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第8章

5 新しい命

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    今日か明日かとエリザベス王妃のお産が始まるのを、待つ者たちは毎日を緊張感を持って過ごしていた。
王妃の近くに控えて様子を見守る、マティルダ。
その側では、弟のアドニス王太子が彼女と一緒に初産で不安な姉を励まし続けていた。

「アドニス、貴方までココに残ってくれてありがとう。
身内が、側に居てくれて心強いわ。
マティルダ、貴女もよ」

ベッドに横たわる彼女は、誰にでも分かる大きなお腹に手を置いている。

「姉上、お辛くはありませんか?」

「辛くてもいつか、喜びに変わるまでの過程ですもの。
私の可愛い赤ちゃん、早く出て来て頂戴な!」

こんな風にアドニスとマティルダは、数ヶ月を過ごしている。
アドニスやメアリーが、懐妊した姉エリザベスに会いに隣国へ訪れる。
メアリーと同時に最近王太子になったアドニスが、帰国するものだとマティルダはそう思ってた。

「王妃様は、アドニス王太子殿下が側にいるだけで安心しているようです。
肉親は特別なんですね」

「指輪を渡して告白したときに、君はこうなるとは思ってなかったから焦っていたよね」

歓迎の夜会を抜け出して、二人きりになった夜の温室の中での告白。
マティルダの胸には、アドニスが贈った真珠の指輪が首からかけられている。

「まさか、出産後まで滞在するなんて思いませんでした。
アドニス殿下、助かりました」

「うん、君の役に立てて嬉しいよ。
姉上を二人で励まして、よいお子を産んで頂こう!」

彼は姉の子が生まれたら帰国する予定で、その時までに彼女に自分の関係をハッキリするようお願いしている。

『この事に集中する。
二人の間に、共通の出来事があるのは素直に良かった』

そうでなかったら、気恥ずかしく意識してしまう。
二人で中庭を散歩していたら、若い女官がドレスを持ち上げてこちらに急ぎ足で向かってくる。

「あれは、姉上がー」

「アドニス殿下、エリザベス王妃様がお産に入られたんだわ」

間違いないと女官の所へ、急ぎ女の戦場へ二人はいっせいに走り出した。
流石に、男性はお産の場には入室出来ない。

「今頃、おろおろしている義兄を励ましに行く。
マティルダは私に替わって、姉上をよろしく頼んだよ!」

「私が替わってあげたいぐらいですが、アドニス殿下の分まで励まします!」

各々の持ち場の部屋に入ると、マティルダの方は長丁場の初めての出産が既に始まっていた。

  出産用の部屋にはたくさんの人たちや医師たちが、王妃が横たわるベッド近くに詰め寄っていた。
その中で、ひときわ凛とした女性の声が部屋に響き渡る。

「王妃様、まだまだ始まったばかりです。
息を整えて、意識をしっかりお持ち下さいませ!」

女官長が彼女の額から流れ出る汗を拭き、落ち着かせようとお声がけをしていた。

『こ、これが。出産…、なの?
母も出産が原因で亡くなったんだったわ。
マティルダ、いけないわ。
こんな、不吉な考え方をしては…』

この時代ではまだまだ女性が、出産時に亡くなることは珍しくなく普通にある。
王族だろうが平民だろうが、運悪く命を落とす可能性が少なくない。

「エッ、エリザベス王妃様!
頑張って下さいませ!」

「まぁ…、マティルダ?!
一緒に居てくれるの?」

「当たり前ですわ。
私の大切なおば様ですもの。
陛下も父も、それからアドニス王太子殿下もお子がお生まれするのを祈っております!」

笑みを浮かべマティルダに返して頷く、まだこの時は余裕が残されていた。

「まだ、お生まれにならないのですか?」

「王妃様は初産ですし、この痛みがだんだんと感覚が短くなってからが本番なのです」

こんなに痛がってグッタリしているのに、まだ続くなんて大丈夫かしら?!

「子を産むのが、こんなに大変だなんて知らなかった」

祖父母から見せて貰った母セリメーヌの肖像画の顔を、何故かこんな時に思い出した。

『お願いですから、神様!
エリザベス王妃様をー!
これから生まれでるお子さまを、どうかお助けくださいませ!』

胸に押しやったハンカチは、王妃の汗で少しだけ湿っていた。

「王妃様、息をキチンと吸って吐いてください!
息を止めてはいけません!」

お産の専門の医師が、王妃を叱り命令をする。
普段なら不敬に当たるが、こんな状況なら誰が不問に処するだろう。

「エリザベス様!しっかり!
吸って、吐いてー!
吸ってー、吐いてー!!」

手を繋ぎながらマティルダは、彼女と一緒に呼吸をし始める。
痛みの感覚が短くなっていくと、マティルダの握る手に王妃の短くされた爪が食い込む。
痛みがあるはずだが、王妃に目が離せずにその感覚は全くしない。

「頭が見えてきたわ!  
王妃様、踏ん張ってください!」

「踏ん張る?どうすれば?」

医師の言葉にどんな意味があるのか、マティルダが代わりに尋ねる。

「吸ってー、吐いてー!
うーーん!!
って、こんな感じでしてください!」

「エリザベス王妃様!
私とご一緒にいきますよ!
吸ってー、吐いて~!
うーんん~!」

女官長も、マティルダを見ていて釣られて一緒にしてしまう。

「あー、出てきます!
もう一度!踏ん張ってーー」

「「「うーーん!!!」」」

「おん、おんーぎゃぁ~」

赤ちゃんの泣き声と、男の子ですと性別を告げられる。

「王妃様、エリザベス王妃様!お聞きになりましたか!?」

「王妃様、王子さまです!
お世継ぎが誕生しました!
おめでとうございます!」

マティルダと女官長は喜びの声に、疲労から目が虚ろであるが笑みを浮かべている。

「子供は…、私のー。
生きて……、いる。
泣き声がー、する。
あ、神様…。ありがとう」

これだけ話すと、笑みを浮かべて意識を失って寝てしまった。

「ゆっくりと、休ませてあげましょう。
処理をしますので、マティルダ様もお休み下さい」

「えぇ、陛下や皆様にはお伝えしなくてはー」

「もう、連絡は行ってます」

女官長も、キチンとしている髪型が乱れていた。
元気な赤子の泣き声が部屋に響いて、マティルダは思わず嬉し涙を瞳から流れした。

『私も、私も子供が欲しくなったわ。
生命の誕生を目にし神聖な気持ちがして、心から感動したのは初めてだった』

部屋から出ると、彼はマティルダが目に映らないのか。
押し退けるように、夫の王が中へ消えていく。

時折、背後の部屋から元気に泣いている赤ちゃんの声がする。
その前には瞳を輝かして彼女を見つめる、彼が笑顔で出迎えて立っていた。

「アドニス殿下、私は感動しました。
いつか、愛する人の子供が産みたい!」

豆鉄砲を食らったような彼が、見る見るうちに真っ赤になってしまっていた。
人は興奮すると、突拍子ない言葉を平気で言ってしまうものらしい。
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