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第3章 勇者の足跡とそれぞれの門出

第55話 最悪の再会は突然に

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「ん……」
 
 目を覚ますと、時刻はまだ7時前だった。
 明け方の柔らかい日差しが窓から差し込んでいる。

「思ったよりもぐっすり眠れてしまった」

 一応途中までは黒ポンチョ共を警戒するつもりだったのだが、疲れ切っていたのかいつの間にか寝てしまっていたのだ。
それもこれも「こんな広い街で見つかるはずないんですから寝た方がいいですよ」と言って早々に隣で気持ちのいい寝息を立て始めたメアが悪い。
 その寝顔があまりにも気持ちよさそうでつい釣られてしまった。

 隣でまだ眠ったままのメアの頬をつつく。

 まるで森の奥で眠るお姫様のような美少女が朝日の中で時折艶めかしい声を漏らして眠っている。
 うん、非常に絵になるな。
 そんな彼女にバレない程度の悪戯をするのはとても楽しい。

 楽しくて、頬だけじゃなくて、胸とかお腹とか、色んなところをつっついてしまう。

「あは。朝から発情しちゃいました?」

 流石にやり過ぎたのか、気付いたらメアがニヤニヤした表情で俺を見ていた。

「私としても求められるのは悪い気がしないですし、1発ヤっときます?」

 そう言って、メアは親指で作ったわっかに反対の手の人差し指を抜き差しする。

「残念ながら今の下品な動作で一気に冷めたわ。……ま、そうじゃなくてもこの状況でエロいことをする気にはならないが」

 兎にも角にもまずは街から脱出しないと気が休まらない。

「脱出はいいですけど……その前に一度、みんなのところに顔を出しませんか?」

 不意に、メアから意外な提案が飛んで来た。

「そりゃ、俺だって一言別れくらいは言いたいが……俺と会えばあいつらに危険が及ぶかもしれないだろ」
「透明になって行けば大丈夫ですよ。あの子たちの家かなり大きいですから、覗き見される心配もありませんし」
「しかしなぁ……」

 出て行くだけの俺が彼女たちに迷惑をかけるというのは、些か気が引ける。
 せっかく生活基盤が出来たのなら、要らぬ面倒に巻き込みたくはない。

「そ、それに、本とか盾とか、仁科ちゃんなら何かわかるかもしれませんし」

 難色を示す俺に、メアが尚も食い下がる。

「なんかメアさんやたらと推してるけど、何かあるのか?」
「い、いやあ? 何もないですけど?!」

 俺が聞くと、メアは明らかに動揺する。
 どうやら何かはあるらしい。

「はぁ……分かった。まあ確かに仁科なら良い案をくれるかもしれないし、顔を見せるだけな?」

 よく分からないが、メアが連れて行きたいというなら仕方がない。
 俺は嫁に頭が上がらない夫だからな。
 まあそれがいいまであるが。

 というわけで、俺たちは女子にお別れを言いに行くことにした。

 人混みの方が紛れやすいということで、少し待って街が活気づき始めてから移動を始める。

 とはいえ、人混みの中で完全に透明になって歩けば誰にも避けて貰えずにガンガンぶつかりまくってしまう。
 なので今回はメアが姿を現し、俺はその背中に完全合体して進んでいる。
 もちろん合体といっても下半身が繋がっているわけではないが。

「しかし、なんかこれだけでも妙な背徳感があるな」
  
 こうしていると、なんだかメアに悪戯したくなってくる。
 嫁が見えない手にまさぐられて悶えているのを他の男たちに視姦されるというのは、中々ぐっとくるシチュエーションかもしれない。
 まあNTRは特大地雷なので、あくまで見せつける以上のことをするつもりはないが。

 とりあえず悶々とした気持ちを紛らわせるために、俺はメアのお腹をフニフニすることにした。

『ちょ、急にやめてくださいよ!』

 するとメアから電話でお叱りが飛んでくる。

『ご、ごめん。なんかあまりにもバレないからつい楽しくなっちゃって……』
『あくまでもちゃんとした魔術師が注視しない限りは問題ない代物ですからね。それに、今は殆どの視線が背中じゃなくて上に来ますから』

 そう、メアは今フードを取り、その世紀の美少女フェイスを晒して歩いている。
 その美貌はやはり圧倒的で、男女問わずメアとすれ違った者は恍惚と彼女に目を奪われる。
 だがしばらくうっとりとして、慌てて話しかけようとした時にはお互い人混みに流されて遥か彼方だ。当然背中の俺に目が行くこともない。

 俺が嫉妬する以外は、良い作戦といえる。
 そんな俺の気持ちを読み取ったのか、

『人混みが続くのももう少しですから』
 
 と声を掛けてくる。

 メアの言う通り、少し進むと一気に人がまばらになった。
 それもそのはずで、今俺たちが歩いているのは貴族街。
 一部の金持ちの家が集まっている場所である。
 元の世界で言う白金―ゼとかビバリーヒルズみたいな感じだ。

『え、あいつらの屋敷って貴族街にあるのか?』
『あれ、言ってませんでしたっけ』
『聞いてねえよ!? 一体どんだけでかい家借りたんだあいつら……というかよく借りれたな』

 明らかに高そうな庭付きの屋敷が立ち並ぶ貴族街は、すれ違う人も数が少なく、その全員が気品ある金持ちだ。

『って、ちょっと待て。貴族街を通るって事はもしかして――』

 言い終わるよりも早く、俺の危惧していた事態が起きた。
 
 大きな屋敷が立ち並ぶ貴族街の中でも一際大きな屋敷。

 見えて来たのはこの街の領主の屋敷である。

『今ここ通るの絶対ダメだろ!?』

 領主の屋敷は遠目から見てもゴテゴテした服を着た軍人たちに囲まれている。
 昨日の件の捜査をしているのだろう。

 犯人は現場に戻るとはよく聞く言葉だ。
透明になっているとはいえ、なんだか心臓がバクバク鳴り始めた。

「では、本日は大変な中お時間取っていただきありがとうございました。近いうちにまた」

 その時だった。
 領主の屋敷の正門が開き、人影が現れた。

 一人は豪華な衣装に若ハゲを乗せた男。俺も街の色んな所で見かけた。この街の領主だ。

 もう一人は薄い水色のビキニアーマーを着こんだ筋骨隆々な女性。
 そこそこの美少女で胸も大きく、服装が際立つ。
 そして額からは二本の角が生えていて。

……なんだろう、どこかで見覚えがある気がする。

 そんな風に引っ掛かりを覚えつつも、俺たちは必死に平静を装って領主の屋敷の前を通り過ぎようとした。

 ——その時だった。

「——っ、そうだ。思い出した。初日にギルドでぶつかった黒ポンチョのビキニアーマーさんだ。……待て。黒ポンチョって事は――」

「——見つけたぞ、エルフの姫!」

 俺がそこまで思い至った瞬間、女が腰の長剣を抜いて凄まじい速度でメアに斬りかかってきた。
 完璧な不意打ち。その一撃は無警戒のメアを完全に死角から捉えている。

「あー、クソ!」

 叫び、俺は透明化の魔法を解いて全速力でメアをかっさらった。
 間一髪、長剣は俺の耳元を掠める。

「貴様は――!」
「よう、二度と会いたくなかったぜ腐れサディスト」

 苦笑いを張り付けた俺を、ビキニアーマーさんがキッと睨みつけてくる。

 こうして、絶対に会いたくない相手との邂逅は唐突に訪れたのだった。
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