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第4章

第66話 石紅未来の華麗なる一日

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「お、葛西おはよ」

 どのくらい眠っていたんだろうか。
 高く登った太陽の眩しさを感じて目を覚ますと、ベッドサイドの椅子に石紅が腰掛けていた。

「石紅……? あれ、メアは……?」

 寝ぼけている俺は本能でメアの存在を求める。
 すっかり起きた時、隣にメアの温かさがある生活に慣れきってしまっている。

「メアさんなら奏ちゃんと一緒にどこかに出かけたよ。というか私も起きたら誰もいなかった」
「……で、誰もいなかったらなんで俺の部屋に来るんだ?」

 段々と目が冴えて来た俺は、ジト目を向ける。

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたね葛西君!」

 何やら勿体を付けて石紅がビシッと俺を指差す。
 あ、これ絶対めんどくさいやつだ。

「昨日も言ったけど、葛西はもう少し私のありがたみを知るべきだと思うんだよね。……というわけで! 葛西には一日私に同行する権利をプレゼントします!」
「うわぁ……いらねぇ」

 素でそう返すと、額に強烈なチョップが飛んでくる。

「残念ながら返品不可ですーっ! ……来ない場合はメアさんに葛西の秘密をばらします」
「な――っ、お前それは卑怯だぞ!」

 色々と偉業を成している石紅だが、基本的に俺との関係は中学時代のオタク仲間である。
 そう、だ。
 つまり最も多感な時期であるが故に、掘り起こしてはならない黒歴史は山のようにある。
 既にメアにはその一部が伝わってしまっているが、流石の石紅も本当に話したらやばいものに関しては黙ってくれている。……今はまだ。

「さて、どれがいいかなぁ。結社に追われてるっ! って自分を某国の機関で育ったスパイだと思い込んでた事? それとも初めてやった凌辱系のエロゲに影響されて、クラスの女子がメス堕ちしたらどうなるかノートを作ってたことか——」
「わーっ! 待て! 待ってくださいお願いします!」

 中でもとびきり真っ黒な歴史を掘り返されて、羞恥心のままに俺は叫ぶ。

「ってちょっと待て! スパイ設定はともかくノートはお前に見せたことないはずだぞ! なんで知ってる!?」

 いくらオタク友達と言えど、流石にアレ過ぎる内容だったので女子である石紅には見せていない。
 男のオタク友達には何度か見せた――というか一緒に作っていたが、それだって向こうのとても他人には見せられないようなドエロい自作小説と引き換えに見せたのだ。

「ふっ、私の情報収集能力を侮ってもらっては困るよ葛西君。内容だって結構覚えてるよ? 確か、クラスで一番かわいかった南川さんは精〇を嗅ぐと発情するように調教したいとか――」
「分かりましたどこへでもお供させていただきますっ!」

 俺はピシっと敬礼をして、今日一日石紅に振り回されることが確定した。


***

 ということで、身支度を整えた俺は石紅と一緒に街の大通りを歩く。

 まあ元々今日は物資調達と下層の情報収集の日に当てようと決めていたので、予定的には問題はない。
 問題はないが……正直本当に気乗りしない。
 別に楽をしたいとか、そういうわけではないのだ。ないのだが……なんというか、石紅が本気で動いている時は色々と心臓に悪い出来事が起こるのだ。

「……同行したら、本当にメアには黙っててくれるんだろうな?」
「まだ言ってるの? 私は約束を守る女だよ」
 
 声を潜めて尋ねる俺に、石紅は呆れた視線を向けてくる。
 なびく綺麗な黒髪と編み込みティアラのおかげで見てくれは相変わらず優等生然としているが、最近はテンションの高さもあってちょっとアホっぽく見える。

「というか、ノートの事はどうやって知ったんですかね。あれ割とマジで門外不出モノだったんだけど」
「葛西が一緒に作ってた子の好きな子の情報と交換しただけだけど。結構細かく教えてあげたら、喜んでノートを1日貸してくれたよ」
「お、男同士の絆とは儚いんだな……」

 男子の固い結束の下決して口外しないよう緘口令が敷かれていたものと信じ込んでいたが、どうやらあっさりと売り飛ばされていたらしい。

 ……というか、どうして石紅はそうまでして俺の黒歴史を集めていたのだろうか。
 そこまで考えたところで、目的地に到着する。

「最初は冒険者ギルドか……」

 情報収集の選択肢としては無難中の無難といえる。
 だがその分、皆当然チェックしている為情報のレア度は落ちる。
 貴重な情報が表に出回らないのはこの世界でも同じだ。

「ギルドは俺も調べたが、中層までの情報しかなかったぞ? 一体どうしようっていうんだ?」
「そんなの、知ってる人に聞けばいいんだよ」

 石紅はずかずかと受付カウンターに近づき、大きく手を上げて一言、

「マスター! 来たよー!」

 呼びかけたのは、ギルドの最奥で難しい顔をしながら話をしていた髭もじゃの大男。
 マスターとはつまり、ギルドマスターのことだろう。

「いや、いきなりギルドマスターに声かけてどうする――」
「おう、未来か。この前は世話になったな」

 石紅の呼びかけに、ギルドマスターは笑顔で応じた。
 一応、この世界のギルドマスターというのは日本でいう都道府県知事くらいの権力のある要人である。
 基本叩き上げなので政治には疎いが、現場の影響力は領主とタメを張るほどだ。

「あのくらいお安い御用だよ。それで、今日はお願いがあって来たんだけど――」

 その後、俺の存在は丸っと無視して二人はしばらく談笑し、その末にギルドマスターは奥の部屋から幾つかの巻かれた紙束を持ってきた。

「マスターが認めた人にだけ渡してる下層の情報だって。現状最深層の中ボスの情報まであるらしいよ」

 そうして本日の目的の大部分が一瞬で果たされてしまった。

 その後も近接攻撃手段を欲しがっていた浅海の為に、明らかに最古の名匠みたいないかついドワーフと仲良くなって魔法剣の制作を依頼したり、一瞬で商人の懐に飛び込み、必要な道具全てを相場よりずっと安く揃えたり。
 指名手配されているメアの為にどう見ても盗賊っぽい輩を何かの紙をちらつかせて脅したりして、石紅は必要な用事を全てあっさりと済ませてしまった。
 半泣きの盗賊よ、気持ちは分かるぞ。俺もこいつに脅されて今日ここにいるからな。

 石紅は交渉力も凄いが、もっと凄いのはその知識量だ。
 恐らく一度耳にした相場や情勢を全て覚えていて、相手が食いつきそうな話題を適宜判断しているのだろう。

「……なるほど。やっぱ公立中学の枠組みを超えてクーラー付けた奴は違うなぁ」

 凄い奴だとは思っていたが、まさかここまでとは。
 数年会っていなかった間に交渉力がサトリかってレベルまで急成長している。
 ノルミナの街に残して来た女子たちが俺の名前を冠した異世界便利道具屋を開いた、というは道中で聞いたが、商売どころか異世界素人の彼女たちが立地の良い場所で販路を築けたのは、やはり石紅の活躍が大きいのだろう。

「ねね、どうだった? 私凄かった?」

 全ての用事を終えた俺たちは、街の公園のベンチに並んで腰かける。

「ああ、分かってはいたが、改めて凄さを痛感した。……出来ればもう同行は遠慮したいがな。交渉相手が俺に向けてくる目が怖い」

 本人の容姿の良さと愛嬌も、彼女の交渉における大きな武器だ。
 特に商人なんかは、惚れた弱みで安くしてるんだろうな、って人が何人もいた。

「……あはは。なんか、私と一緒に来た人は大体そう言うんだよね……」

 石紅が死んだ目をして笑っている。
 なるほど。経験済みでいらっしゃいましたか。

「冗談だ。同じパーティーだし、お前にばっか負担掛けてられないからな。今後、出来る部分は俺も手伝うよ」

 俺が言うと、石紅は急にもじもじと俯き始め、

「えっと……その、ね? 手伝ってくれるのも嬉しいんだけど、それよりもその……頑張ってる私を褒めて欲しいなって」
「褒める?」
「うん、褒める」
 
 聞き返す俺に、真顔で頷く石紅。
 そういえば昨日ダンジョンの中でもそんなことを言っていたような……
 愚痴が長すぎて大半を聞き流していたので今の今まで忘れていた。

 しかし褒める、褒めるか……
 そういえばここ数年面と向かって誰かを褒めた記憶が無いな。
 最後に褒めたのと言えば、確か実家で飼ってたうさぎが苦手な薬を飲んだ時で――

「よーしよしよし! 偉い、偉いぞ。良く出来たね~」

 俺は気付くと、ちょうど目の前にあった石紅の頭をわしゃわしゃと撫で回していた。

「あ……」

 やばい。完全にやってしまった。
 石紅の艶のある黒髪が、ちょうど毛繕いをした後のうさぎの毛並みに見えて、つい同じことをしてしまった。

「ご、ごめん! 褒めるって言われて昔飼ってたうさぎを思い出してつい! ちょうどそんな感じの黒い毛並みだったから……」

 慌てて弁明する俺に、石紅は顔を赤くして俯いて、

「……やめちゃうの?」

 名残惜しそうに上目遣いで見上げて来た。

「え……嫌じゃないのか?」
「いやだったら、触られた瞬間に股間蹴り上げてる」
「こ、怖いこと言うなよ……」

 俺はどもりながらも、髪を撫でるのを再開する。
 つやつやの黒髪は触っていて心地よくて、いつまでも撫でて居たくなる。

「……あ、ありがと。もう充分」

 どれくらいそうしていたのだろうか。
 周囲の風景がすっかり変わり、夕焼けの空が俺たちを朱に染め始めた頃、石紅は俺からそっと離れた。

「——やっぱり、誰かに褒められるっていうのはいいもんだね!」

 石紅はタタっとベンチから駆け出して、振り返って照れたようにはにかんだ。
 
 それを見て、俺の心臓の鼓動は不自然に高鳴る。
 けれども眩しい夕焼けのせいで、彼女の本意が果たしてどこにあるのか、俺には分からなかった。
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