妻の声だろうと、ジョージは目線を上に向けた。
「すまなかった!!
予想はできるが、大変だったな。
話し合おう、これからをー」
「はぁ?!
何が話し合おうよ。
貴方がー、貴方が全て悪いのよ!」
隣にいるハロルドに向けられているとは知りながら、まるで自分にも浴びされているように感じた。
ぽっちゃりした容姿が目に飛び込み、あのマティルダの元妹のアリエールと重ねて見る。
そして、ハロルドが好まない訳を何とはなしに理解したのである。
ジョージは、ハロルドが微かに震えているのが五感でわかってしまう。
それほどまでに、離れていても彼女の怒りは伝わる。
第3者の二人は、冷静に間に立つと両者に各自に呼び掛けて介添えをする。
辛い長い話し合いが、これから始まろうとしていた。
すっかり痩せ細った身体に、顔の半分が無精髭に覆われた男。
「ここへ、もう2度と戻ってくるなよ。
そんな乞食以下の格好のままでは、家族にも会えないぜ。
それから必ず、2日後に憲兵に出頭して罪を償うんだぞ!」
彼は、一時保釈という自由を手に入れた。
家族との別れをしてから、強制労働という刑罰を受ける。
手を出せと言うとその手に数枚の金を置くと、公共の風呂屋に行って髭でも剃れと命令する。
「いいのか?」
「貴族だと自慢されて、お前に意地悪して悪かったな。
まだ好きじゃないけど、嫌いではなくなった。
これは、その詫びだ。
やる、受け取れ!」
照れ隠しした顔に、ハロルドは目を細めて礼を言って握り締めて頭を深く下げた。
「情けないな。
以前は、貴族じゃないと人でもない扱いをしていた。
俺は、最低な人間だった」
全てを洗い流して生まれ変わる為に、彼に教えられた風呂屋に行くことにした。
平民の家でバスタブを持たない者が、金を支払って風呂に入る場所。
ハロルドは、初めて会った者たちに肌を見せるのに戸惑う。
何も持たない彼は、新しい下着を自分が隠し持っていた金で買っていた。
彼の気持ちを考えて、有り金の話をしなかったのだ。
『この金は、使わないでお守りとして大事にしよう。
辛いことがあったら、これを見て奮起するんだ!』
一緒に風呂に入った人の真似をして、大浴場のお湯に浸かる前に体を洗う。
藁を丸めたモノで体を洗う。
まるで馬にでもなった気になるが、洗ってみると自分の体か汚れているのが分かる。
桶の水で洗っていると、だんだんと濁って見えるからだ。
丁寧に何度も擦ると、心も体もスッキリしてくる。
「あーあ~!気持ちいいな」
浴槽に数人と一緒に浸かると、ハロルドは自然と声を出していた。
家族と会えかー。
『両親は、俺を平民に金を渡して無理やり婚姻させて追い出した。
その相手とは、相性が合わない。
義父母は、金を用立てないと機嫌が悪いし。
もうサンダースからは、金は取れないしな』
温かいお湯に入っているのに、体と反対で心は寂しく冷たかった。
「どこから、歯車が狂った。
俺は孤独になってしまった。
はっ、ハハハ…。
うっ、うぅ…」
せめて、お湯の中で良かった。
どんなに泣いていても、周りには気づかないからー。
ハロルドは顔を洗う振りをすると、背後から肩を叩かれてビクッいて顔を向けた。
「よおっ!
君は悪事には、無関係だったんだな。
金だけ出していた腰巾着か」
「貴方は…。たしかー。
マイヤー伯爵令息ですよね?」
「こんな場所で、こんな格好だしな。
そうだよ。
君は、奥様の所に戻るのか?」
ジョージは、彼の妻の浮気現場を見てしまっていた。
義父は、彼と入れ替わりで牢屋に収監されている。
これを考えて、行き場所のないハロルドを保護する為に彼につけていたのだ。
「彼女は、自分の妻だ。
2日後には、強制労働の実刑を受けに行かなければならない。
私たちは、気持ちがつながっていないだろう。
でも、別れをしなくてはいけないんだ」
愛のない婚姻でもそこから愛を育てていくことも出来るだろうが、彼ら夫婦にはその時間は作れない。
数年間は離れて暮らすからだ。
ジョージは妻サラが頭に浮かんで、隣にいる彼とは真逆の立場に複雑になる。
「別れて、彼女を自由にしよう。
俺をキレイさっぱり忘れて、彼女がやり直すことが出来るようにー。
こんな偉そうに言うが、俺もそうしたいからなんだ!」
「よかったら、付き合おう!
君が逃走しないように、見張る者が必要だろう?!」
「……、ありがとう」
一人で行くのが怖かった。
ハロルドはこの己の弱さを受け入れて、ジョージの好意を有り難く思い頷いた。
キレイになった体と清々しくなった魂で、彼は妻になって自分が住んでいた屋敷に戻ってきた。
平民のなかでも成功を納めていたので、貴族に比べたら小さめだが立派な部類だ。
「様子が少しおかしいな。
ここまで、誰一人出会わない」
独り言のように話す彼に、ジョージは黙って横について歩くしかない。
玄関を開けると扉についたベルが、静まりかえっていたエントランスに鳴り響いている。
そこへ、慌ただしく出迎えたのは年配の執事だった。
「ハロルド様!
どちらに行かれていたのですか!?」
雇い主にあたる彼に対しての言い方ではないが、それだけ焦りが見えていた。
「もしや、これではー。
商会で人身売買をしていると言われて、俺もそれで今まで捕まっていたんだ」
彼は詳しいことは言わずに、買いつまんで説明をする。
「そうでしたか。
この屋敷にも、憲兵たちが調べに参りました。
そしてー」
執事が言いかけると、階段上から若い女性の声がする。
「ハロルド様!
どんな顔して帰って来たのよ!
妻を、何週間も独りにして!」
この声がハロルドの妻の声だろうと、ジョージは目線を上に向けた。
「すまなかった!!
予想はできるが、大変だったな。
話し合おう、これからをー」
「はぁ?!
何が話し合おうよ。
貴方がー、貴方が全て悪いのよ!」
隣にいるハロルドに向けられているとは知りながら、まるで自分にも浴びされているように感じた。
ぽっちゃりした容姿が目に飛び込み、あのマティルダの元妹のアリエールと重ねて見る。
そして、ハロルドが好まない訳を何とはなしに理解したのである。
ジョージは、ハロルドが微かに震えているのが五感でわかってしまう。
それほどまでに、離れていても彼女の怒りは伝わる。
第3者の二人は、冷静に間に立つと両者に各自に呼び掛けて介添えをする。
辛い長い話し合いが、これから始まろうとしていた。
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