上 下
38 / 39

エピローグ

しおりを挟む

 ありとあらゆる色の花が咲き乱れる平原に、ヨウはひとり寝転んでいた。その表情は穏やかで、平穏を満喫しているように見えた。

「ヨウさん!」

 ヨウは起き上がり、声のした方に顔を向けて微笑んだ。

「マリーンさん。なんだかいい香りがするね。」

 マリーンはヨウの隣にすわり、もっていたバスケットを地面に置いた。

「うん。サンドウィッチとコーヒーを持ってきたよ。」

「ありがと。」

 しばらくふたりは花を鑑賞し続けた。沈黙を破るのをためらうようなふたりだったが、先に堪えきれなくなったのはマリーンだった。

「ねえ、本当によかったの? ヨウさん、全てを捨てるって言うけど…。」

「良いに決まってるよ。それに、全てじゃないよ。僕にはマリーンさんがいる。マリーンさんがいてくれる、それだけで全てだよ。」

「またそんなことばっかり…。」

 マリーンは瞬時に顔を真っ赤にしてうつむいた。

「あたしなんて、背は低いし、わがままだし、スタイルだって…。」

「マリーンさんは自己評価が低いね。僕が見た限りではまあまあだと思うよ。」

「やだ、もう…。」


 マリーンはコーヒーをカップに注ぐと、ヨウに手渡した。ふたりは食事をし始めた。

「あのナダ先生の装置、そのままにして来ちゃったけど大丈夫かなあ?」

「まさかさわる人なんていないでしょ。大丈夫だよ。それにしても、ナダ先生が異世界間を転移できる装置まで開発していたなんてね。技術を僕の世界に流したのもナダ先生だったんだね。」

 心地よいそよ風が花の香りを運んできた。すこし大きなミツバチがふたりのまわりをブンブンとびまわり、バスケットに興味を示しているように見えた。

「ごめんね、次は甘いものを持ってくるね。」

 ミツバチはマリーンの声に嬉しそうにクルクルまわると飛び去っていった。ヨウは食べ終わると、再び横になってマリーンに膝枕をしてもらった。

「あるんだねえ、お花畑しかない異世界って。次は海に行きたいなあ。」

「海かあ…。」

 マリーンは嘆息し、ヨウはマリーンを見上げた。

「ねえ、マリーンはどうして僕を探しに来ようって思ったの?」

「あたしね、ヨウさんの事を異世界では王女か貴族なのかなって思っていたの。だから、ヨウさんに頼めば兵をひいてくれるかもって…。あとはもう夢中で…あの地下室に行ってナダ先生の装置を見つけて…。」

「あははは、僕が王女って。」

「笑わないで…。」

「ごめん、でも僕も嬉しかったんだ。ナダ先生に無理やり帰されて、もう会えないって思っていたから。」

「まさかヨウさんが元の世界では女優で歌手でアイドルで…国民的なカリスマだったなんてね。どうして言ってくれなかったの?」

 ヨウは微笑むと、手をあげてマリーンの顔に触れた。

「あの時はいろいろ疲れていてさ。普通の淡島洋になりたかったんだ。誰も僕を知らない世界…僕は快適だったよ。」

「そんなものなんだ? あんなにチヤホヤされて、嬉しいんだって思ってたけど。」

「あれ? じゃ、僕がたくさんの人にモテた方がいいの?」

「いじわるを言わないの!」

 マリーンはヨウの手をとり、手のひらのツボをグリグリした。

「それに、こっそりとあの板でたくさん私たちを記録していたなんて。シャシンやドウガだっけ? 恥ずかしい…。」

「あいたたた! あ、でもそれ、いた気持ちいいかも…。」

 マリーンは笑うと、名残惜しそうに腰を浮かせた。

「さ、そろそろあたし、トマリカノートに戻らなきゃ。」

「そうだね。」

「ねえ、ヨウさん…。あの交際宣言ってね…世間を盛り上げて注目をひくためだったんだよね? あたし、つい本気に…」

 ヨウは立ち上がりかけたマリーンの腕を引っ張り、バランスを崩したマリーンは地面に尻もちをついてしまった。ヨウはそのままマリーンを引き寄せた。

「僕は真剣だよ。マリーンさん、僕のいた国はね…僕たちみたいな関係にものすごく厳しいんだ。不寛容っていうか、古い慣習に囚われているっていうか。だから…僕、もう一度トマリカノートに行きたい。マリーンさんと一緒に。」

 マリーンがヨウの目を見つめながらまばたきをすると、大粒の涙がポロポロとこぼれだした。マリーンは溢れかえる涙をとめることができなかった。

「本当に、本当にいいの? あたし、背は低いしわがままだし、スタイルも…。」

「それはさっき言ったよ。」

 ヨウはマリーンの顔をひきよせた。

 またミツバチたちが飛んできて、マリーンとヨウのまわりを飛び回った。ふたりの姿はいつまでも重なったままで、ミツバチは不思議そうにしていたが、やがて飛び去っていった。



「はーい! 歌う自警団ニャよー! みんないいかニャー?」

「わーい!」

 トマリカノート中央公園広場に群衆が集まっていた。街で評判の歌い手の歌を聴きにきた人々で広場は溢れかえり、食べ物や飲み物を売る屋台が立ち並んでいた。

「投げ銭が楽しみですねえ。」

 コナが瞳をキラキラさせながら言うと、ジーンが呆れ果てた顔をした。

「コナ、収益はぜんぶ孤児院に寄付だからな。」

 ジーンは屋台にはりついているマリーンの姿を見つけ、さらに呆れ果てた顔をした。

「マリーン、食べすぎだぞ。もういい加減にやけ食いは…。」

「やけ食いじゃないもん! ああ…団長のウエディングドレス、綺麗だったなあ…。あたしもいつか…。」

「その前に、ドカ食いをやめなきゃドレスは無理だぞ。」

「なんですって!」

 マリーンは焼きとうもろこしを振りまわしてジーンにくってかかった。ジーンは笑い、真顔になるとマリーンの肩に手を置いた。

「マリーン、ヨウとのこと、おめでとう。祝福する。あとさ、戻って来てくれて嬉しいぜ。」

「私もです。もう、今後の展開に興味津々です。」

「ジーン、コナ…。ありがとう。でもね、あたしとヨウさんはそんなんじゃなくって、まずはお友達から…。」

「はいはい。あっ、始まるぜ!」

 群衆が静まり返り、ヨウが登壇して静かに歌い始めた。異国のことばで皆は意味はわからなかったにも関わらず、その美しい声と旋律に聞き惚れない者はいなかった。
 ヨウは何曲も歌い続けて、最後の曲が終わると深くおじぎをした。

 拍手喝采がいつまでたっても終わらず、投げ銭はとどまることを知らなかった。最前列に座っていた見事な金髪の人物が大量の投げ銭をしていた。

「ああ…ヨウ、あたいもうダメだ。すべてをあげちまうよ…。」

「カザベラさん!? こんなに頂いていいの?」

「ちょっと新しい商会を作ってね、大儲けさ。カザベラ異世界取引商会さ!」

「戦争商会がなくなったと思ったら、またあやしい商会ができたんだね。」

 ヨウにすり寄ろうとするカザベラを見つけたマリーンはピリピリと笛を吹いた。

「コラーッ! そこ、それ以上近づかない!」



 聴衆は解散し、公園にはマリーンとヨウだけが残っていた。かがんでゴミ拾いをしていたマリーンは顔をあげた。

「ねえ…ヨウさん。チグレさんも…セイモンドさんも…誰かを好きになって、愛して、その想いが強すぎたんだよね。」

「まあそうかな。ふたりとも終身刑務所だけどね。」

 ヨウはほうきで地面をはく手をとめてマリーンの次の言葉を待った。

「大事件になったけど、想い自体は純粋だったのかもしれない。あたしはこの街が好き。ヨウさんも好き。でも、好きになったり愛したりすることって良いことばかりじゃないのかなあ? …あたし、これから先も大丈夫かな…?」

「大丈夫じゃない? マリーンさんなら。」

 あっさりとヨウは言い、マリーンを安心させるように笑みを見せた。
 それを見たマリーンは真っ赤になってしゃがみこんでしまった。

(ああずるい…あの微笑み、あの瞳…。やだ、かなり好きかも…。)



 そして…。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】炒飯を適度に焦がすチートです~猫神さまと行く異世界ライフ

浅葱
ファンタジー
猫を助けようとして車に轢かれたことでベタに異世界転移することになってしまった俺。 転移先の世界には、先々月トラックに轢かれて亡くなったと思っていた恋人がいるらしい。 恋人と再び出会いハッピーライフを送る為、俺は炒飯を作ることにした。 見た目三毛猫の猫神(紙)が付き添ってくれます。 安定のハッピーエンド仕様です。 不定期更新です。 表紙の写真はフリー素材集(写真AC・伊兵衛様)からお借りしました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...