上 下
107 / 124
第5章  永遠の愛をあなたに

第12話 ご招待は特別席

しおりを挟む
 彼女の最後の舞台は、ザィールの国中で評判を呼んでいた。
好評で引き続き延長してはと、劇団ではマノン様の退団の引きめ話もでていた。
しかし、一度決めたからと彼女は首を縦に振ることはなかった。

「なんだか緊張してますわ。
私、観劇をするのは今日が初めてです。
ザィールに訪れてから、初めての経験をたくさんさせて頂いております」

馬車に乗りカルロスにはしゃいで話す彼女は、いつもより美しく見惚みほれて話を聞いていた。
彼に鼻の下が伸びていると、馭者ぎょしゃをしているタイラーに馬車に乗る前に茶化ちゃかされる。

「ベアトリスが先に観たそうだが、素晴らしかったと泣きらした顔で話していたっけ。
今日は、ハンカチを何枚持ってきてる?!」

冗談も普通に言える関係になっていた二人は、だんだんと他人から見てもカップルの感じが出てきている。

「おたわむれをと言いたいのですが、見てください。
5枚も持ってきました。
ドロシーさんの分もですよ」

「アーハハ、そんなことを言って全部グレースが使う羽目はめになるのではないのか。
もし、私が必要になったら宜しく頼む」

あー、胸がドキドキするわ。
着飾って素敵な殿方との観劇。
でも、二人きりじゃなくて良かった。
そんなにれてないから、ドロシーさんが居てくれて心強い。

   馬車は、仮面かめんやかたの近くの道に着いた。
タイラーは、ドロシーに馬車で迎えに行くと伝えていたからだ。

「ドロシーさん、素敵なドレスです。
魔女の服ではなくて、綺麗な紺のドレスですね。
髪もちゃんとってあって、口紅やお化粧までー!
私、なんか感動してます」

「会うなり、失礼な馬鹿な話をするんだい。 
私だってドレス位はあるさ!
売るぐらい持ってるじゃないか!」

確かにと男性陣は、仮面の館の中を思い出していた。

「カルロス様、いいんですかい。
グレースは時たま、あんなアホになる娘ですよ」

ザィールの父は、心配になり婚約者になる若者へ声をかけていた。

「それがまた可愛いのです。
頭は賢いが、抜けているのがまた良い。
今日は綺麗で、他の男に見せるのが嫌でたまらない!」

「そうですか……、言った俺が馬鹿でした。
さぁ、皆は馬車に乗ってくれ!」

3人に指示すると、馭者席に向かう。
 タイラーは、よくもあんなに惚気のろけられると自分が何故か恥ずかしくなっていた。

 劇場前は、着飾った客たちが大勢いてごった返している。
グレースたちは、少しだけ離れた場所から徒歩とほで行くことにした。
タイラーは終わり時刻から30分後に迎えに来ると言い、また屋敷に戻っていく。

「タイラー父様も、一緒に観れば宜しいのに。
この席は、特別に一人だけお付きの人が入れるから…」

「ハハハ、タイラーはお笑いの大道芸だいどうげいが好きだからね。
気取った芸術肌は合わないよ」

「さぁ、人混みが凄いですから気をつけて!
押されないように、ゆっくり歩きましょう」

こういうときは、男の方が頼りになるわ。
口々に客たちは最後だから、王族たちがいらっしゃると彼方此方あちらこちらで話題にしている。

「ザィールの王様が…。
本当に、マノン様は特別な女優さんでしたのね。
最初で最後の演じるのを観れて嬉しいけど、もっとたくさん観てみたかったわ」

「グレース、まだ1度も観てないんだから観てから評価したらどうだい。
ちゃんと、マノンの舞台をしっかり観てあげるんだよ」

ドロシーは発破はっぱをかけると、グレースの肩を軽くポーンと叩く。

入口でチケットを見せると、ボックス席は案内の人が席まで送り届ける手はずになっていた。

「グレース、私の側から離れないように。
今日の君は魅力的だからね!」

カルロスの歯が浮きそうな言葉に、ドロシーは自分の歯が本当にそうなりそうだと笑いそうになってくる。

「皆さん、気合きあいが入った格好かっこうをしてますわ。
ドレス新調して正解でしたわね。色も年配ねんぱいの方以外は派手はでなお色がいますし、今から踊りそうな雰囲気ふんいきですわ」

「そりゃあ、王族が来られるのだから気張きばるに決まってんだろう。  
ほとんどは、シルクのドレスだ!
アンタのもそうだろう?」

よく見ると、ドロシーのドレスもそうだった。

「こちらがお席の部屋になります。
お隣は、右側がヘイズ国王御一家で左側がアルバ公爵御一家になります。
始まる開演前にシャンパンと果物や軽い物を御用意してございますので、ごゆっくりなさって下さい」

案内係の説明に、グレースは口をぽかーんと開けていた。

「グレース、アンタおうぎは持ってきてるかい?
そのだらしない口元を、隠したほうがいい! 
カルロス!アンタもそういうのを、教えなくては駄目だろうがー」

部屋の中に先に入ってからドロシーは、若者たちに説教を始めてから席に着いた。

「まぁー、お二人共ご覧になって!
真正面に舞台がありますわ!
先ほどの話ですと、私たちの席は、真ん中になりますのね!」

この娘は何を呑気のんきな話をしているのかと、二人はある意味無知むちの怖さをうらやましく感じた。

「グレース、言いにくいけど…。今回のこの席は、本来は国王陛下が相応ふさわしいんだ!
マノン様は、私たちに一番いい席をお与え下さったんだよ」

話を聞き終わると、はしゃいで席から下の客席をのぞむ体がピタッと止まる。

「えーっ、それはいけませんわ!!
マノン様にお話して席をえて頂かないと、彼女が不敬罪ふけいざいつみになりませんか?!」

「はぁ~、この舞台はマノンの最後の芝居しばいだよ!
ましてや、私たちは彼女から招待を受けた。
それにまらない事を言って、役者の集中が途切とぎれたらどうするんだいー!!」

ドロシーはあき怒鳴どなり、腹をくくれとグレースのお尻を強く叩く。

「なかなか上質なシャンパンだ!苺もある、グレースたちも飲みたまえ」

女性陣は流石さすがは侯爵の坊っちゃんだと、その堂々とした飲みっぷりに感心する。
それは舞台が始まる、15分前の出来事だった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

婚約者に見殺しにされた愚かな傀儡令嬢、時を逆行する

蓮恭
恋愛
 父親が自分を呼ぶ声が聞こえたその刹那、熱いものが全身を巡ったような、そんな感覚に陥った令嬢レティシアは、短く唸って冷たい石造りの床へと平伏した。  視界は徐々に赤く染まり、せっかく身を挺して庇った侯爵も、次の瞬間にはリュシアンによって屠られるのを見た。 「リュシ……アン……さ、ま」  せめて愛するリュシアンへと手を伸ばそうとするが、無情にも嘲笑を浮かべた女騎士イリナによって叩き落とされる。 「安心して死になさい。愚かな傀儡令嬢レティシア。これから殿下の事は私がお支えするから心配いらなくてよ」  お願い、最後に一目だけ、リュシアンの表情が見たいとレティシアは願った。  けれどそれは自分を見下ろすイリナによって阻まれる。しかし自分がこうなってもリュシアンが駆け寄ってくる気配すらない事から、本当に嫌われていたのだと実感し、痛みと悲しみで次々に涙を零した。    両親から「愚かであれ、傀儡として役立て」と育てられた侯爵令嬢レティシアは、徐々に最愛の婚約者、皇太子リュシアンの愛を失っていく。  民の信頼を失いつつある帝国の改革のため立ち上がった皇太子は、女騎士イリナと共に謀反を起こした。  その時レティシアはイリナによって刺殺される。  悲しみに包まれたレティシアは何らかの力によって時を越え、まだリュシアンと仲が良かった幼い頃に逆行し、やり直しの機会を与えられる。  二度目の人生では傀儡令嬢であったレティシアがどのように生きていくのか?  婚約者リュシアンとの仲は?  二度目の人生で出会う人物達との交流でレティシアが得たものとは……? ※逆行、回帰、婚約破棄、悪役令嬢、やり直し、愛人、暴力的な描写、死産、シリアス、の要素があります。  ヒーローについて……読者様からの感想を見ていただくと分かる通り、完璧なヒーローをお求めの方にはかなりヤキモキさせてしまうと思います。  どこか人間味があって、空回りしたり、過ちも犯す、そんなヒーローを支えていく不憫で健気なヒロインを応援していただければ、作者としては嬉しい限りです。  必ずヒロインにとってハッピーエンドになるよう書き切る予定ですので、宜しければどうか最後までお付き合いくださいませ。      

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】「財産目当てに子爵令嬢と白い結婚をした侯爵、散々虐めていた相手が子爵令嬢に化けた魔女だと分かり破滅する〜」

まほりろ
恋愛
【完結済み】 若き侯爵ビリーは子爵家の財産に目をつけた。侯爵は子爵家に圧力をかけ、子爵令嬢のエミリーを強引に娶(めと)った。 侯爵家に嫁いだエミリーは、侯爵家の使用人から冷たい目で見られ、酷い仕打ちを受ける。 侯爵家には居候の少女ローザがいて、当主のビリーと居候のローザは愛し合っていた。 使用人達にお金の力で二人の愛を引き裂いた悪女だと思われたエミリーは、使用人から酷い虐めを受ける。 侯爵も侯爵の母親も居候のローザも、エミリーに嫌がれせをして楽しんでいた。 侯爵家の人間は知らなかった、腐ったスープを食べさせ、バケツの水をかけ、ドレスを切り裂き、散々嫌がらせをした少女がエミリーに化けて侯爵家に嫁いできた世界最強の魔女だと言うことを……。 魔女が正体を明かすとき侯爵家は地獄と化す。 全26話、約25,000文字、完結済み。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 他サイトにもアップしてます。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 第15回恋愛小説大賞にエントリーしてます。よろしくお願いします。

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

処理中です...