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第3章 勇者の足跡とそれぞれの門出

第46話 怪盗ごっこと不意の襲撃

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 それは、最近巷で噂になっている話だった。
 曰く、領主様が北の果てから来た豪商から勇者の遺品とやらをとんでもない金額で買ったらしい、と。
 どこかの酒場に入れば、誰かしらから一度はその話を耳にする。
 だが、噂をする誰もが勇者について尋ねると、
 「勇者が何をしたかなんて知るかよ」とか、「この街の結界を作った人? 他に何かしてたの?」とか、勇者がどんな人物でどんなことを成し遂げたのかは誰も知らない。
 だからその噂は、もっぱらそんなよく分からないものに無駄金を使った領主への批判話へと移る前の、ただの前置きに過ぎなかった。
 
 だが中には、勇者に強い興味を抱いた者もいた。
 それこそ、覆面を被って夜中にこっそり偵察に来るくらいには。

―――――――――———————

「でけえな……これが領主の屋敷か」

 闇夜に紛れるための黒いポンチョ、顔半分を覆い隠す黒い仮面。
 そんな明らかに怪しい風貌の男は近くの屋根の上からこの街の領主の屋敷の様子を伺っていた。
 誰あろう、俺、葛西鷗外である。

「やっぱり、かなり警戒厳重だな」

 俺は屋敷の周りに立つ十数人の警備員を見て呟く。
 揃いの制服こそ着ているが県や杖を装備しているあたり見た目はガードマンというより冒険者に近い。
 
「魔法がある世界だからか屋根とか窓とかにも潜んでるっぽいし。結構えげつないことするなぁ」

 風魔法を使って探りを入れると、屋敷の影になっているところに何人か人が忍んでいるのがわかる。
 あれに気づかずに突っ込むと即座に取り押さえられるのだろう。
 いくら領主の屋敷と言っても過剰防衛すぎる。
 こんなのあからさまに大事なものがありますよってアピールしているようなものだ。

「せめて半分くらいの人数になってくれないと近づくのも無理だな。どうしたもんか……」

 と、予想外の警備体制に俺が頭を悩ませていると、

「葛西君……何、してるの?」

 突然背後から声をかけられ、俺はそれに思いっきりのけぞって驚きの声を上げた。

「浅海!? お前なんてここに!?」

 声をかけてきたのは俺の魔法の弟子にして最近は冒険者としてのパートナーでもある浅海奏だった。

「えっと、葛西君が宿を出て行くのが見えたから……その、どこ行くのかなぁって」
「結構気配消して出てきたはずだけどよく気づいたなおい……」

 こんなことをしているとバレたら何か言われそうなので、メアにすら寝るのを待ってから黙って出てきたというのに。
 
 というか今が屋敷を離れたところから観察している時でよかった。
 もう少し近づいていたら俺の叫びで完全にアウトだ。

「それで、何でそんな変な格好してるの?」

 純粋に疑問に思った、という澄んだ目を向けられて俺は言葉に詰まる。

「いや、実は……」

 ここまで見られたら隠す意味もないので、俺は正直に事の経緯を浅海に話した。
 すると、

「なんか怪盗みたい……楽しそう……!! あたしもやりたい……!」

 浅海は目をキラキラ輝かせていた。

「浅海お前あれだろ、コナンとか嵌ってた口だろ」

 テンションの上がり方が異様なので俺がそう突っ込むと、

「えっと……全キャラと全映画解るくらいには好きです……」

 予想通り、浅海は顔赤くして頷いた。
 女子というのは、何故か妙にコナンが好きな割合が多い気がする。
 俺はアニメのシリーズものと金曜ロードショーくらいでしかみないから、そこまで熱中する理由はよく分からないが。

「まあいいか。浅海なら俺と同じようなことも出来るだろうし」

 風魔法による移動強化と遮音が使えれば足手まといにはならない。
 むしろ戦力増強だ。最近つるんでいるおかげで連携もバッチリだしな。

「よし、それじゃお前は今からブラボー2だ。俺のことはブラボー1と呼べ」

 浅海のテンションに充てられて、なんだか俺も悪ノリしてしまう。

「ブラボー2了解!」

 普段は内気な浅海だが、今はぴしっと敬礼までしてそれに応えてくれた。
 そこに、目深に被ったフードの下からちらっと、はにかんだ笑みが覗く。

 それを見て、とくん、と俺の心臓が変な風に跳ねる。
 不覚にも可愛いと思わされてしまった。

 落ち着け、俺にはメアがいるんだ。
 ましてや浅海は仲間。ドキドキするのは良くない。

 その日は心臓を落ち着けるのに必死で、ろくな偵察が出来なかった。



***



 そうして、俺の新たな日常が始まった。
 
 朝起きて、女子たちのサポートに行く前のメアとちょっとイチャイチャして、日中は浅海と冒険者活動。夜は浅海と怪盗ごっこと称して領主の屋敷の情報をひたすら集める。そして偶に新しい情報がないかと、俺自身の勉強も兼ねて仁科のいる図書館に行く。
 というか浅海の割合がやたらと多いな。
 昼も夜も気付けば隣にいる気がする。
 
 そんな生活を1週間も続けた頃だった。
 
 その日も、いつものように宿屋に併設された酒場でみんな仲良く夕食を食べていた。
 そこに違和感は無く、むしろあちこちでにぎやかな談笑が起こり、いつも以上に雰囲気がいいとすら思えた。
 
 ――だがそれは、唐突に切り出された。

「あ、葛西。私たち明日にはこの宿出て行くから」

 俺の目の前で、今の今まで満足そうに食事をしていた石紅から、あまりにもあっさりと別れが告げられる。

「え、は? なんて?」
「だから! ここを出てみんなで新しく借りた家に引っ越すの!」
「だからとか言われても初耳なんだけど……」

 突然のことすぎて展開についていけない。

「いつまでも宿暮らしじゃ高くついちゃうしさ。ちょうど、運良くみんなで暮らせる物件が見つかったから」

 いやまあ、言っていることは理にかなっている。
 だが、

「せめて事前に一言くらい言おうよ……俺も男とはいえだって支度とかあるよ!?」
「いや葛西は引っ越さないけど」
「え?」

 なんかさらっと凄く酷いことを言われた気がする。

「だって葛西とメアさんはしばらくしたら旅立つんだし、それなら宿暮らしの方が色々便利でしょ?」
「いやまあそれはそうかもしれないけど……」

 ここまで二ヶ月近く一緒に暮らして来たのに、今更離れるというのは違和感しかない。

「それに二人は宿代くらい普通に払える稼ぎがあるわけだしね。引っ越すのは、あくまでこの先の生活の為に節約しないといけないからだから」

 ここに残る者と去る者。その線引きを、はっきりとされてしまった気がする。

「だけど……」

 俺は何かを言おうとして、言葉が続かなかった。
 いずれ別れは来る。
 今はただそれが早まっただけ。
 だから、俺が彼女たちに言える言葉は、言っていい言葉は、何もない。

 気付けば談笑は止まり、酒場を満たしていた温かな空気は消えていた。
 代わりにしんみりと寂しさに包まれる。
 きっとみんな、元々今日話をすると知っていたのだろう。 
 知っていたからこそ、最初は明るく振る舞おうとしていたのだ。

「まああれだ、住む場所は変わっても一緒に飯食ったり出来なくなるわけじゃないしな」

 重たい空気の中、俺はそんな言葉を絞り出すのが精一杯だった。



***


 女子たちは言った通りに翌日引っ越していった。
 宿屋には俺とメアだけが取り残される。
 俺は寂しさを覚えながらも、ようやく溜まりに溜まった欲望を発散できると思う自身の浅ましさに嫌悪感を覚えつつ、その日の夜を迎えた。

 ……だが、

「隣の部屋、埋まっちゃいましたね」

 宿屋の仕事は早く、女子たちが出て行ったその日には次の客が両隣の部屋を埋めていた。
 落胆する俺に、メアが私たちももう少し防音がしっかりした宿屋に引っ越しましょうか、なんて話をしながらその日は就寝。

 そしてメアが寝たのを確認すると、俺はいつも通りに部屋を抜け出して領主の屋敷へと向かう。
 今日くらいはサボってもいいかと思ったが、いつも起きているせいか上手く寝付けなかった。

 昨日の今日で顔を合わせづらいのか、引っ越しで忙しくしているのか、浅海は現れなかった。

 仕方がないので俺は一人で領主の屋敷を見張る。
 概ね代わり映えはしないが、最近警備の人数が少しだけ減った。
 俺が見張っていたこの一週間、襲撃どころか俺たち以外の誰かが屋敷を狙っている素振りすら見られなかった。 
 なので、彼らも警戒を緩めたのだろう。
 ほんの少しではあるが、これで俺も動きやすくなった。

 ……そろそろ行動に出るべきだろうか。
 そんなことを、いつもの屋根の上で考えている時だった。

「——貴様も、勇者の遺品を狙っているのか?」

 突然俺を囲むように、全身黒いポンチョで覆った4つの人影が現れる。
 辛うじてシルエットから全員女だと分かるが、問う声はボイスチェンジャーでも噛ませているのかと思うほど、低くてぼやけている。

「まあ、そんなところだ。なんだおたく、同業者か?」

 俺は内心跳び上がりそうな程驚いていたが、浅海のおかげで耐性がついていたのと、ここで驚いては舐められると思ったのもあり、必死に平静を装ってそう聞き返した。

 ――だが、次の瞬間。

 俺の足先を黒塗りのナイフが貫いた。
 
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