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第8章

4 月夜の真珠

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  騒がしい人々の笑いの中で、誰も聞いてない柱時計の音。
微かに遠くから聞こえる、教会の町全体に時を知らせる鐘の音。
鳴り終えると同時に、アドニスが近寄ると片ひざを折ってマティルダに手を差しのべた。

「4年振りの再会、心より嬉しく思う。
マティルダ公女殿下。
この私と踊ってくれますか?」

予想はしていたが、胸がドキドキして受けないと恥をかくアドニスに気を使う。

「アドニス王太子殿下。
ご無沙汰しておりました。
私でよければ喜んで、ダンスをお受け致します」

手を取ってから彼が立ち上がると、昔の彼と私の立場はあっさりと逆転していた。

以前は、彼が見上げていた。
逆に今では、私が顔を挙げてこうして見上げている。
背だけでなく全てが大きくなって、私の手をすっぽり包み込む。
優しく握られた感触を感じて、顔だけでなく体も全体が熱くなってくる。

「会いたかったマティルダ。
手紙で近況はわかるが、こうして目の前にいるには敵わない」

成人してから、彼はあの決定を覆したくならなかったのか。
なるまでは手にするまで突っ走るが、叶ってから揺らがないでいられたの?

「とうとう、王太子殿下になられましたね。
運命を決めたあの日から…。
いままで、1度も後悔はしてませんか?」

喋っていても踊れるまでに上達した二人は、ダンスフロアーの中で注目を一点に集めていた。

「神のお告げには、誰も逆らえないよ。
君は私の運命を変えて、ずっと責任を感じていたのかい?」

「そりゃあ、少しはありました。
王太子を目指して頑張っているのは、ココにいても耳にしておりましたわ」

「これは私が選んだ道なんだ。でも、将来はー」

言いかけて彼は躍りが終わる間際に、二人きりになれる場所はないかと耳元で囁いた。

「あっ、アドニス王太子!
 く、くすぐったいですわ!」

 耳に息がかかり変な声が出そうになると、手を振りほどき躍りながら左耳を触る。

「人の目がある。
君と二人きりで、ゆっくりと話しにくいのだ。
いい場所はどこかないか?」

ステップを踏みながら外の窓に近づくと、曲が終わりそうになる間際に会場を抜け出した。

    夜会の会場になっている広間から出て、そんなに離れてない所にひっそりと佇む温室。

「鍵がかかっている。
マティルダ、入れないようだ」

ガチャガチャとドアノブを回すと、下の鍵穴が月の光でかろうじて見える。

「温室の鍵は持ってますわ。
ココには果物が植えてあって、王妃様にお出しするために特別に私も渡されているのです」

「じゃあ、行こうか。
マティルダ、さぁ手をどうぞ!」

月明かりしかなく、危なっかしい彼女の手を取り歩きだした。

「クスッ、何処に温室があるか知っているの?」

「あぁ、そうだったね。
どっちの方にあるんだ?」

「右の道をそのまま歩いて行けば、やがて見えてくるわ」

見かけが変わりすぎた彼にどうしていいのかと思ったマティルダは、少しだけ抜けているこういうところでホッとしていた。
温室の前に到着すると彼女は、首からかけてたネックレスの先の鍵をアドニスに見せびらかすと鍵穴に差し込もうとする。

「ガッ、ガッン!ガチャ…」

夜目がなれない薄暗いせいで、鍵穴になかなか入らない。

「ハァ~、何とか開いたわ」

「苦労したが入るそうだ。
足元に気をつけて歩こう。
マティルダはおっちょこちょいだからな」

「まぁ、久々に会った人に失礼ですわ。
私だから笑って済ませますが、他の方にはお気をつけて下さい」

会話を重ねていくうちに、あの頃に戻ってゆく。

「マティルダは、婚約者や好きな人はいるのか!?」

突然アドニスから質問されて驚くが、でもどこかで聞かれるのではないかと期待もしていた。

「お相手はいません。
そういうのに憧れないって、言ったら嘘になります。
身分のせいで色眼鏡で見られて、男性に対して壁が出来てしまったの」

先ほど、男性たちがダンスに誘われた事を思い浮かべる。

「私の気持ちは知っているよね。
国に戻るときに、君を婚約者として連れ帰りたい」

「あ、アドニス王太子!」

顔がだんだんと近づいてきて彼女は、焦って後ろに一歩足を引くとズルッと滑る。

「危ない!」と、声を出しながら腰に手を回して転ぶのを回避した。
自分の腰に大きな手の感触で、彼が少年から青年になってしまったと理解する。

マティルダは混乱していた。
天使のように愛らしい者が凛々しい王子様に変身しているのだから。

「助かりました。
お気持ちはわかってますが、どうすればよいか。
貴方は好きですけど……。
なんて言うか、その~。
男性としてより弟の様な気持ちが勝ってしまうのです」

わかっていた、答えだった。
彼は彼女の心情が、自分の心が苦しく痛いくらいに。

「本音を言ったら、私も君と同じ感じだと思う。 
でも、一緒に隣にいて欲しいのは。
マティルダしか、やっぱり思い浮かばないんだ」

彼はそう告白すると、胸の中を探る仕草をして小さな箱らしき物を出してきた。

「暗くてよく見えないと思うが、凝れば私が取ってきた宝石なんだ。
父上たちは王家保有の物で良いものを渡せと言ってきた」

箱を開けると指らしき物で、真ん中に丸い玉がついていた。

「真珠ですか?」

「長期休暇の合間に、何度か海に行ったんだ。
自分の力で、君に与えたかった。
取った中では、1番大きくて形が良いものだよ」

「宝石言葉は、健康・長寿・純粋・富。
母貝で異物から身を守り、内側で宝石を成すことから安産祈願のお守りになってます。」

「そういう意味があるんだ。
知らなかったけど、私たちにピッタリだね」

さらっと言われた言葉に、マティルダは真っ赤になって月の光が指す鈍く輝く真珠を見ていた。
そして、彼の気持ちが嬉しかったのである。

『これを受け取ると、私は。
将来は王太子妃に、そして行く行くは王妃に…』

受けとるのが恐ろしくなり躊躇うマティルダの態度に、アドニスは息をつき目を閉じた。
沈黙は続き息苦しいが、温室の花の香りが安らぎを与え続けてる。

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