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第5話 人を食べないオーガ

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「ねえねえ、男子ってさ、いやらしいよね。」

「なんかあったん?」

 僕はいちばん安いハンバーガーにかぶりつきながら、隣の席から聞こえてくる会話に耳の大きさを倍くらいにして集中していた。

「授業中にさ、男子同士が話してたんだけど、究極の選択って。」

「なにそれ?」

「めちゃくちゃブサイクで超巨乳と、めちゃくちゃ美人で超貧乳、どっちがいいかだって。」

「ホント、男子って最低!」

 
 こんな時なのに、なぜか僕はバーガーチェーン店でのそんな光景を思いだしていた。ジャージの下に手をかけたまま、僕の体は凍りついていた。まさに究極の選択だよね。


「なにをしている。早くしろ!」

 牙をむき出して威嚇してくる彼女が恐ろしくて、僕は泣きそうになった。時間稼ぎに、僕はノロノロと上から脱ぐことにした。ジャージを脱いで、アンダーのTシャツも脱いで僕は地面に置いた。
 彼女は僕をこれでもかと言うくらい見つめてきて、恥ずかしくなった僕は思わず両腕で胸もとを隠してしまった。なにしてるんだ、これじゃまるで本当に女の子みたいじゃないかと僕は自分で自分につっこんだ。

 牙の彼女は僕が着ていたジャージやTシャツを拾い、不審な表情で熱心に調べはじめた。

「なんだこの布は? 丈夫で軽いし、綿でも麻でも絹でもないな?」

 ブツブツひとりごとを言いながら、彼女はクンクンとジャージの匂いを嗅ぎだした。僕は悲鳴をあげた。

「や、やめて下さい! 返してください。」

「うるさい。何をしている。さっさと下も脱げ。」

「下は脱ぐ必要ないじゃないですか。」

「うるさい、脱げ!」


 彼女の尖った牙がこわすぎて、僕は鼻をすすりながらジャージの下をゆるゆると脱いだけど、さすがにそれ以上は無理だった。


「おまえ、私に食われたいのか!」

 いつのまにやら彼女の両手にはファンタジー系のゲームでしか見たことないような巨大な斧が握られていた。僕の首どころか胴体でも簡単に真っ二つにできそうな刃だった。

 僕は涙を流しながら観念して、ついにボクサーパンツに手をかけた。


「ぷっ。ぷはははは! ははははは!」

 何が起こったのか、僕にはわからなかった。パンツに手をかけたまま固まっている僕を放置して、彼女はお腹をおさえて地面を転げまわっていた。笑いすぎて涙まで流しながら。

「ははははは! もういいって。わかった、わかったから。早く服を着ろ。ははははは!」

 ようやく起きあがった彼女は、指で涙をぬぐうと僕にジャージとTシャツを放り投げてきた。あっけにとられた僕はようやく、彼女に馬鹿にされてたってことに気がついた。怒る気力もなくて、僕はげっそりしながら服を着なおした。

「おまえ、私が死ねと言ったら死ぬのか? まさか本当に脱ごうとするとはな。私がこんなに笑ったのは久しぶりだぞ。」

 彼女はよほど笑いのツボにはまったのか、まだクツクツと思い出し笑いをしていた。僕は腹が立つやら恥ずかしいやらで、すねたふりをして顔を彼女から背けて座った。でも本当は、厳しい表情の彼女と笑顔の彼女の落差が激しすぎて、僕はなぜだかドキッとして見ていられなくなったのだ。

「そう怒るな。言い遅れたが私はガンザだ。見てのとおり、種族はオーガ族だ。お前の名は?」

「僕は、渦森カズミです。」

「カズミか。まあ食え。」

 彼女はまた僕にお椀を手渡してきた。お椀の中には昨夜と全く同じ食べ物が盛られていた。

「すまんな、それしか作れんのだ。」

 ニッと笑う彼女に僕はまた胸がドキッとして、うつむきながらお椀を受け取った。

「カズミはもっと食べたほうがいいな、痩せすぎだ。私は本気でカズミを娘さんだと思ったぞ。」

「はい…。」


 しばらくお互いに無言になり、僕は迷っていた。このガンザとなのったオーガは信用できるのだろうか。今の僕の境遇をどこまで正直に話すべきなんだろう。とりあえず殺される心配はなさそうだけど。

 それにしても、彼女がオーガだったなんて。オーガってファンタジー系のゲームや小説でしか知らないけど、巨体で角や牙がある凶暴凶悪で醜悪なモンスターだとばかり思っていた。しかも、本当に人を食べるんじゃなかったっけ?

 僕は急速に食欲がなくなってお腕を置いた。


「あの、ガンザさんは僕を殺して食べないんですか?」

「失礼な。人間なんか食うわけないだろう。」

 ガンザさんは心外な様子で、大きなお椀を置くと急に立ち上がった。立つと彼女はやはり巨大だった。

「今から仕事に行く。カズミは好きにすればいい。」

 それだけ言うと、ガンザさんはボロボロの長いマントをはおり、出て行ってしまった。いろいろ聞かれると思っていた僕は拍子抜けしてしまったけど、少し考えてから慌ててガンザさんのあとを追った。


 そうするしか、この異世界で僕は生きていけないような気がしたからだった。
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