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第8章

1 公女マティルダ

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   甘酸っぱくしたレモネードを彼女自ら作り、王妃様にお届けに行くのは義姪ぎていである。
演技して弱り顔の女官たちは、毎度決まり文句の様にマティルダに対してお小言を言う。

「マティルダ公女様。
それらは、私たちの仕事でございます。
御自らされては、仕える者たちが困ってしまいますわ」

眉を下げて申し訳なさそうに伝えるのは、女官の筆頭の女官長である。

「疑っているわけではないですが…。
コロコロ人が変わるよりも、私一人で面倒を見たら分かりやすいですわ」

危機管理を考えていたのだ。
隣国から嫁いだ王妃のせいか、まだよく思わない貴族たちがいる。
彼女は王族で義理とはいえ姪、同じ国で育ち過ごされたお方。

「私の立場上、口を大にして言えません。
ですが、お気持ちは賛同致します」

「女官長が味方になってくれて助かるわ。
王妃様は、初産で敏感になっております。
いまはまだ、悪阻つわりが辛そう。
見ているだけでお気の毒で、コチラまで一緒に吐きそうになるわ」

そんな砕けた話を女官たちにするが、突然現れたブライオン王弟殿下の娘を最初は怪しんでいた。
考えすぎと分かるには、そんなに時間がかからない。
王妃が身籠った発表後に、まもなくブライオンは王族から臣下へ下りたいと希望をだした。
この申し出により、国王との結びつきを益々強くさせていった。

これにより、マティルダは公爵令嬢になったのだ。


「マティルダ公女様。
皆で気配りして、辛い時期を乗り切りましょう。
もう少し時がちますと、王妃様の気分が和らぎます」

吐き気と食欲不振を乗り越えて安定期に入った頃合いで、祖国の弟妹二人が姉を祝いに来ると知らせを受けた。

「姉君に会いたいのは本心だろうが、お前にも会いたいのが本音だ。
アドニス殿下から求婚されたら、一緒に行ってしまうかい?」

あれから父娘としての絆を深めてきた二人は、今では冗談も普通に言えるようになっている。

「どうでございましょう!?
違うかもしれません。
もし、そうであっても……」

「そうであったら?!」

「父上は意地悪ですわ!
エリザベス王妃様が無事に出産するまでは、この国をいるつもりでございます」

彼が私に許婚するかは、実際にされてみなければ分からない。
その答えもだ。

「彼と婚約したら、王太子妃で未来の王妃になる。
マティルダなら誰も文句もつけようもない、立派な王妃となろう」

20歳になった彼女には婚姻話もちらほらあったが、王に子が出来なければ女王になるマティルダ。
伴侶はんりょうはそれなりの人物を選定せんていしなければならず、なかなか良い男性は現れない。

「アドニス王太子が相手なら、私も安心して娘を任せられるな。
我が国までよい評判は耳届いておるぞ。
マティルダが幼い頃から、厳しく仕込んだだけはある」

「仕込んだって!
変な言い方をしないで下さい」

顔が急に熱くなってしまい、湯気が出るくらいに真っ赤になった。

『父上は、私をどう思っているのかしら?
私からでなく、彼から好きって言ってきてるのよ。
これって自惚れているって、他人から思われちゃうのかなぁ?』

考えていたら顔から首まで赤くなる娘を、面白そうに見ていた父はちょっと寂しい表情をした。

『身内ができたと喜んでいたら、今度は嫁を出すのか。
4年間の年月が、こんなに短いとは思わんかった』

ブライオンは、愛しい娘に優しい眼差しを送り続けていた。

    
 目立たない様に祝って、さくって彼女に告白をしたかった。
不満を顔に出さないと心に決めて接していたが、所々の会話でそれが出てしまう。

「王太子殿下、お顔がけわしく見えますよ。
笑顔を忘れないで下さい!」

これを言えるのは、メアリー王女か婚約者アンゲロス公爵令息ロバート。

「あっ、すまない!
って、何で私が謝るのだ。
本当はこんな環境で行くなんて……。
はぁ~、何でだ?!」

アドニス王太子殿下のため息で笑いが馬車の中で広がっていた。
長く離れていた二人が、時を越えて再会する。

『どんな風に変わっているのか。
文だけでは分からない。
私に会って、ガッカリされたらどうしようか』

子供の頃から根本的に変化なし、彼女に対しては自信ない男である。
揺られながら練習したプロポーズを、頭の中で疑似練習をひたすらしてする。
メアリーたちは彼はふて腐れたのだと思い、皆で無視して姉とマティルダの話ばかりをするのだった。











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