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第1章  隣国への逃亡

第24話 故郷への手紙と災難

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  私たちの短い旅は、あっという間に終わりを迎えようとしていた。
あれから、私はタイラー殿と並んで馭者ぎょしゃの席に座っている。
時折ときおり自分たちの話をしながの旅に、お互いに親近感しんきんかんを感じてた。

「そうだったのか!
貴族さまっていうのも、結構大変なもんだ。
領地と領民たちを守る責任か。
グレース嬢は、だから傲慢ごうまんではなかったのか。
そうか、そうか」

タイラーは、彼女の謙虚けんきょすぎる態度の理由を知り納得した。

「たまに思うのです。
もし自分が平民だったら、もっと裕福な貴族に生まれたと…。
そうしたら、運命は違っていたのだろうか?
婚約破棄なんて、あんな経験しないでんだかもしれない」

グレースは、もう恋や愛はりだと思った。
気がつけば、20歳を過ぎていた。
若くもなく、誰ももう見向きさえしない年齢。
独りで誰にも頼らない。そんな人生を歩まなくてはならないと考え始めている。

彼は自身の娘とグレースを、いけないと思いながら照らし合わせた。
俺の娘は平民だが、いい婿むこと出会い子もできた。

反対に彼女は、まだ婚約破棄の心の傷はえてなさそうにみえる。
人の親として父として、今ここにいる娘の幸せを神に祈る思いだった。

  最後のエテルネル国で過ごす夜に、彼女は手紙を書いていた。
宛先は自分を心から心配しているであろう、自分の家族だ。
ザィールからは、なかなか手紙を出せないかもしれない。

もしかしたら、もう一生家族とは会えない可能性もある。
家族には幸せになって欲しいと、願って書きつづった。

手紙を書いていたら、自分の書いた物語を思い出していた。
編集長はもう一度書いて、読ませて欲しいとおっしゃってたわ。
いつか書ける日が、本当に訪れるのであろうか?!

その時は、まどわすのではなくみちびく本を書きたいわね。
胸の奥底でまだ本を書きたいと思うとは、そんな愚かな自分に何故か笑えてくるのだった。

    翌朝、グレースたちは馬車で街の郵便を届けてくれる窓口に手紙を出しに向かった。

「すみません。遠回りしてしまいましたね。
どうしても、最後にエテルネルに手紙を出したかったのです。
国境こっきょうを越えたら出せなくなるかもしれないから」

手には手紙が1通、大事そうに手に持っていた。
彼はどことなく不安げな姿を見て、ただ気にするなと言い手綱たづなを握る。

窓口で、手紙の郵便代を初めて支払った。

今までは王宮から、特別に月に2回は無料で出せたからだ。
故郷を離れて働く者たちへのねぎらいとして、王妃さまが王さまに頼んでくれた制度である。

両替をしていて助かったわ。
郵便代は銅貨5枚か。

これからは物の価格に敏感にならなくては独りで生きていくんだから、ソッと紙に価格を書き込んだ。

「タイラー殿。エテルネルとザィールでは、物価は違いますか?」
 
馬車で隣に座るタイラーに、グレースは色々と質問をしていた。
王宮暮らしで、すっかり浮世離うきよばなれしていたからだ。

「そんなにあまり変わらないが、食べ物とかザィールの方が安いかなぁ。
海があるから、魚も食べる!
エテルネルには、海がないだろう。
大陸の真ん中で、他国に囲まれてるしな。ハハハ」

食べ物が、安いのは良いことだわ。
生きるには、食べていかなくてはいけない。

まずはお世話になる侯爵家で、働かせてくれたらいいのだけどね。
何ヵ月しか過ごさないし、お屋敷ならエテルネルの情報を耳にするかもしれない。

「グレース嬢、あの橋を渡ればザィールだ!
今日一泊して、明日には侯爵家に送り届けたらお別れだなぁ」

タイラーは娘と別れるそんな感情になって、寂しく思うのだった。

「ずいぶんと古い橋ですね。
私は橋を馬車で渡るなんて、初めてで少し怖いですわ?!」

「平気だ!いつも普通に渡りきっている。
グレースは案外臆病者おくびょうものだな!」

橋を渡り始めた時に、木のせいなのがギシっとやな感じの音がする。
すぐに長年のかんで、橋に不安を察知さっちした。

「グレース!!
馬車の速度を速めるので、しっかり捕まってるんだ!
それから何があっても、絶対に悲鳴ひめいをあげるな。
馬が驚くからなぁ!」

そう言うと、本当に馬に合図あいずをする。

グレースは、脇にあるぼうみたいな物にしがみついた。
この橋だんだんゆがんでる様な気がするし、やっぱり変だわ。
ひたいと棒を握りしめた手のひらに、汗がじんわりと出てくるのがわかった。

「あと少しだ、頑張れー!!!」

馬に言い聞かせてるのか、自分たちに言ってるのか励ますタイラー。
あまりの恐怖にしがみつきながら、思わず強く目を閉じた。
馬車が凄い勢いで走り、突然急に馬車が大きく揺れて止まる。

馬が鳴く声が何度も聞こえていて、彼女は体が大きく震えていた。
あぁーどうしよう、怖くてまだ目を開けられない。

「グレース、目を開けてみろ!
橋を渡りきったぞぉー!」

景気良く少し痛いくらい、肩を叩いて教えてくれた。
痛さが無事に助かったと知らせてくれ、震えがおさまらないながら思う。
ゆっくりと目を、そっと開けて声のする方を見る。

汗だくな顔をしたタイラーが、自分に向けて輝く笑顔を見せていた。

あっ!本当に、危なく命懸けだったんだ!

タイラーの表情を見て、目から安堵あんどの涙が自然に流れてくる。

これが自分が生きているんだと、グレースが初めて心から実感する経験となった。

崩れ落ちる橋を渡り、エテルネルからザィールに国を越えての最初の出来事である。


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