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エピローグ
しおりを挟むありとあらゆる色の花が咲き乱れる平原に、ヨウはひとり寝転んでいた。その表情は穏やかで、平穏を満喫しているように見えた。
「ヨウさん!」
ヨウは起き上がり、声のした方に顔を向けて微笑んだ。
「マリーンさん。なんだかいい香りがするね。」
マリーンはヨウの隣にすわり、もっていたバスケットを地面に置いた。
「うん。サンドウィッチとコーヒーを持ってきたよ。」
「ありがと。」
しばらくふたりは花を鑑賞し続けた。沈黙を破るのをためらうようなふたりだったが、先に堪えきれなくなったのはマリーンだった。
「ねえ、本当によかったの? ヨウさん、全てを捨てるって言うけど…。」
「良いに決まってるよ。それに、全てじゃないよ。僕にはマリーンさんがいる。マリーンさんがいてくれる、それだけで全てだよ。」
「またそんなことばっかり…。」
マリーンは瞬時に顔を真っ赤にしてうつむいた。
「あたしなんて、背は低いし、わがままだし、スタイルだって…。」
「マリーンさんは自己評価が低いね。僕が見た限りではまあまあだと思うよ。」
「やだ、もう…。」
マリーンはコーヒーをカップに注ぐと、ヨウに手渡した。ふたりは食事をし始めた。
「あのナダ先生の装置、そのままにして来ちゃったけど大丈夫かなあ?」
「まさかさわる人なんていないでしょ。大丈夫だよ。それにしても、ナダ先生が異世界間を転移できる装置まで開発していたなんてね。技術を僕の世界に流したのもナダ先生だったんだね。」
心地よいそよ風が花の香りを運んできた。すこし大きなミツバチがふたりのまわりをブンブンとびまわり、バスケットに興味を示しているように見えた。
「ごめんね、次は甘いものを持ってくるね。」
ミツバチはマリーンの声に嬉しそうにクルクルまわると飛び去っていった。ヨウは食べ終わると、再び横になってマリーンに膝枕をしてもらった。
「あるんだねえ、お花畑しかない異世界って。次は海に行きたいなあ。」
「海かあ…。」
マリーンは嘆息し、ヨウはマリーンを見上げた。
「ねえ、マリーンはどうして僕を探しに来ようって思ったの?」
「あたしね、ヨウさんの事を異世界では王女か貴族なのかなって思っていたの。だから、ヨウさんに頼めば兵をひいてくれるかもって…。あとはもう夢中で…あの地下室に行ってナダ先生の装置を見つけて…。」
「あははは、僕が王女って。」
「笑わないで…。」
「ごめん、でも僕も嬉しかったんだ。ナダ先生に無理やり帰されて、もう会えないって思っていたから。」
「まさかヨウさんが元の世界では女優で歌手でアイドルで…国民的なカリスマだったなんてね。どうして言ってくれなかったの?」
ヨウは微笑むと、手をあげてマリーンの顔に触れた。
「あの時はいろいろ疲れていてさ。普通の淡島洋になりたかったんだ。誰も僕を知らない世界…僕は快適だったよ。」
「そんなものなんだ? あんなにチヤホヤされて、嬉しいんだって思ってたけど。」
「あれ? じゃ、僕がたくさんの人にモテた方がいいの?」
「いじわるを言わないの!」
マリーンはヨウの手をとり、手のひらのツボをグリグリした。
「それに、こっそりとあの板でたくさん私たちを記録していたなんて。シャシンやドウガだっけ? 恥ずかしい…。」
「あいたたた! あ、でもそれ、いた気持ちいいかも…。」
マリーンは笑うと、名残惜しそうに腰を浮かせた。
「さ、そろそろあたし、トマリカノートに戻らなきゃ。」
「そうだね。」
「ねえ、ヨウさん…。あの交際宣言ってね…世間を盛り上げて注目をひくためだったんだよね? あたし、つい本気に…」
ヨウは立ち上がりかけたマリーンの腕を引っ張り、バランスを崩したマリーンは地面に尻もちをついてしまった。ヨウはそのままマリーンを引き寄せた。
「僕は真剣だよ。マリーンさん、僕のいた国はね…僕たちみたいな関係にものすごく厳しいんだ。不寛容っていうか、古い慣習に囚われているっていうか。だから…僕、もう一度トマリカノートに行きたい。マリーンさんと一緒に。」
マリーンがヨウの目を見つめながらまばたきをすると、大粒の涙がポロポロとこぼれだした。マリーンは溢れかえる涙をとめることができなかった。
「本当に、本当にいいの? あたし、背は低いしわがままだし、スタイルも…。」
「それはさっき言ったよ。」
ヨウはマリーンの顔をひきよせた。
またミツバチたちが飛んできて、マリーンとヨウのまわりを飛び回った。ふたりの姿はいつまでも重なったままで、ミツバチは不思議そうにしていたが、やがて飛び去っていった。
「はーい! 歌う自警団ニャよー! みんないいかニャー?」
「わーい!」
トマリカノート中央公園広場に群衆が集まっていた。街で評判の歌い手の歌を聴きにきた人々で広場は溢れかえり、食べ物や飲み物を売る屋台が立ち並んでいた。
「投げ銭が楽しみですねえ。」
コナが瞳をキラキラさせながら言うと、ジーンが呆れ果てた顔をした。
「コナ、収益はぜんぶ孤児院に寄付だからな。」
ジーンは屋台にはりついているマリーンの姿を見つけ、さらに呆れ果てた顔をした。
「マリーン、食べすぎだぞ。もういい加減にやけ食いは…。」
「やけ食いじゃないもん! ああ…団長のウエディングドレス、綺麗だったなあ…。あたしもいつか…。」
「その前に、ドカ食いをやめなきゃドレスは無理だぞ。」
「なんですって!」
マリーンは焼きとうもろこしを振りまわしてジーンにくってかかった。ジーンは笑い、真顔になるとマリーンの肩に手を置いた。
「マリーン、ヨウとのこと、おめでとう。祝福する。あとさ、戻って来てくれて嬉しいぜ。」
「私もです。もう、今後の展開に興味津々です。」
「ジーン、コナ…。ありがとう。でもね、あたしとヨウさんはそんなんじゃなくって、まずはお友達から…。」
「はいはい。あっ、始まるぜ!」
群衆が静まり返り、ヨウが登壇して静かに歌い始めた。異国のことばで皆は意味はわからなかったにも関わらず、その美しい声と旋律に聞き惚れない者はいなかった。
ヨウは何曲も歌い続けて、最後の曲が終わると深くおじぎをした。
拍手喝采がいつまでたっても終わらず、投げ銭はとどまることを知らなかった。最前列に座っていた見事な金髪の人物が大量の投げ銭をしていた。
「ああ…ヨウ、あたいもうダメだ。すべてをあげちまうよ…。」
「カザベラさん!? こんなに頂いていいの?」
「ちょっと新しい商会を作ってね、大儲けさ。カザベラ異世界取引商会さ!」
「戦争商会がなくなったと思ったら、またあやしい商会ができたんだね。」
ヨウにすり寄ろうとするカザベラを見つけたマリーンはピリピリと笛を吹いた。
「コラーッ! そこ、それ以上近づかない!」
聴衆は解散し、公園にはマリーンとヨウだけが残っていた。かがんでゴミ拾いをしていたマリーンは顔をあげた。
「ねえ…ヨウさん。チグレさんも…セイモンドさんも…誰かを好きになって、愛して、その想いが強すぎたんだよね。」
「まあそうかな。ふたりとも終身刑務所だけどね。」
ヨウはほうきで地面をはく手をとめてマリーンの次の言葉を待った。
「大事件になったけど、想い自体は純粋だったのかもしれない。あたしはこの街が好き。ヨウさんも好き。でも、好きになったり愛したりすることって良いことばかりじゃないのかなあ? …あたし、これから先も大丈夫かな…?」
「大丈夫じゃない? マリーンさんなら。」
あっさりとヨウは言い、マリーンを安心させるように笑みを見せた。
それを見たマリーンは真っ赤になってしゃがみこんでしまった。
(ああずるい…あの微笑み、あの瞳…。やだ、かなり好きかも…。)
そして…。
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