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第10話 眠れない異世界の夜

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 ガンザさんの住んでいる小屋は見た目はボロボロだけど、中はきれいに掃除されていて清潔で、彼女は意外と繊細なのかもしれなかった。

 そんなガンザさんがいったいどんな理由でオーガの家族や仲間がいるはずの故郷の村を出たのか、なぜ悪人が相手とはいえその命を奪うような危ない組織に入ったのか、まだまだ僕にはわからないことだらけで頭の中は混乱するばかりだった。

 いろいろなことがいっぺんに起こりすぎて落ち着く暇もなかったけど、僕はふとん代わりの麦わらにくるまり、地面に寝そべりながら今の深刻な状況について考えを巡らせた。

 でも、いくら考えたってなぜ僕がこの異世界に来たのか、元の世界に戻る方法はあるのか、さっぱりわからなかった。

 元の世界に戻る?
 僕は戻りたいのかな?
 よくよく考えてみると、僕がいなくなって心配してる人なんかいるのかな?

 僕の容姿のせいか、幼い頃から男子にも女子にもけむたがられ、恋人どころか友だちさえ僕にはいなかった。僕に帰ってきてほしいなんて思う奴はいるはずがなかった。
 家族だってあやしいもんだ。運動も勉強もパッとしない僕に両親は冷たかったし。心配どころか、いなくなって喜んでるんじゃないかなと僕は思った。

 そう考えると、僕は改めて自分が孤立していることを実感した。このまま異世界で暮らすにしても孤独だし、この先のことを思うと背筋が寒くなるような気がした。

 いや、実際に寒かった。
 実は、来ていたジャージや下着が汚れてきたので僕は洗濯したのだった。つまり今、言いたくないけど僕ははだかなわけで、だから麦わらが素肌にチクチクするし、もう夜も遅いのに僕はぜんぜん眠れなくって、何回も寝返りをうった。


「どうした、カズミ。」

 僕はガンザさんに頼んで魔法の灯りを消してもらっていた。真っ暗闇の向こうからガンザさんの心配そうな声が聞こえてきて、僕は普通に返事をしようとしたけど、涙声になってしまった。

「なんだか眠れなくて。」

「無理もないな。」

 しばらくお互いに無言になって、ガンザさんは眠ってしまったのかなと僕が思ったとき、間近に気配がした。

「泣いていたのか? カズミ。」

「いや、うん…。」

 すぐ近くからガンザさんの声がして、僕は戸惑ってしまった。泣いていたなんて格好が悪すぎて、僕は消えてしまいたくなった。

「よいのだぞ。誰であれ、悲しい時は泣けばいい。なにもわるいことはない。」

 僕はためらっていたけど、暗闇から伸びてきた両腕が僕をやさしく包みこんだ。僕はびっくりして叫び声をあげそうになった。

「カズミ、安心しろ。暗くてなにも見えんからな。」

 ガンザさんがそう言うので僕はホッと安心して、今は身を任せることにした。ガンザさんの厚い胸の中は信じられないくらいに暖かくて、ほのかに良い香りがして、悩みや不安が僕の中から消えていくような気がした。


「ガンザさん、ひとつ聞いていい?」

「なんだ?」

「最初は出ていけって言ってたのに、どうしてここに僕をいさせてくれるの?」

 僕は自分の胸のドキドキが彼女に伝わってしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、逆にガンザさんの胸の奥からも鼓動が伝わってきた。

「さあな。私にもよくわからないのだが、感じたような気がしたのだ。」

 ガンザさんは言葉を切って、考えをまとめているかのようだった。僕は早く続きが聞きたかった。

「なにを?」

「カズミが、なんだか私に似ているように思えたのだ。」

 彼女の意外な言葉に、僕はどう返していいのかわからなかった。こんなに大きくて強そうなガンザさんが、僕に似ていることなんてあるのかな?
 僕の疑問をガンザさんは察したようだった。

「ただなんとなく、そう思っただけだ。それと…。」

「それと、なあに?」


 僕は聞いたけど、ガンザさんは答えてくれなかった。その代わりに、彼女の体温が少しだけ上がったような気がした。


「いや、まあとにかく、いろいろ心配するな。そうだ、カズミのことをあいつに相談してみよう。」

「あいつって?」

「グロリアだ。あいつはあれでもいちおうは魔女だからな。不思議な現象については私たちよりも詳しいかもしれんぞ。」


 僕は居酒屋で出会ったグロリアさんの顔と言動を思い出してみて、かえって話がややこしくなるようにしか思えなかった。
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