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第1章  隣国への逃亡

第27話 別れと出会い

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 二人は何も話さず馬車に揺られていた。
もうじき旅は終わる、そして二人には必ず別れが訪れる。

たった3日間の出会いだが、命を懸けた旅でもあった。

「タイラー殿に出会えて、本当に嬉しかったです。
失礼だと思いますが、タイラー殿を見るとたまに父を思い出しました。
親不孝ばかりしていた私に、何時も優しかった父。
もう一度会えたら、今度は何か親孝行をしたいと願っております」

「俺もさぁ!
グレースを娘みたいに感じた。
ザィールには知り合いがいないんだろう?
別れの時に渡そうとしたんだか、これをもらってくれ」

彼は上着のポケットから一枚の紙を出して、彼女の手の中に押し付けるように渡す。
中身を見ると、紙に住所と名前が書いてある。

「タイラー殿、これは…」

「俺の住所だ!
辛くなったら、来るんだぜ。
1人くらいは食わせていける。
家族に話しとくから、遠慮しないで来いよな!」

タイラーの話を聞き、故郷の父の顔が浮かび上がり泣いた。
泣くつもりはなかったが、目から涙があふれてしまったのだ。

「泣くなよ、別れが辛くなる!
なんならさぁ、侯爵なんか行かないで一緒に来るか?!」

グレースとの別れが辛かった。
嫁に行った娘が、出戻ったと思えばいいと考えていた。

「あっ!有り難うございます。
でも、恩人は裏切れない。
あの、手紙を書いていいですか?そして、いつか会いに行ってもいいですか?!」

泣きながら声をしぼり出し、タイラーにたどたどしくお願いした。

「いいに決まってんだろう!
俺はザィールのお前の父さんだと思えよ。
何かあったら、逃げる場所は必要だ。
ましてや、他国だ!
何があるか分からんからな」

「はい、タイラー殿! いいえ、タイラー父様!!フフフ」

恥ずかしかったが最後に読んでみたかった言葉を、新しく出来た父に呼びかけた。

「それでいい!
グレース、その涙を拭け!
もうすぐ、侯爵の屋敷が見えてくる。街に入るぜ!」

気づけば周りに家が増えてきて、商店もチラホラあった。
ここが、侯爵のお膝元なのね。

「橋の近くの伯爵領とは、全然活気かっきが違うわ?!
みんなの顔が生き生きして、明るいし笑顔です」

グレースは街を観察し、正直な感想を述べた。

「領主のうつわの差だ。確かに位も財力の差はあるさ。
だが、生かすも殺すのも領主の手腕しゅわんだ」

心に突き刺さる言葉である。
自分の生まれ育った領地と、この街を照らし合わせる。

故郷の領地は、今はどうなっているのか。

どうか神よ、水害のない穏やかな日々をお与え下さいませ。
何度も裏切られても、天に願わずにはいられないグレースだった。

 馬車は長い高い塀が続く道を、走っていたが突然途絶えた。
馬車は止まった先は、立派な門構もんがまえ。

「グレース!とうとうお別れだ!体に気を付けろよ。
本当に辛かったら、何時でも俺を頼れよ。約束だからな!」

彼は、初めて目にうっすらと涙を浮かべた。
グレースも泣いていたが、タイラーに自分が刺繍ししゅうした真新しいハンカチを渡した。

「このハンカチをもらって下さいませ。
私が刺しました。
本当に有り難うございます!
出会えて嬉しかったですわ。
絶対に手紙を出します。
タイラー父様ー」

「悪いな、今ココで使わせて貰う。
馬の柄か、俺にピッタリだ!
有り難う、グレース! 
これは残りの金だ。
いいか、命と金は大事しろ。
生きていれば何とかなる!!」

グレースにお金の入った袋を渡すと、彼女はそれをタイラーに突き返した。

「タイラー父様、貰って下さいませ。
私は、他にも少しは持ち合わせがございますから」

「駄目だ!俺は、もう報酬を頂いている。
グレース、この金はたくした人の心がはいった金だぞ。 感謝して貰え、分かったなぁ!」

グレースは頭を下げて袋を持つと、重みを感じた。
誰が渡したか分からないが、感謝をして受け取るとかばんに入れる。

馬車を降りたのを見て、タイラーは1度頭を下げてから馬車を走らせる。

1人門の前に立ち、彼の馬車が見えなくなるまで手を振り見送っていた。

 
 しばらくどうしたらいいか、立ちすくんでいた。

王妃さまは、門番に話せばいいとおっしゃっていたわ。
でも、門番がいないわ。

1台の馬車が近づくと、グレースの近くに止まった。

馬車の窓から、金髪の青い瞳の美しい男性がグレースに声をかけてきた。

「あの~、お嬢さん!
この屋敷に、なにかご用か?」

グレースは美男子から初めて声をかけられ驚き、何故か胸がドキッとした。

直ぐに王妃さまが教えてくれた、直伝のカーテシーをしてから話し出すのである。

「初めまして、ご無礼をお許し下さい。
私はグレース・マローと申します。
侯爵夫人にお伝え下さいませ。「赤いバラはお好きですか?」と…」

男性は、目を大きくしてグレースを見た。

母が言っていた令嬢とは、この方だったんだ。
男性は顔を挙げるように言うと、グレースに馬車に乗るように勧めてきた。

「いいえ、いけません。
それは、ダメですわ!
私は歩いてお屋敷に向かいます。どうか、侯爵夫人に会わせて頂けますか?
お願い致します!!」

毅然きぜんとした態度とあの美しい所作しょさのカーテシーに、男性は一歩引く形となった。

紳士として礼儀に反するが、何故かグレースの願いを聞き入れてしまうのである。

グレースとこの男性がこの先、どうなっていくのか?
神しか知らない、それは運命の出会いの予感であった。
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