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第3章 勇者の足跡とそれぞれの門出

第45話 強くなるために②

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「浅海……どうしてここに?」

 背後にいたのは、俺の魔王の弟子である浅海奏だった。
 最も、実力的には既に師匠である俺の事を超えているかもしれないが。

「えっと、その、私も、冒険者登録したくて……」

 浅海は相変わらずたどたどしい喋り方で俺の質問に答える。

「いや、石紅たちと就職活動してたんじゃないのか?」
「一応やってたんだけど、何とか仕事が見つかっても殆ど接客業で……石紅さんには『奏ちゃんにできる仕事はしばらく見つからないかなぁ』、って苦笑いされて、そしたらメアさんが『奏なら冒険者でも十分やっているんじゃないですか?』って言ってくれて……」

 道中挟んだ二人のモノマネが異様に上手くて若干話が入って来なかったが、要するに過酷な異世界には陰キャコミュ障の働き口はなかった、という事なのだろう。

 まあ俺に対してもいまだにキョドってるしなぁ……
 魔法の才能はすごいし、下手に他の仕事をするくらいなら冒険者の方が余程合っているだろう。
 というか、戦い以外出来ないという浅海の置かれた立場が自分に重なってなんだか切ない気持ちになってくる。
 俺も少し前まで対人恐怖症気味の引きこもりだったわけだし。

「そうか……よし分かった、うん。浅海、俺と一緒に冒険者をやろう」

 俺は彼女の方にポンと手を置いて、深く頷く。
 同じあぶれ物同士、俺たちは仲間だ。

「葛西君……いいの……?」

 浅海が感動した様子で上目遣いに聞いてくる。
 そんな彼女は小動物のように可愛くて、俺は低いところにある彼女のわしゃわしゃと撫でる。

「すみません、彼女の分も登録お願いできますか」

 そして、狼の受付嬢さんの方に向き直りそう頼んだのだった。


***
 

 その後俺たちは、受付嬢さんの進められた討伐依頼を受けた。
 内容はフレイムウルフの討伐。その名の通り背中に燃える炎を宿した狼の魔物の討伐である。
 狼系の獣人である彼女からそれを勧められたのは若干戸惑ったが、魔物と獣人の線引きははっきりしているらしく本人は気にしていなかった。
 依頼のランクはD。基本的には自分のランクの2つ上の依頼まで受けられるらしい。
 ただしAランクの依頼はBランクから、Sランクの依頼は特殊で、Sランク、もしくはAランクのみでパーティーを組んでいる場合にのみ受けられるそうな。 

 ちなみにこの世界の冒険者ランクシステムはFからSまでのランク制。
 依頼をこなすごとにさっき作った冒険者カードにポイントが溜まっていき、一定のポイントになると上のランクへと昇格できる。
 システム的にはFPSのランク戦と同じようなものだ。
 というか見た目といいシステムといい、完全に冒険者カードはポイントカードにしか見えなくなってきた。
 一応C級以上への昇格にはその都度昇格試験があるらしいが、まだ考えなくてもいいだろう。

 依頼自体はあっさりと終わった。
 というか瞬殺だった。
 昨日のAランクの魔物が異常だっただけで、風の刃が通る相手なら俺と浅海の障害にはなりえないのだ。

 俺たちがすぐに町に戻って依頼完了の報告をすると、狼の受付嬢さんはとても驚いていた。まあ無理もない。登録したての冒険者が格上の依頼を、それも移動強化を使っているからめちゃくちゃ早く終わらせてきたのだ。
 
 そのまま距離が近くてポイントが高い依頼をいくつか見繕ってもらい、俺と浅海はそれをひたすらこなした。
 おかげで日が暮れる頃には冒険者ランクがEに上がっていた。
 1日で昇格するというのは、稀なことらしく、優秀な人材が入ってきたと受付嬢さんは喜んでいた。

 だが、結局5件ほどDランク依頼をこなしたが、報酬は合計で金貨1枚と銀貨4枚。
 とてもじゃないが稼ぎがいいとは言えない。
 もちろん今後昇格して行くだろうが、このペースでは黒王の秘水晶を買うのに3年以上もかかってしまう。
 必要なポイントも今後累進課税的に上がっていくだろう。
 改めてメアのAランクという凄さがよくわかる。

 もっと早朝からひたすら依頼を回してもいいんだろうが、目的を忘れてはいけない。
 あくまで俺の目的は行為冒険者になることではなく、ラストダンジョン攻略のための強さを手に入れることだ。
 冒険者というのはそのための金稼ぎの手段でしかない。

 もっと他に何か効率的に金を稼ぐ、あるいは強さを得る手段がないだろうか……

 考えてもいい手は浮かばなくて、それから1週間ほど浅海とひたすら冒険者依頼を受け続けた。
 ランクもDに上がり、昇格試験さえ受ければCランクにもなれるところまで来ている。

 のだが、今日は一旦冒険者活動はお休みだ。
 浅海が何やら用事があるらしく、朝からメアたちと共にどこかへ出かけて行ってしまったのだ。

 なので俺は、この機を利用して一つ調べものをすることにした。

 商業区から離れて、何やら高級そうな邸宅が並んだ先にある、むき出しの柱とかが立ち並んだやたらと威圧感のある建物の前にやって来た。
 ここは、この街唯一の図書館である。

 中に入ると、古い紙の匂いが鼻いっぱい広がる。
 別に学生時代図書館に入り浸っていたわけではないが、謎の懐かしさがあるな。

「さて、来てみたはいいもの……うん、さっぱり何もわからん」

 どこを見ても、何が書いてあるのかすらわからないこの世界の言語で溢れている。
 一応メアに頼んで、翻訳表のようなものは作ってもらったが、まだそれなしで読めるほど理解できていない。
 唯一、ハングルに似ているだけあって漢字やカタカナのように複数種類の文字を組み合わせているわけではないのが救いだ。
 口語は同じなので、こうして表を作ってもらえば辞書を引いて外国語を読むように読むだけならなんとかなる。

「とりあえず何か一冊読んでみるか」

 俺はそう思って、とりあえず入り口近くの目立つ棚に表紙が見えるようにしておかれた本を手に取る。
 この置かれ方をしてるんだから、多分人気の本だろう。

「えっと……? なんだこれ、おいしい家庭料理の作り方……? なんでレシピ本じゃねえか」

 この世界、写真の技術はないようだが、明らかにピザと思われる挿絵が載っている。
 いくら文字を読む練習とはいえ料理のレシピを見てもしょうがないだろう。

「せめて何か歴史書みたいなものがあればいいんだが……誰かに聞いてみるか」

 俺はそう思って、司書さんを探すために歩き回っていると

「あ、葛西さん!」

 突然、俺の見知った人物が本棚の隙間から出てきた。

「仁科……ここで何してるんだ?」
「えっと……なんというか、私も出来る仕事が中々見つからなくて……とりあえずやることもないので最近はこの図書館に通っているんです」

 どうやら石紅は問題児は後回しにする方針に決めたらしい。
 理にかなったやり方だとは思うが、後回しにされた者はちょっぴり不憫だ。

「毎日って、お前本読めるのか?」
「一応それなりに。音声言語は同じなので、メアさんに読み方を教えてもらって読めるようになりました。ここにある本も、だいたい半分ぐらいはもう読んだと思います」

 どうやら彼女も俺と同じことをやっていたらしい。
 だがそれにしても……

「半分って、どんなペースで読んでたらそうなるんだ」

 いくら音声言語が同じとはいえ初見の言語でその速読は異常だ。
 ななめ読みとか言っても限度があるだろう。

「本を読むことだけが、私の唯一の取柄ですから」

 少し照れくさそうに仁科は笑う。

「詳しいならちょうどいい。この世界の歴史書みたいなものがどこにあるかわかるか? できれば、勇者についての記述があると嬉しいんだが」

 そう、俺が今日ここに来たのはただ勉強する為ではない。
 勇者について調べるためだ。

 かつてこの世界にいたという勇者。この街の結界を作った勇者。
 そいつは、ラストダンジョンを一度攻略しているのだ。
 その足跡にこそ、最も大きなヒントが隠されている。
 もはやラストダンジョンの攻略本といっても過言ではない。

「勇者……」

 俺がそう尋ねると仁科は複雑そうな顔をして俯いた。

「どうしたんだ?」
「それがですね……私も調べたんですが、歴史書のようなものはいくつもあるのに、勇者についての記述があるものがほとんどないんです。あってもこの町の結果を作った、という短い記述があるだけでして……」
「それはどういうことだ? この街は勇者の決壊の恩恵を受けて発展したんだろう? なら、恩人の偉業を残すのは当然に思えるが」

 この街に対してだけではない。
 何をしたのかは詳しく知らないが、勇者というのだからきっと世界を救ったのだろう。
 いくら何百年も前のこととはいえそんな英雄の記述が全くないのはおかしい。

「例えば童話になっているとか、歴史書という形ではなくて物語として残っているとか、そういう感じではないのか?」
「そのあたりも、全て確認したわけではありませんが、主要な本棚にはその手の本は一切ありませんでした」

 マジか。
 ここに来てあてが外れてしまった。

「まあ文明化してない世界だし、何百年も前の話が残ってる方が難しいのかもしれないが……」

 こればっかりはしょうがないと、俺は諦めを口にする。

「いえ、勇者の記述以外はむしろかなり鮮明に過去の出来事は残されています。妙なんですよね。まるで、意図的に勇者の足跡だけを消し去ったかのような不自然さがあって……」

 
 すると仁科はブツブツと考え込んで1人の世界に入り込んでしまった。
 言っていた内容は気になるが……こいつはこうなると長いタイプだ。
 考えがまとまった頃にまた来る方がいい気がする。

「とにかく勇者のことで何か分かったら教えてくれ」

 なので俺はそう言い残し、適当に本を1冊借りて図書館を去ることにした。
 すると去り際、

「——ひとつだけ。本で得た知識ではありませんが、勇者について知っていることがあります。どうやらこの町の領主の屋敷に、勇者の遺品が保管されている、という話を図書館の利用者が話しているの聞きました。何かの役に立てば……」
「勇者の遺品か……分かった、ありがとうな」

 俺は礼を言って今度こそ図書館を後にする。

「領主の屋敷かぁ……この世界、覆面とか売ってるのかな」

 俺は呟いて一つ、覚悟を固める事にした。
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