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第3章 勇者の足跡とそれぞれの門出
第44話 強くなるために①
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翌朝、目を覚ますと太陽が真上に登っていた。
時刻はちょうど正午である。
「ちょっと寝すぎだな……ていうかメアもいないし」
婚約者なので当然というか、俺とメアは同室だった。
だが、寝過ごしたのは昨晩はりきりすぎたから、というわけではない。
この宿、安いから仕方ないのだろうが壁が薄すぎて隣室の音が鮮明に聞こえて来るのだ。
団体で借り上げているから当然両隣は女子の誰かだし、せっかく手に入れたプライベート空間のはずが、結局俺はまだお預けされたままだった。
「ま、その分久々のベッドは満喫できたが」
思えば異世界に来てからまともな環境で寝たのはこれが初めてなのだ。
連日移動し続けた疲れもあるし、寝過ごしてしまうのも仕方ないだろう。
起き上がると、ベッドサイドのテーブルに書き置きがあった。
―――――――――
ねぼすけの葛西へ
文字が読めないのでメアさんを借りていきます。
葛西は特にして欲しい事もないから好きにしてていいよ。
でも夜ご飯までには帰ってきてみんなと食べること!
―――――――――
日本語のやたらと綺麗な字で書かれたノートの切れ端。
差出人はないが、口調からして石紅が書いたものだ。
多分、メアが代筆を頼んだのだろう。
「……とりあえず、朝飯食うか」
ぼやきながら、俺は宿の外へと出る。
当然というか、宿屋の朝食は終わっていたので外で食べる所を探さなくてはならない。
昨日の報酬から生活費を抜いた余りをみんなで分けてお小遣いにしたので、食事をする金くらいは持っている。
因みに今日はポンチョは無しで、村で買った麻布の異世界服姿だ。
その辺をぶらつくなら、むしろポンチョがある方が目立ちそうだし。
宿屋の近くによさげなカフェがあったので、そこでミートソーススパゲティを注文する。
久々の麺類はめちゃくちゃ美味かった。
今は、食後のコーヒーを優雅に楽しんでいる。
「好きにしてていいと言われても……どうするかなぁ」
書き置きの内容を思い出し、俺は一人でぼやく。
ぶっちゃけしばらくはみんなの就活を手伝うつもりだったので特に何をするかは考えてなかった。
だがそれも、昨日の感じからして俺には手伝わせてくれないだろう。
俺的にはそこまで気にして欲しくないのだが、どうやら彼女たちは俺にやたらと恩義を感じているらしい。
それに、よく考えれば手伝うといっても荒事以外で俺が役に立てるとも思えなかった。
先んじて魔法を会得したという以外、俺なんて所詮はちょっとファンタジーに詳しいだけの引きこもりニート。無双できる程の専門知識を持っているわけでもない。
「そうなるとやっぱ、ラスダン攻略の為に時間を使うべきか」
何をしようかと考えてはいなかった。
けれど、何をすべきかはずっとはっきりしていた。
——強くならなくてはならない。
ラストダンジョンを攻略して、メアと末永く幸せに生きていくために。
女子たちの安全が確保された以上、俺も俺の為に動き始めるべきだ。
何より、
「正直、昨日A級の魔物と戦ってみて解った。これ多分俺が強くなるだけじゃダメだ」
まだまだ魔法の伸びしろはあると思うし、剣だって振り始めたばかり。
一月も練習すれば昨日の蛇やモグラくらいなら瞬殺出来るくらいにはなれるかもしれない。
だが、例えば今後魔法を無効化する敵が出てきたら?
あるいは初見殺しで回避不能の魔物や罠に遭遇したら?
俺一人なら失敗したと思って甘んじて死も受け入れられよう。
だが、死地にはメアと共に向かうのだ。
故に、今の俺にはどんなことをしてでもメアを守り抜く必要がある。
「俺が強くなるのは当然として、もっと違う角度……魔道具とか、魔物やダンジョンの知識とか。そういう事前準備の方をむしろ一番しっかりやるべきだな」
修司たちを殺して女子たちを守った。
それで少しは自信がついたが、それでも根本的に俺は俺を信用していない。
真に信頼を寄せるところは、自分の能力以外のところに置いておきたい。
それに魔道具ならこの世界の魔法を学べない、という異世界組の魔法が持つデメリットも関係ないだろうしな。
というわけで、とりあえず魔道具にどんなものがあるのかを確かめることにする。
露店で掘り出し物を探すのには憧れるが、こちらは異世界初心者なので大人しくしっかりした外観のお店へ。
物腰柔らかな店員さんに話を聞くと、幾つかお目当ての魔道具は見つかった。
例えば、
・風切りのリング —— 風属性の攻撃の威力に上昇補正。お値段金貨150枚。
・癒しの手巾 —— 患部に巻き付けることで初歩的な治癒魔法が発動。お値段金貨200枚。
・黒王の秘水晶 —— 致命的な一撃を受けた際、所有者の身を守る。一度使うと砕ける。お値段驚異の金貨1000枚。
この辺りは持っておいて損はないように思える。
特に黒王の秘水晶はラスダン攻略をするなら複数個どころかカートン買いしたいレベルの神アイテムだ。
まあ、みんな金で買える安全は欲しいのか値段は恐ろしく高いが。
昨日のボスラッシュを一月続けてようやく1個買える金額である。
「うん、よく分かった。これはあれだ、兎にも角にもまずは金だな」
どこの世界でも結局世の中金。実にシンプルな理論だ。
ということで、俺は昨日メアときた白亜のでかい建物、冒険者ギルドへとやって来た。
「本日はどのような御用でしょうか?」
受付で俺を出迎えてくれたのは狼っぽいもふもふの耳をした女性だ。
目の前でピコピコと揺れ動く耳をもふりたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。
今そんなことをしたらたちまち犯罪者になってしまう。
「冒険者登録をお願いします」
俺が言うと、狼の受付嬢は弾けるような笑みを浮かべて、
「では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」
と言ってきた。
だが、俺が文字が書けないことを説明すると、「そういう方もいらっしゃいますから大丈夫です」と変わらない笑顔で代筆をしてくれる。
用紙には大したことは書かなかった。
出身と名前、性別、年齢、それから職業と簡単な過去の経歴くらいである。
変な水晶に手をかさして能力が強制的にばれるみたいなイベントも特にはなかった。
後は、せいぜい登録料が銀貨2枚とられただけ。
朝食の分と合わせて、これで俺の所持金はほとんどゼロになった。
用紙を書き終えてしばらく待っていると、受付嬢が奥から何やらプラスチックのようなもので作られたカードを持ってきた。
俺はそれに言われるがまま針で指先をさして、血を垂らす。
こうすることで、他人には使えなくなるらしい。
そこはありがちな設定なのに、なぜ素材が学生証みたいなやつなのかは謎である。
「これで登録完了です。最初Fランクからになります。もし今から依頼を受けられるようでしたら、適当なものを見繕いますが」
狼の受付嬢さんは、登録が終わった俺に親切にもそう提案してくれる。
「ではすみませんがお願いします。ソロで受けられる範囲の中で、一番報酬が良い討伐依頼を教えてください」
「討伐依頼……お一人で、ですか?」
別におかしなことを言ったつもりはないが、受付嬢さんからは訝しげな視線が返って来た。
「何か問題がありますか?」
「いえ、規則上の問題は何もありませんが……」
受付嬢の目が、何故か明後日の方向向いている。
さっきから、一体何だというのだろうか。
「その、後ろの方はカサイ様のお連れ様では無いのですか?」
困惑した顔で言われて、俺は慌てて後ろ振り返る。
するとそこには、受付嬢とやりとりをする俺をどう話しかけたら分からずにそわそわしながらひたすら見つめ続ける、浅海奏の姿があった。
時刻はちょうど正午である。
「ちょっと寝すぎだな……ていうかメアもいないし」
婚約者なので当然というか、俺とメアは同室だった。
だが、寝過ごしたのは昨晩はりきりすぎたから、というわけではない。
この宿、安いから仕方ないのだろうが壁が薄すぎて隣室の音が鮮明に聞こえて来るのだ。
団体で借り上げているから当然両隣は女子の誰かだし、せっかく手に入れたプライベート空間のはずが、結局俺はまだお預けされたままだった。
「ま、その分久々のベッドは満喫できたが」
思えば異世界に来てからまともな環境で寝たのはこれが初めてなのだ。
連日移動し続けた疲れもあるし、寝過ごしてしまうのも仕方ないだろう。
起き上がると、ベッドサイドのテーブルに書き置きがあった。
―――――――――
ねぼすけの葛西へ
文字が読めないのでメアさんを借りていきます。
葛西は特にして欲しい事もないから好きにしてていいよ。
でも夜ご飯までには帰ってきてみんなと食べること!
―――――――――
日本語のやたらと綺麗な字で書かれたノートの切れ端。
差出人はないが、口調からして石紅が書いたものだ。
多分、メアが代筆を頼んだのだろう。
「……とりあえず、朝飯食うか」
ぼやきながら、俺は宿の外へと出る。
当然というか、宿屋の朝食は終わっていたので外で食べる所を探さなくてはならない。
昨日の報酬から生活費を抜いた余りをみんなで分けてお小遣いにしたので、食事をする金くらいは持っている。
因みに今日はポンチョは無しで、村で買った麻布の異世界服姿だ。
その辺をぶらつくなら、むしろポンチョがある方が目立ちそうだし。
宿屋の近くによさげなカフェがあったので、そこでミートソーススパゲティを注文する。
久々の麺類はめちゃくちゃ美味かった。
今は、食後のコーヒーを優雅に楽しんでいる。
「好きにしてていいと言われても……どうするかなぁ」
書き置きの内容を思い出し、俺は一人でぼやく。
ぶっちゃけしばらくはみんなの就活を手伝うつもりだったので特に何をするかは考えてなかった。
だがそれも、昨日の感じからして俺には手伝わせてくれないだろう。
俺的にはそこまで気にして欲しくないのだが、どうやら彼女たちは俺にやたらと恩義を感じているらしい。
それに、よく考えれば手伝うといっても荒事以外で俺が役に立てるとも思えなかった。
先んじて魔法を会得したという以外、俺なんて所詮はちょっとファンタジーに詳しいだけの引きこもりニート。無双できる程の専門知識を持っているわけでもない。
「そうなるとやっぱ、ラスダン攻略の為に時間を使うべきか」
何をしようかと考えてはいなかった。
けれど、何をすべきかはずっとはっきりしていた。
——強くならなくてはならない。
ラストダンジョンを攻略して、メアと末永く幸せに生きていくために。
女子たちの安全が確保された以上、俺も俺の為に動き始めるべきだ。
何より、
「正直、昨日A級の魔物と戦ってみて解った。これ多分俺が強くなるだけじゃダメだ」
まだまだ魔法の伸びしろはあると思うし、剣だって振り始めたばかり。
一月も練習すれば昨日の蛇やモグラくらいなら瞬殺出来るくらいにはなれるかもしれない。
だが、例えば今後魔法を無効化する敵が出てきたら?
あるいは初見殺しで回避不能の魔物や罠に遭遇したら?
俺一人なら失敗したと思って甘んじて死も受け入れられよう。
だが、死地にはメアと共に向かうのだ。
故に、今の俺にはどんなことをしてでもメアを守り抜く必要がある。
「俺が強くなるのは当然として、もっと違う角度……魔道具とか、魔物やダンジョンの知識とか。そういう事前準備の方をむしろ一番しっかりやるべきだな」
修司たちを殺して女子たちを守った。
それで少しは自信がついたが、それでも根本的に俺は俺を信用していない。
真に信頼を寄せるところは、自分の能力以外のところに置いておきたい。
それに魔道具ならこの世界の魔法を学べない、という異世界組の魔法が持つデメリットも関係ないだろうしな。
というわけで、とりあえず魔道具にどんなものがあるのかを確かめることにする。
露店で掘り出し物を探すのには憧れるが、こちらは異世界初心者なので大人しくしっかりした外観のお店へ。
物腰柔らかな店員さんに話を聞くと、幾つかお目当ての魔道具は見つかった。
例えば、
・風切りのリング —— 風属性の攻撃の威力に上昇補正。お値段金貨150枚。
・癒しの手巾 —— 患部に巻き付けることで初歩的な治癒魔法が発動。お値段金貨200枚。
・黒王の秘水晶 —— 致命的な一撃を受けた際、所有者の身を守る。一度使うと砕ける。お値段驚異の金貨1000枚。
この辺りは持っておいて損はないように思える。
特に黒王の秘水晶はラスダン攻略をするなら複数個どころかカートン買いしたいレベルの神アイテムだ。
まあ、みんな金で買える安全は欲しいのか値段は恐ろしく高いが。
昨日のボスラッシュを一月続けてようやく1個買える金額である。
「うん、よく分かった。これはあれだ、兎にも角にもまずは金だな」
どこの世界でも結局世の中金。実にシンプルな理論だ。
ということで、俺は昨日メアときた白亜のでかい建物、冒険者ギルドへとやって来た。
「本日はどのような御用でしょうか?」
受付で俺を出迎えてくれたのは狼っぽいもふもふの耳をした女性だ。
目の前でピコピコと揺れ動く耳をもふりたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。
今そんなことをしたらたちまち犯罪者になってしまう。
「冒険者登録をお願いします」
俺が言うと、狼の受付嬢は弾けるような笑みを浮かべて、
「では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」
と言ってきた。
だが、俺が文字が書けないことを説明すると、「そういう方もいらっしゃいますから大丈夫です」と変わらない笑顔で代筆をしてくれる。
用紙には大したことは書かなかった。
出身と名前、性別、年齢、それから職業と簡単な過去の経歴くらいである。
変な水晶に手をかさして能力が強制的にばれるみたいなイベントも特にはなかった。
後は、せいぜい登録料が銀貨2枚とられただけ。
朝食の分と合わせて、これで俺の所持金はほとんどゼロになった。
用紙を書き終えてしばらく待っていると、受付嬢が奥から何やらプラスチックのようなもので作られたカードを持ってきた。
俺はそれに言われるがまま針で指先をさして、血を垂らす。
こうすることで、他人には使えなくなるらしい。
そこはありがちな設定なのに、なぜ素材が学生証みたいなやつなのかは謎である。
「これで登録完了です。最初Fランクからになります。もし今から依頼を受けられるようでしたら、適当なものを見繕いますが」
狼の受付嬢さんは、登録が終わった俺に親切にもそう提案してくれる。
「ではすみませんがお願いします。ソロで受けられる範囲の中で、一番報酬が良い討伐依頼を教えてください」
「討伐依頼……お一人で、ですか?」
別におかしなことを言ったつもりはないが、受付嬢さんからは訝しげな視線が返って来た。
「何か問題がありますか?」
「いえ、規則上の問題は何もありませんが……」
受付嬢の目が、何故か明後日の方向向いている。
さっきから、一体何だというのだろうか。
「その、後ろの方はカサイ様のお連れ様では無いのですか?」
困惑した顔で言われて、俺は慌てて後ろ振り返る。
するとそこには、受付嬢とやりとりをする俺をどう話しかけたら分からずにそわそわしながらひたすら見つめ続ける、浅海奏の姿があった。
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