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第3章 勇者の足跡とそれぞれの門出

第56話 指名手配犯は俺の嫁

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「貴様……どうやって街に入った?」

 黒ポンチョのボス改めビキニアーマーの女が、驚いたように俺を睨む。

「さあ。オタクの監視がザルなんじゃないか?」

 俺も負けじと、胸元に視線がいかないよう必死に女の顔を睨みつける。
 黒い肌をして額に二本の角が生えた女。
 メアからチラっと話は聞いていたが、これがこの世界の魔族というやつなのだろう。

「まあ、この際貴様の事はどうでもいいのだ。それよりも――」
 
 女の視線がメアの方を向く。

「エルフの姫よ、貴方には我々と共に来ていただこう」
「え、嫌ですけど」

 女の言葉に、メアが即答する。

「ここまで来ておてんばなのは感心しないな。冒険者をやっているらしいが、我々と戦えば怪我では済まんぞ?」
「えっと、とりあえずその痴女みたいな恰好辞めてから言ってくれます?」

 尚も食い下がる女の意見に、メアは聞く耳も持たない。

「……お、おい貴様、そこのエルフの姫をこちらに渡せ。そうすれば、命だけは助けてやろう」
「は? 死んでも嫌だけど」

 俺もまた女の言葉に即答する。

「な――貴様、一度我々に負けて酷い目に遭ったのを忘れたのか?」
「いやめっちゃ覚えてるし、超恨んでるよ?」
「ならば何故——!」
「だからこそ、お前の言う事なんて聞くわけないだろうが。というか何言われてもメアは渡さん俺の嫁だ」

 俺がそう捲し立てると、女は額の角と角の間に怒りマークが浮かべる。

「そうか……ならば仕方ないな。少し痛い目をみていただこう」

 そして、再び長剣を上段に構え――

「いいのか? こんなところで戦って。仲良しの領主サマに怒られるぞ?」

 俺は顎先で領主の屋敷を示す。
 当然そこには屈強な門兵が待機している。

「ふん、それならば何も問題はない。我々は祖国の命に従い指名手配の逃亡犯を捉えに来ただけだからな」
「……指名手配?」

 何やら不穏な流れを感じて、俺は聞き返す。

「これを見ろ」

 そう言って、女がビキニアーマーの胸元から一枚の紙を取り出す。
 そのあまりにテンプレ的なエロを感じる仕草に目を奪われ――メアに足を踏まれ何とか踏み止まる。
 
 紙の正体は絵だった。
 描かれているのは、この世界で一番の美少女。
 ていうか俺の嫁だった。

「貴様はエルフ及び魔族の国より正式に指名手配されている。つい先ほど、こちらの領主殿にも協力を要請したところだ。よって、この場で戦うことに何の問題もない」

 してやったり、という顔でどやる女。
 それを見て俺たちは――

「ちょ、おいメア! エルフは時間にルーズだから数年は追われないって言ってたよな!?」
「えっと……エルフはルーズなんですけど、魔族は違ったみたいですね。同じ長命種だから似たようなものだと思ったのですが……」
「みたいですね、じゃねえ! やばいやばいやばい、ラスダン攻略計画がだいぶ狂うぞこれ」

 予想外に事態に分かりやすく慌ててしまった。

 話に聞いていたメアの婚約者候補の魔族のジジイが遂に本気を出して来たのだ。
 それでもって、エルフとしても王権争いから逃亡中のメアを魔族と揉めてまで擁護はしてくれなかったと。
 結果として、指名手配犯として追われる事となったのだ。

 やっだ~俺の嫁ったら指名手配になっちゃったわ。
 いや割とほんとにマジでどうしようこれ……

 などと、俺が頭を抱えていると、

「痴話喧嘩は後にしてもらおうか。私も早く仕事を済ませたいのでな」

 身体に魔力を纏った女が、長剣を構えて突進してくる。
 
 不味い不味い不味い不味いっ!
 指名手配って事はつまり領主どころかこの街全部が敵で? 単体でもだいぶやばい黒ポンチョの親玉に襲われてると!?
 しかも、貴族街だから人は少ないとはいえ白昼堂々街中だ。
 状況は最悪と言っていい。このままじゃ死角も刺客も沸き放題だ。
 
 であれば、答えは一つ。

「よし、逃げるぞメア!」

 俺とメアは連れ立って全速力でその場を逃げ出した。
 
 風と雷を体に纏った俺たちは屋根伝いにノルミナの街をビュンビュンと駆け抜け、一気に街の外へと向かう。

 当然女もそれを追って来て、一瞬後ろを見ると黒ポンチョの部下達が女と一緒に追って来ていた。
 全部で6人。以前奇襲してきたやつも含めての勢ぞろいである。
 彼女たちが走りながら飛ばしてくる魔法を避けながら、俺たちは更に進む。

「クソ、領主の傍を離れたのは失敗だったか?」

 さっきは魔族の国、と名乗っていたが、俺を拷問した時は組織がどうとか言っていた。
 もし彼女が公的な立場の裏で組織に加入している二重スパイ的な立ち位置なのだとしたら、全力を出せない領主の前で戦っていた方がよかったのかもしれない。
 とはいえあの場では混乱し過ぎてそんなところまで読み切れなかった。
 
 死角から複数人に命を狙われる恐怖が、俺の中に刻み込まれていたのだ。

「この後どうします!?」

 走りながら、メアが叫ぶ。
 彼女も彼女で念話を使おうと考える余裕すらないらしい。

「とにかく森に逃げ込むしかないだろ!」

 森の中なら、メアの能力で奇襲は喰らわなくなる。
 迷わず進める彼女がいれば、巻くのだって容易だろう。

 そんなこんなで走り続け、遂に街を出る。
 高い城壁でもあれば厄介だったが、この街は勇者の結界のおかげでどこからでも出ることが出来るからな。

「とりあえずこれで、最悪奇襲は避けれるか」

 そう、安心した瞬間だった。

「——っ」

 唐突に放たれる魔法の手数が増え、俺は大きく体勢を崩した。

「なるほど、どうやら街の出入り口を監視してるって読みは当たってたわけだ」

 見ると、黒ポンチョを着た女の部下の姿が10人にまで増えていた。

 黒ポンチョ共はそのまま失速した俺たちをぐるりと取り囲み、
 
「気が済んだか? 追いかけっこは終わりだ。大人しくしてもらおうか」

 にやけた顔で、女が剣を構える。
 
 そうして俺たちは絶体絶命の状況に追い込まれたのだった。
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