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第4章

1 早朝の中庭で

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   夕食を食べずに寝たのに、お腹が空かない。
何よりもグッスリと寝たつもりなのに、疲れが全然とれてない。

「……、夢も見なかった。
アリエールとハロルドは無事だといいんだけど、もう気になってモヤモヤするわ」

窓を開けると山からの冷たい風が吹いて、思わず体がブルッと震える。
朝日が現れる前、空には星がボーッと輝き月も見えている。

『今日も天気が良さそう。
雨が降らなくて困るって、王妃様が仰っていたけど。
夏休暇に入ってから、1度も降ってない。
そろそろ、田畑はマズイのではないかしら?』

彼女はアリエールとハロルドも心配だけど、空をみて雨の方も気がかりになってきた。
何もしないと考えすぎて、体を動かす為に着替えることにした。
数少ないりょうから持って来て貰ったドレスに着替え、髪をとかして後ろに三つ編みを一本に結ぶ。

『朝の散歩にでも行こうかなぁ?
お庭に出て、朝露あさつゆで輝いて花が開くところを見るのもいい。
心が落ち着き、少しでも気持ちを明るくしたいわ』

マティルダは中庭に出て、夏のバラを見て散歩をする。
カサッと足音がすると、身近で男の子の声で挨拶をされた。

「マティルダ、おはよう!
具合は良くなった?大丈夫?」

いつから彼は居たのだろうか、気がつかなかった。
振り向くと彼はまゆがハの字になっていて、それを見て自然と自分が笑みを浮かべていたと思う。

「アドニス王子、おはようございます。
昨日は疲れて早く寝ましたら、ほらこの通り元気になりました」

「そうか、良かった。
メアリーもずっと心配していたよ。
マティルダの顔を見たら、喜んで踊り出すかもね!」

無理にしても夕食を頂ければ良かった。
マティルダは、話を聞き後悔していた。

「御心配をおかけしました。
ですが、お着替えをお一人でされたのですか?」

「うん、そうだ!
引きこもりしていたから、人が来ない時もあるから自分で出来るようになった。
マティルダは薔薇の花が好きか?」

「そうなんですか。
引きこもりも、ダメな事ばかりではないのですね。
はい、薔薇は好きです。
この庭に咲く薔薇は、とても美しいですね。
特に夏バラは、色鮮やかで大きいですから華やかさがあります」

アドニスは折り畳みナイフで、赤い薔薇を一本切り落とす。
器用に薔薇のトゲをナイフの背で弾き飛ばしてから、マティルダに差し出してくれた。

「これを…。私に下さるのですか?」

「当たり前だ!
この中庭には、私とマティルダしかいないだろう!?」

頬を赤くして照れている。
可愛いって言ったら、今度はふて腐れてしまいそう。
まだ少年の彼は背が低くて、男性とは感じられない。

「こうして花を男の方から頂くのは、初めてで嬉しいですわ」

「初めてではないだろう。
婚約者がいると聞いた。
その人から、一度ぐらいは贈られたはずだ」

怒って質問を投げかけら
れて、我慢できずに吹き出し笑ってしまった。

「プーックク、アーハハㇵ!
彼は妹にしか、花を贈りませんでしたわ。
私は、それを隣で見てるだけ…。
アリエールは困り顔してから、それは嬉しそうにして私を見るのです」

「その婚約者は酷い男だ!
婚約者はマティルダだ。
兄上とは違って、婚約者候補でもないのに。
正式な誓いを立てたんだろう?」

「家同士で決めた事で、彼は妹が良かったんです。
私は女性の中では、背が高くて可愛らしく見えませんから…」

「そうかなぁ?
すらりとして素敵に見えるよ。
マティルダの横に並ぶなら、背を高くしないとね」

見上げるキレイな顔を見て私は、ちょっぴりドキッとした気分になる。

「アドニス殿下は、これからが成長期です。
期待してお待ちしてますわ。
それにはもう、引き籠もりなんてしないで下さいね。
フフフ…」

「馬鹿な事をしたと後悔してるよ。
これからずっと、こうして言われ続けてしまうだろう」

彼は澄んだ青い瞳で見上げて言うと、いつの間にか明るくなっている。
アドニスは生まれてはじめて家族以外に花を贈った人物に視線をやり、早朝の明るくなった空とただ笑う彼女を同時に見つめていた。





    
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