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第4章

第63話 夜の街を並んで歩くとはつまりそういう事

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 初めてのダンジョンに意気込みもよく挑んだ俺たちだったが……思ったよりサクサク進んであっという間に上層を攻略してしまった。

 ちょうど倒し終えた上層のボス、ウルフロードが霧散して消える。

 ま、伊達にA級の魔物でスパルタ教育されてないからな。
 上層の魔物はコブリンやコボルドなんかの定番どころから、火狐やゴーストなんかの特殊攻撃持ちまでいたが、概ね風魔法で瞬殺だった。
 それにマップもあったからな、殆ど最短距離で進むことが出来た。
 
 ボス部屋の奥には大きな宝箱と、七色に光り宙に浮かぶクリスタル。
 クリスタルはダンジョンの外にも同じものがあり、一度訪れた階層までワープできる、いわゆるワープポイントだ。

「宝箱の中身は……短剣か」

 中に入っていたのは切れ味の鋭そうな短剣。
 上層の宝箱だが、ダンジョン産だしマジックアイテムかもしれない。
 地上に戻ったら鑑定してみよう。

「どうする? 思ったよりあっさり来れちゃったから備蓄は結構あるけど……」
 
 石紅がゴーレムに運ばせているパンパンに膨れ上がったリュックを指差す。
 
「誰かさんが昨日寝てないから一回戻ろうか」

 どこからエネルギーが湧いて来るのか。
 徹夜明けに1日ぶっ通しで動いたというのに石紅は目を爛々と輝かせて人一倍元気そうだ。
 が、俺にはわかる。これは深夜テンションの延長だ。
 多分、そろそろボロが出る。

「だ、大丈夫だよ! 私超元気だし!」
「そうか。それじゃ、これ中層の地図な。上層よりだいぶ複雑だから解読頼む」

 俺は石紅に分厚い冊子を放る。だが、

「えっと、これがこっちで、こっちがあっちで……ねえ葛西、この地図変だよ。下に行く階段が3つもある!」
「うん、ダメだなこりゃ。浅海、強制連行」

 中層の地図は俺も見たが、階段は1個だけだった。
 テンションだけ高くて、地図を見るまともな思考力が残されていない証拠である。

 そうして俺たちはクリスタルに触れ一度地上に戻る。
 段々呂律が回らなくなってきた石紅を宿屋に強制連行した後、素材の換金へ。
 
 換金額は約金貨3枚だった。
 ゴブリンなんかの素材は二束三文だったが、短剣は上層の宝箱でも当たりの部類、攻撃力を僅かに上昇させるマジックアイテムらしく金貨2枚半で買い取ってくれたのだ。

「さて、この後どうするかなぁ……」

 夜は遅いが、ギリギリで商店が開いているくらいの時間。
 駆け足で行けば買い物も出来なくはないだろう。

「あー、私は宿に戻ります。未来さんも心配ですし」
「……そうか」

 言い出したメアを引き留めようか迷ったが、止めた。
 彼女の心境的に、指名手配されてなかったから遊ぼう!とはなれないのだろう。
 まあでも、メアが帰るなら俺も帰るか……
 そう思って後に続こうとした俺の服の袖がちんまりした手で引っ張られる。

「葛西君……ちょっと、行きたいところがあるんだけど……」

 おずおずと言い出した浅海に付いて行くと、武器屋に到着した。

「浅海、なんか武器が欲しいのか?」

 今の浅海は森で教えていた時から変わらず魔法オンリーの戦闘スタイルだ。
 まあ、俺も似たようなものなので何とも言えないが。

「う、うん。あたしも葛西君みたいに剣とかでかっこよく戦ってみたいなって……」
「いやでも、俺だって武具の目利きとか出来ないぞ?」

 俺の腰には変態さんとの戦いで砕け散った鋼の剣に代わり、道中で買ったミスリルの剣が収まっている。
 ミスリルと聞くと高そうに思えるかもしれないが、こいつは失敗作で切れ味が殆んど0の剣の形をした鉄塊だ。金貨2枚で投げ売りされていたのでとりあえず買ったが、殆ど使っていない。

「いやその、一人でお店入るの怖くて……なんかごつい人だらけだし……」

 なるほど、コミュ障緩和要因か。それなら理解出来る。
 浅海はまるでカルガモの親子のように俺の背にぴったりと張り付いて店内を進む。
 周囲から生暖かい視線が向けられているのは気のせいではないだろう。

「どんなのが欲しいとか、目星は付いてるのか?」
「えっとその、片手用直剣の二刀流がいい……」
「どこのキリトだ。まあ、やってみたいというなら止めないが……」

 かくいう俺も高校の剣道の授業で竹刀を二本振り回して先生にぶん殴られたことがあるからな。憧れる気持ちはよく分かる。

「ただなあ……」

 俺は浅海の身体をじっと見つめる。
 俺よりも二回りも小さい小動物みたいな体格。筋肉の殆どなさそうな細腕。
 以前着ていたパーカー代わりのポンチョにすっぽり覆われているが、その上からでも主張する程に胸だけは大きい。

 俺はとりあえず何も言わずにそこら辺にあった普通の長剣を二本渡してみる。すると、

「か、葛西君……動けない……」

 やはりというか、浅海は剣を持つことさえ出来なかった。
 二本どころか一本ですらふらついている始末だ。

「まずは、筋トレからだな」
 
 俺が分かっているから、と肩に手を置くと、浅海は羞恥で顔を真っ赤に染めていた。
 まあ、浅海まだ高校生だしな。そういう年頃は誰にでもある。
 それは俺も通って来た道だ。多くは言うまい。

 結局浅海に腕力が皆無過ぎたので武器を買うのは諦めた。
 短剣とかナックルとかも試したのだが、そもそもの力が弱すぎて当たってもダメージにならない。
 というか、コミュ障が祟って戦闘中もポンチョを脱ぎたがらないので動きのある戦い方がそもそも無理である。

「せっかく付き合ってもらったのに……なんかごめんね」

 帰り道。浅海は肩を落として謝って来る。

「気にしなくていい。苦手を克服するより得意を伸ばしていこうぜ」

 俺が気遣って言うと、浅海はえへへと笑顔を浮かべて、

「……やっぱり、葛西君は優しいね」

 そう言ってより一層俺の背にぴったりとくっついてくる。
 
 背中にふにょんというかほにょんというか、形容し難い柔らかさが押し付けられる。
 メアさんには決して生み出せない感触に、思わず俺の鼓動が高鳴る。

「あ、浅海さん? あんまりくっつき過ぎるのは良くないと思うんだけど……」
「そ、そうだよね。あたしなんかにくっつかれたら迷惑だよね……」
「迷惑なんてことはないしむしろ御馳走さまというかなんというか……とにかくこれは俺の都合だから気にしないでくれ」

 どうにも、浅海を相手にしていると調子が狂う。
 基本的には年下の妹みたいに扱っているのだが、今みたいにふとした瞬間にドキッとさせられることが多いのだ。
 というか石紅もそうだが、この二人は俺を男としてみたいない節が多い気がする。
 おかげでここまでの旅の道中でも色々と当たったり、見えたり、それはもう大変だった。
 しかも、移動中は野営なのでメアさんと致すことも出来ずに悶々とした気持ちだけが高まっていく始末だ。

「こ、この後どうする? ご飯でも食べる……?」

 相変わらずの消え入りそうな声で浅海が尋ねてくる。

「そうだなぁ、まあ石紅は寝てるし、どうせメアは誘っても外では食べたがらないだろうし……どこかで食べてから、テイクアウトしてってやるか」

 そういえばこの街に来てから殆ど宿屋に併設された食堂か酒場でしか飯を食ってない。
 偶には普通の飲食店を開拓するのもいいだろう。

「う、うん! あ、あたし前から目を付けてたお店が……」

 やたらと嬉しそうに頷く浅海と共に、夜の街を歩く。

 ——彼女から向けられている気持ちの正体には、気付かないふりをして。
 
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