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第31話 商会長の最期

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 ガンザさんはひたすら防戦していて、ミルテさんの激しい猫爪攻撃を受け続けていた。彼女のあしもとには血がしたたり落ち、血だまりをつくっていた。
 魔薬で操られている異種族たちの列には、武装した兵士みたいな人たちも混ざっていて、ジョンズワートさんの手下にちがいなかった。

 これだけの数を相手に、いくらガンザさんでも抵抗するのは無理だと僕は思った。すべてが終わった、と僕は観念した。これから僕とガンザさんがどんなめに遭うのか考えたくもなかったけど、せめて最期は彼女のそばにいたかった。
 僕はゆっくりと床を這いながら、ガンザさんのほうへ向かっていった。

「カズミ! 来るな! 私がおまえを守ると言っただろう!」

「もういいよ、ガンザさん。」

 僕は彼女を安心させようと微笑んだつもりだったけど、ひどくぎこちない表情だったに違いない。今、ガンザさんは暴れるミルテさんをなんとか床の上で押さえつけている体勢だった。僕はその上からふたりに覆いかぶさり、ここで最期を迎えることにした。

「ガンザさん、ミルテさん、ありがとう。ふたりに出会えてよかったよ。ごめんね、僕のせいでこんなことになって…。」

「カズミ…。」

 不思議とミルテさんもおとなしくなり、目に正気が戻ってきたような気がしたけど、僕の錯覚かな? 頭上からはまたクイーニーさんの声が聞こえてきた。


『キッヒッヒ! ジョンズワート商会長さまや、完成した魔薬の力、とくとご覧あれ。いまからあのふたりを引き裂く光景が見れますぞ。』

『いや、気持ち悪いから遠慮しておく。もう十分にわかった。そうだ、忘れるところだったな。』

 ジョンズワートさんは嬉しそうに部屋を横切ると、壁を手でさわりはじめた。

『戦争こそわが商売!』

 彼が言うと部屋の壁が動き、中にはものすごく頑丈そうな扉があるのが見えた。雰囲気からして、金庫じゃないかって僕は思った。

『魔女クイーニー、約束の報酬をやろう。2割増しだ。あと、この契約書に署名をしてくれ。今後、魔薬の製造方法や権利の一切をわが商会に正式に譲渡するのだ。』

 ジョンズワートさんは複雑な手順で金庫を開けながら上機嫌に喋っていた。クイーニーはうすく冷笑していて、僕はなんだか違和感をおぼえた。


「どうした、カズミ?」

「ガンザさん、聞いて。魔女クイーニーはね、実はグロリアさんなんだ。」

「な、なんだと!?」


 ガンザさんは絶句してのけぞり、ミルテさんを離してしまった。僕はガンザさんにかけよって上着を脱ぎ、止血のために彼女の傷に押し当てた。いつのまにやらミルテさんは気を失っているみたいだった。
 僕はすこし迷ってから、こわごわとミルテさんに近づいた。ボロボロの服というか布きれの間からは彼女の体が見えていて、僕は目のやり場に困ったけど、とりあえずないよりマシだし、シャツを脱いで彼女にかぶせた。

 ピクピクとミルテさんのまぶたが動いたかと思うと、ゆっくりと開いた。僕は慌てて彼女をゆさぶった。

「ミルテさん! しっかりして!」

「…あニャ? カズミにゃん? …ガンザにゃんも…? ここはどこニャ? にゃんだか頭が痛いニャ~。」

 僕はいっきに緊張がとけて、ミルテさんを抱き起こそうとしたけど、彼女はすぐにまた眠ってしまった。その間もガンザさんは天井の映像をじっと見つめていた。

「カズミ!」

 ガンザさんが天井を指さした先では、異変が起こっていた。


『キッヒッヒ…な~んてね。そうですか、そこにあったんですね、商会の大金庫は。いくら魔法で探してもわからなかったから助かりましたよ。ありがとうございます。』

『だ、誰だきさまは!? クイーニーはどこだ!? 警備員!』


 グロリアさんは老魔女クイーニーの姿をやめて、あのとびきりかわいい姿に戻っていた。いったいどっちが本当の彼女なのか僕にはよくわからなくなってきたけど。


『金庫が開いたから、あなたにはもう用はありませんね。さようなら。』

『ま、待て! これはいったいどういう事だ!? とにかく魔薬の契約を…。』

 そこまで言って、ジョンズワートさんはひっくりかえって動かなくなった。なぜって、グロリアさんの手から発射された光線で胸を射抜かれたからだった。
 彼女は口笛を吹きながら巨大な金庫をあさり始めた。

『うわあ、思っていたよりありますねえ。とりあえず、ぜんぶ頂きますか。』

 グロリアさんは金庫に入っていた金貨やら宝石やらを持っていた小さなバッグにつめこみだして、いくらいれてもなぜか彼女のバッグは膨らまなかった。
 ついに僕は堪えきれなくなった。

「グロリアさん! そこでなにをしてるの?」 

『カズミさま、わけてあげませんよ。あんなひどいことを言って、わたくしはひどく傷つきましたから。』

「いらないよ! いったいなにがどうなってるの?」


 僕の質問にもグロリアさんはただニコニコするばかりで、なんにも答えてくれなかった。そういえば、僕は大事なことを思い出した。まわりをとりかこまれていたんだっけ。でも、襲われているのは僕たちじゃなかった。
 争う声や音が聞こえてきて、ふりかえるとジョンズワートさんの手下たちが異種族たちに次々と倒されていた。
 ガンザさんが僕の肩を叩いた。

「どうやら、助かったようだ。皆、正気に戻ったようだぞ。なにがどうなっているのかわからんが。」

「うん…。」

 たしかに助かったけど、なんだか僕は釈然としなかった。グロリアさんを問いつめたかったけど、いつのまにか天井の映像は消えていた。


 その後のこまごましたことはたいして面白くもないから省く。とにかく、僕とガンザさんはミルテさんを介抱して、同じく正気に戻ったオーガ族や他の異種族と協力して鉱山を制圧したんだ。ジョンズワートさんは空っぽの金庫のある部屋で完全にこときれていた。
 グロリアさんはどこを探しても見つからなかった。

 
「なにも殺さなくても…。役所につき出せばよかったのに。」

「甘いな、カズミは。魔薬はたしかに違法な薬物かもしれないが奴のことだ、どうせ金の力でどうとでもしていただろう。」

 僕とガンザさんは医務室のベッドのそばにすわり、ミルテさんを見守りながら話していた。

「あニャ~。おなかへったニャ~。」

「ミルテさん! 目が覚めたんだね、よかった!」

「カズミにゃんに食べさせてほしいニャ。」

 ガンザさんがギロリとミルテさんをにらんで、ミルテさんも負けずに威嚇して、ふたりはまた一触即発になっちゃった。僕は慌てて立ちあがった。

「食べものと飲みものをもらってくるね!」


 食堂で僕がトレイを持って並んでいると、真後ろに普通に同じくトレイを持ったグロリアさんがいた。

「グロリアさん!?」

「カズミさま、よければわたくしとごいっしょしませんか?」

 彼女はとびきりの笑顔で僕を見つめていた。
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