【完結】すべては、この夏の暑さのせいよ! だから、なにも覚えておりませんの

愚者 (フール)

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第3章

18 真夏の白昼夢

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   年老いた馬にむちを叩く度に馭者ぎょしゃの顔には、苦悩くのうに満ちた感情が見えていた。

「ごめん、許してくれよ!
貴族様には逆らえないんだ!
もうちょっとしたら、王様がお決めになられたお触れがある。
それまで頑張ってくれ、すまない!」

馭者ぎょしゃむちで叩く度に自分が打たれている気分になり、長年の相棒の愛馬に謝り続けていた。

「アリエール、この先は上り坂で曲がり角が多くなる。
危険な道で、サンダース伯爵からは通るなと頼まれている」

「ハロルド、道なんて何処を通ってもそんな変わらないわ!
この道が1番近道なんですって。
今すぐに屋敷に帰りたい!
お母様にお会いしたいのよ!」

「どうかしたのか、アリエール?
なにをー、そんなにイラついてんだ。
お前…、感じ悪いぜ。
なんかあったら、みんなお前のせいだからな」

ハロルドは話し終えると、また反対方向の窓の外に向く。

『なんでなのよ?
どうして、ハロルドとここまで気まずい関係になってしまったの!?』

「みんな、お姉さまのせいだ。あの時、あんな話をしてー。
何もなかった、今頃はー」

下を向いてブツブツ文句を独り言を言い、この場に居ない姉に恨み言をー。
そうよ、何もなく。
3人で馬車に乗っていたら前に座るお姉さまに、2人で仲良くして見せ付けるのよ!

『あ~、そうだったらー。
どんなに愉快ゆかいだったのに!
きっと歯ぎしりして、私をにらみつける』

姉マティルダの悔しいそうな歪んだ顔を想像しては、嬉しげに微笑むアリエールの白昼夢はくちゅうむが覚めた。

   馬車が突然停まると、馭者が扉を軽くノックする。
機転を利かせてアリエールでなく、ハロルドの方へ馭者は問い掛けをした。

「すみません、国王様の命で昼寝時間になります。
馬も疲れてますので、この場で休ませてくだせい」
 
「最近出来たあれか……、それでは仕方しかたないな」

「へぇ~、ちょうど休めそうな大木たいぼくあります。
あの木の下なら、風も吹いて涼しいでしょう!」

男性たちの話を耳にして、アリエールは我慢できなくなる。

「休憩なんて許しません!
到着するのが遅くなる。
去年まではそんなの無かったわよ!」

「当たり前だ、今年からの王命なんだから。
そむくわけには如何いかんだろう」

馬車の中では、男女が互いに折れない様子で終わりそうにない。
馭者は時間がかかると考え、馬に用意してあった水を飲ませる。
ゴクゴク飲み続けている馬体を、撫でて無理させたのを後悔してきた。

『やはり、あのご令嬢に断ろう!
相棒の馬が居なくなったら、俺の仕事がなくなるんだ。
金なんか、いつでもかせげるんだからな』

「お話にならないわ!
ハロルド、貴方の家は男爵ですわよね!
私は伯爵、私に従いなさい!」

激怒して馬車から降りると、目を吊り上げて馭者と水を飲む馬を見て怒鳴り付けた。

「私の許可なしに、馬に水を与えるなんて!
貴方、何してるのよ!
早く!馬車を出しなさい!」

「ですが、お嬢様。
王命ですから、見つかりでもしたら罰されてしまいます」

へこへこして頭を下げて、納得してくれないかと我慢して説得を試みる。

「こんな山の中で誰が見張るって、あははは……。
笑わせないで、つべこべ言わないで走らせなさいよ」

「余分のお金は要りません。
だから、お願いです。
馬を休ませて下さい。
これから上り坂ですし、昼食の時間になります」

アリエールはおうぎで手を叩き、イライラを落ち着かせようとしている。

「昼食は、馬車の中でも食べられるでしょう!
それにこうして話している時間が、充分じゅうぶんにもう休憩になっているわ。
さあ、準備しなさい!」

男性も諦め顔で馭者に軽く頭を下げて、女性に俺と話をつけると言っている。

「アリエール、彼とちょっと話がある。
先に馬車に乗って、食事でもしてろよ。
なぁ、終わったら戻るからさ」

まだ全然言い足りないそうで、馭者に不満げな表情を見せて馬車に戻っていく。
その後ろ姿を確認してから、ハロルドは馭者に謝ってきた。

「悪いな!彼女はイヤな事があって、ずっとあんな調子なんだ。
俺もアンタの言うのは正しいと思う」

「それなら、ご令嬢にそう話してくれませんか?
実は俺は、この仕事は受けたくなかったんですよ」

この場で降ろされては、コチラが困ってしまう。
とても歩いて帰れる距離ではないし、次の町までは歩いたら夜中になる。
アリエールをココに置いて、自分だけならでだ。

立場が入れ替わってしまう。

「そんな事を言わんでくれ、これはび料だ。
早く町に着いたら、これでうまい物でも食ってくれよ」

手首をつかみ、開いてしまったてのひらに金を無理矢理に押し込む。
しまったと思って顔を見ると、若い男性は歯を見せて笑いかけている。

掴んでしまった金を、彼は強く握り手には嫌な汗をかく。
そしてそれは、一生後悔する境目さかいめの瞬間だった。
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