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第32話 最後の究極の選択
しおりを挟む「そんなに睨まないでくださいよ、カズミさま。」
僕たちはテーブルの席についていて、グロリアさんはカレーライスによく似た食べ物をつつきながら僕にひたすら微笑みかけてきた。僕は早く医務室に戻りたかったけど、はっきりさせておきたいことがあった。
「グロリアさん、ひどいよ。最初からあの商会の大金庫が目的だったの?」
「う~ん、ここ、意外とおいしいですねえ。はい、そうですよ。」
僕は彼女のかわいすぎる笑顔にはだまされないようにと自分に言い聞かせながら、さらに相手を問いつめることにした。
「グロリアさんが僕たちを助けてくれたの?」
「え? なんのお話ですか?」
「だって、一本橋でグロリアさんはわざわざヒントをくれたじゃないか。下に突き落とせって。それに、魔薬の効果ってあんな一斉に切れるものなの?」
グロリアさんはもぐもぐしながら目を見開いて僕を見ていたけど、次にニヤニヤし始めた。
「カズミさまはやっぱり、ただのよわむしさんではなかったんですねえ。」
「グロリアさん!」
僕にはもうひとつだけ、どうしても確かめたいことがあった。もしそうなら、絶対に彼女をゆるすことはできないからだ。
「君はガンザさんを利用したの? 自分の目的のために?」
「うーん、ガンザさんというか、オーガ族を利用しましたねえ。正確に言うと、魔薬とオーガ族をエサにしたら簡単にジョンズワート商会長は話にのってきましたね。うふふっ。」
彼女はいったん。コップの水を飲み干すと首をかしげてまた僕にわらいかけてきた。やっぱり彼女は可愛かった。いや、可愛すぎた。
「魔薬についてはカズミさんの推理どおりです。そもそも魔薬なんかありませんし、そんな都合の良い薬なんか魔法でも作るのは無理ですよ。あれはただの魔催眠術です。ふふふ。」
「グロリアさんはガンザさんの気持ちを考えたことがあるの? 彼女は秘密組織のために一生懸命に働いて、いつか自由に暮らす夢をみていたんだよ。」
「夢を見るのは自由ですよ。叶うかどうかは別ですがね。」
僕は怒りをこらえきれなくなり、立ちあがった。テーブルの上のコップがゆれた。
「グロリアさんだってその組織の一員なんだよね? 組織を裏切って、自分だけ儲けて恥ずかしくないの?」
「ふふ、ふふふふふ。」
「なにがおかしいの!?」
僕なんかが怒っても、ぜんぜんこわくないんだろうけど、僕は怒らずにはいられなかった。そんな僕の怒りを、彼女はいとも簡単にうち砕いた。
「やだなあ、カズミさま。ガンザさんが所属している秘密組織なんて元々ありゃしませんよ。まあ、正確に言いますと、わたくしがボスでメンバーはガンザさんだけ、という感じですね。」
「君って人は…。まさか…。まさかとは思うけど、ひょっとして君は…。」
僕は聞くのがこわかったけど、彼女に聞くしかなかった。
「まさか、君なの? 僕をこの世界によんだのは?」
「ふふふ、よくわかりましたね、カズミさま。大正解です。」
僕はテーブルをとびこえて彼女につかみかかろうとしたけど、楽々と身をかわされてしまい、勢いあまった僕は食堂の床につっこんでしまった。
「グロリアさんは僕になんてことをしたんだ! どうしてなの?」
「わたくしは探していたんですよ、あの頑固なガンザさんを操るのに利用できそうな人物を。そしてある日、異世界を魔法で覗いていて、あなたを見つけたのです。見た目がかわいくて、弱くて守ってあげたくなるようで、孤独に惹かれているくせに、それでいてすぐに誰かに依存しようとするような人物を。カズミさまはまさにうってつけでした。」
僕は冷静に分析されて、恥ずかしさのあまり何も言えずにうつむいてしまった。グロリアさんはたたみかけてきた。
「ただひとつ、わたくしにも予想できない誤算がありました。カズミさまに直接お会いした瞬間、わたくしが…あなたを本気で好きになってしまいました事です。」
「えええっ?」
彼女は恥ずかしげに目を伏せて、床に倒れている僕のそばにしゃがみこんだ。まわりには何事かと思って異種族の輪ができていた。
「カズミさま、わたくしと共にこの世界を歩みませんか? 今回の件でもう十分に資金はできました。わたくしに必要なものは、共に来てくれるパートナーだけなのです。いかがですか?」
いかがって言われても、僕には彼女がなにを言ってるのか、さっぱりわからなかった。まさか彼女が本気で僕のことが好きだなんて、ありえないじゃないか。
僕が混乱していると、巨体が現れて人垣が割れた。
「そのくらいにしておけ、グロリア。」
「おやおや、ガンザさん。聞かれちゃいましたか。」
「聞かせていたのだろう。」
ガンザさんはものすごく怒っている様子で、そりゃそうだろうと僕は思った。でも、グロリアさんは平然とカレーライスをかきこんでいた。
食事を終えたグロリアさんは紙ナプキンで丁寧に口もとを拭いていた。
「どうされますか、カズミさま? もしもわたくしのものになってくれるなら、お約束しますよ。」
「なにを?」
「わたくしの悲願がかなったとき、カズミさまを元の世界に帰してさしあげます。それができるのは、この世界でははわたくしひとりだけです。」
元の世界。
僕はその言葉に激しく動揺した。忘れようとしていたわけではないけど、考えることを避けてきたことだった。そう、僕は自分自身でもわからなくなっていた。
僕は元の世界に戻りたいのか?
戻りたくないのか?
どっちなんだろう?
自分で考えろって?
そりゃそうだよね。
でも…。
「急にそんなこと言われても…。わからないよ。」
僕は助けを求めるようにガンザさんの姿を目で探したけど、なぜか彼女の姿は急に消えていた。
どうやらまた僕は地雷を踏んだのかもしれなかった。
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