【完結】すべては、この夏の暑さのせいよ! だから、なにも覚えておりませんの

愚者 (フール)

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第4章

16 近況と現実と

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    学園の夏休暇に娘たちが帰省するはずが、長女マティルダが王家にわれて休暇中はつかえる。

「旦那様、マティルダは別にいいとして。
アリエールが…。
あの子が、まだ戻って来ないのは気掛かりですわ」

妻の伯爵夫人は、夫に詰め寄るように話してくる。

「ハロルド君と一緒に居るんだ。
私たちの土産でも買っていて、帰省が遅れているんだよ。
もうじき、ひょっこりと帰ってくるさ」

「……、そうですよね。
私ったら、何をムキになっているのかしら」

話している両者もイヤな胸騒ぎがして、娘アリエールの無事に帰ってくるのを祈っていた。

こんな話をしてから2日後に、マティルダの婚約者ハロルドの実家から知らせをもらった。
男爵からの手紙を読み終わると、サンダース伯爵は妻に知らせる為に部屋に訪れる。

「ハロルド君の実家から、今しがた知らせが届いたよ。
どうやら帰る途中で山火事があって、橋が燃えてしまったそうだ」

ノックして妻が部屋でお茶を飲んでいる姿を見て、入りながら愛娘アリエールの近況きんきょうを知らせる。

「手紙が、それは安心しましたわ。
でも、橋が渡れないなら帰って来れないじゃないですか」

カップを静かに置くと、ベルでメイドを呼ぶ。

「それで違う道で向かっていると、ハロルドの手紙に書いてある」

「違う道?
その道って山道ですよね。
不安になりますわ。
アリエールは大丈夫かしら?」

ベルで呼ばれたメイドが、部屋に入ってくるとお茶を頼む。

「貴方、座ってお茶を飲みながら詳しくお聞かせ下さいな」

「そうしようかな。
私もそれが気になるのだ。
曲がりくねる坂を上り、また下りも難所なんしょ多くがある」

サンダース夫人は、王都に1度も行ったことがない。
話している道を通った事がないので、どれくらいか想像すら出来ない。
 
「事故…。貴方、事故なんて起きませんわよね」

「ああ、頼んだ馭者ぎょしゃは慣れている者だからな。
必ずや無事に戻ってくる!」

サンダース伯爵は馭者の腕を信じて、妻に笑って安心させる様に言った。

「ホホホ、アリエール早く戻って来て欲しいですわ。
あの子と、こうしてお茶をしたいです」

「私では満足出来ないのだな。
私の奥様は、つれない方だ」

「まるで子供みたいに、そんなにふくれないでくれまし。
ほらっ、お茶が参りましたわ」

メイドは素早く、伯爵に茶をれて前に置く。
そして、二人だけのお茶会が始まった。

   その愛娘アリエールは、愛した男性を足蹴あしげりをしている。
崖から落ちかかる馬車の中で、必死にドレスにしがみつく男。

「アリエールー!!助けろ!
早く俺をー、引きげろ!!」

ギシギシと音を立てるのを耳にして二人はパニックを起こす。

「離してちょうだい! 
ハロルド、お願い!
私では、貴方を助けられないのよ!!」

離さない彼の手に、彼女の美しく整えられた爪を立てる。
彼の手には血が出ているが、痛さにえても握っていた。

「痛い!お願いだから、少しだけ引き揚げてくれよ。
大丈夫だから、後は自力で何とかするからさ!
なっ、アリエール!」

マティルダの正夢は不完全だった。
マイヤー伯爵令息が向かっていたせいか、未来が変わっていたからだ。

馭者の大声が聞こえるが、二人はおのおの必死で内容が分からない。
複数の馬の鳴き声、複数の人の声。

「あ、アリエール!
誰か、誰かが来たんだ。
早く引き揚げてくれ!
助けを呼ぶんだ!
早くしろー!!」

アリエールは、命令されるのが嫌いだった。
他人もそうだろうが、彼女は今まで好き勝手に生きて過ごしていた。
イヤな事があれば、姉マティルダに当たり散らして何もしない。

その姉は、今はー。
この場所に今は居ない。
助けてくれる両親が、居ない。

「あーーっ、もう離してよー!
アンタが落ちれば、私は助かるの!
落ちてよ、掴まないでー!!」

「やめろー!!アリエール!
た、すけてー…………」

そのやり取りを、助けに向かっていた2人の男が見聞きしていた。
開いていた扉に手をやり中を覗くと、暴れて乱れきった姿。
2人が言い争う声と最後の懇願の声が耳につく。

そして、あり得ない光景がー。



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