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第5章

6 気苦労な執事長

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   サンダース伯爵夫人は刺繍ししゅうをしていたが、出来映できばえはイマイチだった。
元は平民でサンダース伯爵領地に住む知り合いを頼って、十代に移り住んでいた。
そんな中で、今の夫であるサンダース伯爵と運命的に出会ったのだ。

「これだけ練習しているのに、あまり上手くならないわ。
生まれながらの貴族の人たちとは、何かが違うのかしら?!」

集中していたせいか、メイドがノックをしても気づかない夫人にしびれを切らす。

「奥様、奥様!」

「あらっ貴女、いつの間に。
全然、気がつかなかったわ」

「勝手にお部屋に入りまして、申し訳ございません。
お声をおかけしましたがー」

紅茶の香りが部屋に漂って、お茶請けのクッキーやケーキも用意されている。

「気にしないで、いいのよ。
私が気付かなかったから。
それより、アリエールが早く戻って来ないかしら?」

機嫌きげん良さそうな女主人に、何気なにげなく話題を振ってみた。

「奥様、そういえばー。
今日、旦那様にお客様がお見栄みえになられてました」

「そうなの、めずらしいわ。
人付き合いしてないあの人に、お客様がいらっしゃるなんてね」

お茶の香りをいでから、コクりと飲み込んで味わいを楽しむ。

「ですが、奥様…。
そのお客様は、どうやら騎士か憲兵けんぺいの様な姿でお二人だったそうです」

「騎士か憲兵?
そんな人たちが、どうしてココヘ来たの。
まさか、アリエールに関係あるのかしら!?」

アリエール様に関係あるようだと、お茶を用意していたメイドが小耳にはさんで夫人に話す。

『これ以上は話さない方がいい。
お茶の準備もしたし、もう用はないわ。
奥様の機嫌が悪くなりそう』   

「どうでしょうか?
私には、その分かりません。
それでは、奥様。
私は、これにて失礼致します」

すっとぼけて、メイドはそそくさと彼女の前から消えようとしていた。

「えぇ、有り難う」

どこか気になる彼女は、夫にそのお客様たちの要件を聞いてみようと思った。

     
    明日、彼らと一緒にアリエールのいる場所へ行くことに決めた。
急ぎ娘のもとへ向かいたいが、当主の自分が領地から離れるのだ。
妻にも、娘の話をしなくてはならない。

『アリエールの話をした方がいいか、黙った方がいいか。
話したら一緒に行きたいとついて来られたりしたら、厄介事やっかいごとが起きても困るからな』

「旦那様、何日位になる予定でしょうか」 

執事長は職業がら、当主の日程をねてみる。

「そんなのは、分かるはずないだろう!
いや、怒鳴ってまんな。
まったく、分からないんだ」

思った通りに八つ当たりされたのを、彼は前から予想していたのか無表情をつらぬいていた。

「旦那様、明日ご出発ですね。
お客様を食事にお誘いしなくても、宜しいんですか?!」

淡々たんたんに質問をして、職務に忠実な態度をする。

「アチラから見事に断られた。
勿論もちろん、泊まるのもだ。
徹底てっていしていて、つい笑ってしまったよ」

「……、左様でございますか。
では、料理長にそう指示致しましょう」

深く頭を下げる彼の胸の内は、この屋敷の住人のゆがみとやみを感じている。
顔をゆっくり上げて見るのは、眉間みけんに深いシワを作っている顔だった。

『サンダース伯爵が戻って来たら、この屋敷は大嵐に合うかもしれない。
旅立つ旦那様には、せいぜい美味しい食事を取っていただきたい』

すれ違う掃除をしているメイドたちは、自分にお辞儀をするのを笑んで会釈えしゃくで返す。
心優しき彼は、料理長に会いに調理場に向かい階段を降りていく。











    
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