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二章 復讐と集団転移編

第30話 親友と真実②

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「さて、これで形成逆転だね」

 修司は勝ち誇ったような笑みを俺に向けてくる。
 
 クソ、さっきの部下達を行かせたのはこの為か。
 大方、非常時の対応を事前に決めていたのだろう。

「今ここで僕を殺せば綾小路たちが黙っていない。ほら、その物騒な魔力を早くどこかにやりなよ」
「……これが、そんな脅しで止まる程半端な怒りに見えるかよ」

 自分のものとは思えない飢えた野獣のような低い声が、腹の奥から出てくる。
 はらわたが煮えくり返るとは、こういうことを言うのだろう。

「へえ、この人数相手に勝算があるのか……君たちがそこまで強いとは、少し意外だったよ」

 だが、修司は俺と違って冷静だった。
 怒りを煽り、虎視眈々と俺の失言を狙っていたのだ。

 クソ、怒りで殺意が固まったのはいいが、それを逆手に取られちゃ訳がねえ。
 とはいえ、そういうことをされる程余計に腹が立ってくる。

「けど、僕だって保険くらいはかけてあるさ。——半分だ。僕らがこの場から戻らなければ、拠点にいる女子の半分を無作為に殺す。残ってる連中にはそう言いつけてある」
「はっ、これから奴隷にしようって奴らを殺してもお前らにはデメリットしかないだろうが。大体、石紅がこっちにいる以上俺とは面識がない奴らだ。そんな脅し、俺が飲む理由がない」

 はったりだ。そんなことをしてもこいつらに得はない。
 頭ではそう理解している。
 だが実際は、奴らの言う女子たちには浅海たちも含まれている。俺はもう、彼女たちを知らない相手とはいえない。

 それに、

「葛西……」

 後ろにいた石紅が怯えた目で俺を見つめている。 

 ……俺には面識がなくても、石紅にはあるだろうってか。
 こいつら、まさかここまで考えて石紅を引き渡したのか?
 石紅を通して間接的に俺と関わりを持たせることで、女子たちを人質に出来るようにと。
 ナナと石紅をあっさり手放したのも、この脅しの信ぴょう性を上げる為か。

「……クソが」

 俺は悪態を吐きつつ、可視化出来る程に練り上げた魔力を霧散させた。

「そうしてくれると思ったよ。君、他人にはそこまで関心がないけど、一度懐に入れたらとことん情に厚いタイプだからね。そんな君だし、大方、僕が高校時代何をしてたのかにも気付いてないんだろう? ま、七海ちゃんの事だってこうして聞きに来たくらいだもんね」
「……何、言ってやがる」
「あっはは、本当に気付いてなかったんだ。——君は、本当に馬鹿だな」

 ふっ、嘲るような笑みを向けてくる修司。
 なんだろう、胸の奥がざわざわする。
 これ以上は聞くべきではないと、本能が訴えている。

「君多分、本気で自分がイケメンじゃないからモテないって思ってるだろ? まあ確かにイケメンではないけどさ。それでも、それなりに仲のいい女子はいたはずだ。野球部の後輩マネージャーとか、部活終わりによく話してた美術部のオタクの子とか。そこの石紅ちゃんだって、かなり仲はいいみたいじゃないか」

 ……確かに、いた。
 当時は、彼女たちは趣味が合ったり一緒に過ごす時間が長かったりと、理由があるから仲良くしてくれるんだと思っていたが。
 今になって思い返してみると、いい雰囲気になった場面もあったように思う。
 
 だが、あいつらは……

「けど、その子たちはどっちもある日突然素っ気なくなって、そのまま疎遠になった。そのことを、おかしいとは思わなかったのかい?」
「……てめえ、まさか」
「そ。どっちも僕が脅したり、単純に篭絡したりして君から引き離した。大した女じゃなかったから、どっちもしばらくしたら捨てちゃったけど」
「……てめえは、なんなんだよ。一体何がしたい! ナナのことといい、あいつらのことといい、一体なんの恨みがあって俺の周りをブチ壊しやがる!」

 俺と修司の関係は至って良好だったはずだ。
 喧嘩なんて些細なことでしかしたことがないし、当然恨まれるようなこともした覚えがない。

「そんなの、君が僕の親友だからに決まってるじゃないか」
「……は?」
 
 思いもよらない答えに、俺の口から間の抜けた声が漏れた。

「君が僕の一番の友だからこそ、僕は君を手の届くところで管理していたい。君の欲しいものは僕も欲しくなるし、君が要らなくなったら要らなくなる。その為にも、君にはなるべく不幸で、孤独で貰わないと困るんだよ」

 確実に頭がおかしいことを言っている。
 なのにこいつは、表情を変えないどころか満面の笑みを浮かべている。

 ——気持ち悪い。
 怒りや殺意すらも超えて、俺はただひたすら、目の前の錦戸修司という男を気持ち悪いと、そう思った。

「あー、しかし滑稽だね。これだけのことをされたのに、君は僕に手を出せない。状況がそれを許さないもんね」

 そんな風に嘲られても尚、俺は目の前のもはや人と呼んでいいのか分からない化け物に対してかける言葉が見つからず呆然としてしまう。
 
 その時だった。

 俺の隣でバチっと、強烈な電撃が立ち昇る。
 怒りで顔を真っ赤に染めたメアが、無意識に魔力を形作っていた。

「随分とまあ身勝手な理由で私の愛する人を傷つけてくれたものですね。なんですか男色ですか気色悪い。というか、そこまでしたからには殺されても文句はないでしょうね?」
「あれ、話聞いてなかった? 僕らを殺したら、拠点の女の子たちが死んじゃうよ? 後、僕は普通に女の子が好きだよ」
「はっ、どうだか。あなた方をぶっ殺してから、すぐ助けに向かえば間に合うんじゃないですか?」

 メアは自信たっぷりに雷を指先に集めていく。
 確かに、エルフであるメアならこいつらの想定よりも早く拠点に辿り着けるかもしれない。

 だが、

「僕らの仲間に一人、やたらと夜目が利くのがいてさ。拠点近くの木の上から、今もこっちを見ているんだ。残念だけど、どれだけ急いでも間に合わないと思うよ?」

 メアが驚いたように彼方に目を向ける。
 彼女にはそれが本当だと感じ取れたのだろう。
 大きく舌打ちをして、魔力を納めた。

「それよりちょうどよかった。君に話が合ったんだよ」
 
 そのまま修司の興味が俺からメアへと移った。
 なんだろう、物凄く嫌な予感がする。

「取引をしないか? メアさん、だったかな。君が僕のものになってくれたら、拠点の女の子たちは全員解放してあげるよ。君一人が犠牲になれば20人以上を救える。悪い話じゃないと思うんだけど」

 ……そう、くるか。
 いや、修司の目的が俺にあるなら、俺の一番大事なものを要求してくるのは当然と言えるだろう。
 
 まあでも、

「は? 何言ってんの? 無理に決まってんだろ。そんなの俺の親兄弟連れて来ても釣り合わねえよ。というか人類絶滅するとしてもメアは渡さん」

 こればっかりは何と言われようが譲れない。
 断れば女子たちを殺すと言われたら、その時は諦めよう。
 メアに関しては交渉の天秤にすら乗る事はない。

 そう、俺が一蹴すると、

「……君、そんな奴だったか? 僕の知ってる君なら、せめて迷うくらいはした気がするけど」

 修司は面食らったようにたじろいでいた。

「男子三日会わざれば刮目して見よって言うだろ。むしろ二年も会ってないのに俺の何を知ってる気でいたんだよ。……ま、変えられたんだとしたら大体全部メアの手で、だと思うけども」
 
 俺はメアの肩を抱き、あからさまにのろけてやる。
 残念だったな。お前がどれだけ俺を不幸にしようとしたんだか知らないが、俺は今めちゃくちゃ幸せなんだよ。

 俺が自慢するようにどや顔を向けると、修司は血走った目でこちらを睨みつけている。

「なんだよそれ……面白くない」

 やがて失望に染まったような顔をすると、ため息を一つ吐いて、

「あー、もういいや。なんかもう、君のことどうでもよく思えて来ちゃった。帰ろうか、綾小路」
 
 修司はそれまでの執着が嘘のように踵を返し、歩き出す。
 だが少しして振り返って、

「別にいいさ、今の僕は転移者たちの支配者だ。もう、君なんて必要ない。じゃあね鷗外、もう二度と会うこともないだろう」

 吐き捨てるようにそう言い残して、修司含め男たちは全員この場去って行った。

「なんだあいつ。癇癪起こしたガキかよ」
 
 最後は拍子抜けってくらいあっけなく帰って行ったな。
 いやまあどんだけ粘られてもメアを渡すつもりはないし、強行してきたら浅海たちを切り捨てることになっても全員殺したけど。

 それより、

「……怒りの、やり場がねえ」

 どんな態度を取ってこようが、修司をぶち殺したい衝動は全く消えてくれない。
 今すぐにでも追いかけて惨殺したいが、

「あの人の場合、オウガイさんが執着して殺しに行ったら逆に喜びそうですけど……」

 メアが残念なものを見る目をして、ため息を吐いている。

「ねえ、二人の間に何があったのかはまだよく分かってないけどさ。あのままじゃ錦戸さん、その、葛西にぶつけられなかった分の気持ちを、あの子たちにぶつけちゃうんじゃ……」

 石紅が戸惑いつつも、不安そうな顔で聞いて来る。
 確かに、その可能性は高いかもしれない。
 修司は意外と衝動で動くタイプだ。放課後に突然本場の佐野ラーメンが食べたい、とか言い出して電車で3時間かけて栃木まで付き合わされたこともある。
  
 どうせなら、あいつがそうして気持ちを発散する前に一泡吹かせてやりたい。
 そうだ。ただ殺すよりも、いっそ――

「今夜だ。……脱出計画は今夜、決行する」
 
 今度は俺が、あいつの欲しがっているものを奪ってやる。
 殺すのは、あいつに俺と同じ絶望を味わわせてからだ。

 俺は新たにそう固く決意した。
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