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第4章

第68話 下層攻略

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「いよいよ下層に挑むわけだが……準備はいいか?」

 俺の問いに、3人は各自の装備を確認する。

 今日まで約1月、下層に潜り続けて稼いだ金額は金貨3000枚。
 途中から浅海と石紅が戦闘に慣れたおかげで稼ぐペースが上がったのと、後半追い上げで結構な数の宝箱を引けたことでこれだけの額が集めった。
 
 だが、これでは全員分の〈黒王の秘水晶〉には足りない。
 結果として前衛の俺と、後衛のメアで1つずつ持つことになった。
 浅海と石紅にお守りとして持たせるというよりは、戦闘力の高い俺たち2人が持つことで無理やり戦況を変える目的だ。
 浅海たちに危険が及んだ場合でも、俺とメアが身を挺して守るという選択肢が取れるからな。

 後は物資運び用にマジックバッグを2つ買って、残った600枚は地上でギルドに預けて来た。

「魔物や地形条件も悪いだろうが、何よりも気を付けるべきは転移の罠だ。喰らった場合は事前に打ち合わせた通り、可能なら俺かメアを掴んで連れていく。浅い場所なら残された者はすぐ地上に戻り、預けてある資産を全部突っ込んで上位パーティーと探しに戻る。深い場合は俺が一緒に居る方が探しに行く。それでいいな?」

 最悪の事態へのシミュレーションは何度もしてある。
 基本的には危険は俺が負うというのを結論とした。
 風魔法によってかなりの範囲が索敵できる上、《純粋無垢》の潜在能力による一撃は現状このパーティーの最大火力だ。
 単一の戦力的にはメアも相当なものだが、彼女の理論派の魔法は燃費があまりよくない。長時間の探索なら俺に分があるというわけだ。

 そうして俺たちは下層の未知領域、第6層へと足を踏み入れた。
 一応6~10層くらいまでは到達した例もあるので、登場する魔物くらいは分かっている。
 1匹1匹がB級の強さの癖に、20匹くらいで襲って来るでかいネズミの群れや、殆どの攻撃が効かないクソ固いA級のゴーレム。
 とにかく厄介な魔物が大量に出てくる中、一発即死の転移の罠に気を付けながら慎重に進まなくてはならない。
 
「やばいねこれ……とにかく神経が磨り減るよ」

 先頭を歩く石紅が疲れた声で言う。
 転移の罠はかかったらシャレにならないので、下層からは勘の働く石紅を先頭に隊列を組むことになっている。
 その分後ろを俺と浅海で固め、戦闘になったらすぐに前に出る構えだ。
 
「まだ8層なのにこの疲労度か……これは本格的にやばいな」

 1月は過ごせるだけの食料は持ってきているが、奥に行くほど消耗は激しくなる。
 この浅さでここまで削られるというのは正直想定外だ。

「次のセーフゾーンを見つけたら休憩しよう。別にこれ1回でボス部屋まで行く必要もない。体を慣らしながらちょっとずつ降りて行くのも手だ」
 
 みんながプレッシャーを感じないようにそう言うが、なるべく早く攻略してしまいたいというのが本音だった。
 何より1発即死の転移の罠がある場所に何度も来るのは避けたい。
 〈黒王の秘水晶〉を消費してしまえば、再びアタックするまでにより時間がかかることになるしな。

 しばらく進み、9層に入ってすぐのところでセーフゾーンを発見し、俺たちは休憩する。

 ダンジョンのセーフゾーンとは文字通り魔物に攻撃されない安全地帯だ。
 理由は解明されてないらしいが、セーフゾーンには魔物の嫌う緑の柔らかな光が満ちていて冒険者が休むことが出来るようになっている。そんな部屋がダンジョンにはぽつぽつと点在しているのだ。

「メア、平気か?」

 俺は疲れた様子で腰を下ろすメアに声を掛ける。

「ま、まあ何とか……」

 だが、彼女は強がった様子を見せる。
 自分のせいで攻略を急がせているという思いがあるのだろう。
 こういう時は何を言っても気を遣わせてしまうだけだ。
 俺は何も言わず、ただ彼女の隣に座りぴったりと寄り添う。

 いつもはこういう風に公然といちゃつくと「イチャイチャ警察だよ!」とか言いながら石紅に邪魔されるのだが、今は疲労もあってか何も言ってこなかった。

 1時間以上たっぷり休み、俺たちは再びダンジョン攻略を再開する。
 攻略自体はきついはきついが順調。

 ——問題は、10層を抜けた時に起こった。

「これは……ボス部屋か?」

 10層を抜けた先には、重厚な二枚扉——紛れもなくボス部屋の扉が設置されていた。

「マスターに貰った書類にはないから、多分誰もここまで辿り着けた人がいないんだろうね」
「つまり、初見のボスか」

 正直ここまでの道中もかなりヘビーな内容だった。
 敵はもう殆どA級しか出てこないし、壁に張り付いて襲って来るでっかい虫とかに奇襲されまくるから、石紅が「あ、ここ危ない」とか「そこやばそう」とか咄嗟に勘で見抜いてくれなかったら、戦闘中罠にかかって死んでいた可能性もある。

 それを抜けての、イレギュラーなボス部屋だ。
 警戒するのも当然だろう。

 とりあえずしっかりと休息を取ってから、覗くだけ覗いてみようということになり、準備を整え恐る恐るドアを開ける。

 中にいたのは天使だった。
 ダンジョンの中のはずなのに天井には曇り空が広がっていて、その中央から天使の為だけに白い後光が刺しこんでいる。 
 それだけ見ると神々しいが、その表情だけは魔物らしく醜く歪んでいた。

 ——ギロリと、天使の三白眼がこちらを睨みつける。

 その瞬間、ボス部屋の扉が勢いよく閉まり、入り口から覗いていた俺たちは中に放り出される。

「——っ、早く立て直してください!」

 年季の差か、1番対応が早かったのはメアだった。
 最速の雷撃で天使の注意を惹きつけ、俺たちに叫ぶ。

 天使はメアに狙いを定め、助走をつけて飛来する。
 メアはそれを防御魔法で受け止めようとして――

「待て! 避けろメア!」

 不意に悪寒がして、俺は叫んだ。
 メアは俺の指示に疑問を抱くことなく横っ飛びに避け、直後、メアの防御魔法を天使が素通りする。
 これは……

「多分、あの光だ! 空から落ちてきてる光に照らされてる限り、あの天使に魔法は効かない!」

 何かのゲームで特定範囲でのみ無敵のボスと戦った事がある気がする。
 おかげで不自然に広がった空の違和感にも気付くことが出来た。

「部屋の隅にいれば効果範囲外だよ! 後は、そこに惹きつけられれば……」

 考える石紅の言葉に、俺たちは円状の部屋の外周へと散らばる。
 確かに、天使に降り注ぐ光はドーナツでいうと真ん中部分だけに当たっている。
 さっきの突進であれば外周にいれば喰らわないが、

「そう上手いこといかせてはくれないわな」

 天使がラッパを取り出し吹き鳴らす。
 すると、無数の光が熱線のあられとなって俺たちに降り注ぐ。

「ここに居れば防げはするが、これじゃジリ貧だな」

 あの天使の光はツノでか猪とは違う、魔法の無効化だ。
 試しに突風をぶつけてみたがかき消されてしまったので恐らく確定だろう。
 とにかくこのまま防御をしつつ奴がこっちに襲い掛かって来るのを待つのがベストか。そんな風に思った矢先。

「……空が変わった!」

 浅海が聞いたこともない大声を上げた。
 その直後、雲の動きによって光の範囲が変わり、メアと石紅が天使の光の範囲内に入ってしまう。

 二人は何とか天使の突進を避けたが、その後も光は遅いスポットライトのように室内を徐々に移動する。
 ……というかこれ、範囲も段々広がってないか?
 もし最終的に部屋中が光に包まれるんだとしたら……俺たちに勝ち目はない。

「くそ、こうなったらもうイチかバチかやるしかない!」

 こうなれば出来る事は一つ。
 出来るという確証はないが、死ぬ気でアレを成功させるしかない。

「全員、奴の意識を惹きつけてくれ……俺が斬る!」

 俺はミスリルの剣を引き抜き、両手で構える。
 メアの雷撃然り、効かなくても攻撃によって意識を引けるのは確認済み。
 俺の言葉で3人が必死に攻撃を仕掛けてくれたおかげで、少し集中する時間が出来た。

「深く……もっと深くだ。深く意識の底に落ちて、想像しろ。今ここで俺が斬らなければ仲間が、何よりも大切なメアが死ぬと、本気で自分を追い込め」

 天使は動きこそそれ程早くないが、あの全体攻撃が厄介だ。
 蒼き剣狼のゴリマッチョとやった時のような入り込みでは攻撃を防いでる間に集中が切れてしまう。

 弛緩と緊張という、相反する状態を己の内に落とし込み、無理やり飼いならす。
 メアを失う不安。それこそが、俺の潜在能力を引き出すトリガーとなっているから。

 やがて意識が呆然と消え、頭の中が真っ白に染まりながら俺は猛然と駆け出した。
 いつもの身体強化より数段早く駆け抜け、俺に気付いた天使が降らす熱の雨を剣で薙ぎ払い、次の一撃が天使のそっ首を刎ねた――その直後。

「——っ、くそ、こいつはいつもギリギリだな……」

 俺は激しい脱力感に襲われながら意識を取り戻した。
 
 天井からは空が消え、見慣れたダンジョンの土色に戻る。
 どうやらあの空自体が天使が生み出していたものだったらしい。

「……これで、まだ10層なのかよ」

 あまりのキツさに俺は重い呟きを漏らす。

 そうして俺たちはアルメリアの大ダンジョン下層第10層のボスを討伐したのだった。
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