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第6章

17 父の顔

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  隣国から旅立って1週間でアンゲロス公爵は、マティルダの父親かもしれないブライオン王弟殿下に謁見えっけんかなった。
その男は、王の弟という高い身分。
侯爵サラと伯爵の次男坊の恋と同じように国と世代を越えて、身分差で結ばれなかった恋人たち。

今回の面会は、友人の力添えがなければ無理だっただろう。
アンゲロスは頭を下げて、大理石の床を見詰めて思っていた。

「アンゲロス公爵、面を挙げてくれ!
よく我が国を訪れてくれた。
手紙を読み、若き頃の日々を思い出していたよ」

「ブライオン王弟殿下のご尊顔そんがん拝謁はいえつし、心より光栄でございます」

他国の者で臣下ではないが、最上の礼にて彼は権威を示した。

「側にいる者は全てこの場から離れるように、公爵が一緒なのだから安心してよい」

王にここまで言われては、いなとは誰ひとり進言できない。

     部屋に3人だけになると、ブライオン王弟殿下は人が去ると、一人の普通の男性になっているようにアンゲロスには思えた。
悲しげな表情に、王弟としての仮面が外れたのを感じた。

「王弟殿下、こちらの指輪に見覚えがございますか!?」

うやうやしく指輪を箱のふたを開けて、ブライオン殿下の目に入るように差し出す。

「これは…、懐かしい。
私が愛の証しに、セリメーヌに贈った指輪だ」

指輪を手にすると、その輝きに彼は目を細めた。


「セリメーヌの娘の事が手紙に書かれていた。
その娘の年齢からすると、私の娘かもしれない。
あの頃は戦争が始まり、戦場へ行くかもしれない不安な時期であった」

ブライオン殿下は昔の記憶を引っ張り出して、ところどころ考えながらの所為しょいで話が途切とぎれる。

「そんな簡単に判断してもよいのですか?
サンダース伯爵の可能性もございます」

「左様でございます。
サンダース伯爵に嫁いだ時にすでに身籠みごもっていたと、伯爵自身本人は明言してました。
ですが、嘘をついているかもしれません」

臣下でもある公爵だけでなく、アンゲロス公爵までも慎重にすべきと忠告をする。
ブライオン王弟殿下は、このアンゲロス公爵の発言を感心してうなづくのである。

「恥ずかしながら、若さゆえに歯止めが効かなくてな。
彼女は貴族の娘で、嫁ぐには男女関係はしてはならない。
私は罪を犯してしまった」

男として、責任をとらなくてはならないとは思う。
しかし、相手は現在は一国の王弟である。

「もし、ブライオン王弟殿下がとセリメーヌ様の娘であるなら…。
マティルダ・サンダース伯爵令嬢に、1度お会いになり確かめたらどうですか!?」

「会わせてくれるのか?
セリメーヌの娘にー」

先程から表情がコロコロ変わるのは、彼が動揺しているからだ。

「アンゲロス公爵に甘えて、そのご令嬢を連れてきて頂きましょう」

「すまないが、その娘に会ってみたい。
セリメーヌと私の間の子かどうかは、一目見れば分かると自信がある」

ブライオン王弟殿下とマティルダの面会が決まり、日程を決める事をする。

「マティルダ嬢は、今は王家の避暑地におります。
学園も始まりますので、休暇中でまかなうにはギリギリでございます」

「彼女に迷惑をかけたくないが、もし可能なら会いたい。
例え余の子でなくても、セリメーヌの娘に会って話したいのだ」

アンゲロスはけをして、公爵の屋敷から王城に出向く前に手紙と使者を避暑地へ向かわせていた。
息子のロバートと同じで、なかなかの曲者くせもののようだ。

挨拶だけの謁見では、隣国の公爵でもそんなに長く時間は取れない。
用件を終えるとアンゲロスは友人を伴い、王宮の庭を散策しながら馬車が待つ場所へ。
途中で聞き覚えのある声がし、女性たちの笑い声がする。

「あのお声は、確か……」

「……、貴国から嫁がれた王妃様のお声でいらっしゃいます」

「やはり、そうであるか」

アンゲロスは、公爵に短く返事する。
嫁がれて三年になるが、元第一王女にはまだ子がいない。
マティルダの存在が、隣国にとって重大な問題となる。

それを考えてアンゲロスは顔を挙げると、夏から秋へと季節の変わる間際まぎわの空模様を感じていた。



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