33 / 39
第31話 最後の結界点
しおりを挟む「そんなもの、僕に必要ある?」
ヨウは冷静だった。相手に近づくと、ヨウは手近な椅子をひいて腰をおろした。
相手は微笑みながら拳銃を引き出しにしまった。
「確かにな。だが、こうでもしないと君は帰ってくれないだろう。元の世界に。」
「帰れるの?」
「帰りたいか?」
前のめりになって聞いたヨウだったが、すぐに椅子の背に力なく身を預けた。
「いや…。なんだかわからなくなってきちゃった。待ってる人もいないしね。」
「それは違う。何十万人、何百万人もの人々があなたの帰りを待っているぞ。わしもそのひとりだがね。」
ヨウは、尊敬に満ちた相手のまなざしを見返すと、思い切ったように問い質した。
「答えて。僕の荷物に台本をいれたのは、あなたなの?」
相手は苦しそうな表情になったが、深くうなずいた。
「そうだ。許してくれと言っても無駄だろうが。」
「どうしてそんなことをしたの?」
相手は視線をヨウから外し、ゴーグルを装着すると机上での作業を再開した。
「聡明な君ならわかるだろう。ひとつは、魔女商会の目をわしから逸らし、ミスリードする必要があった。もうひとつは…どちらに転んでもこの街が滅ぶようにするためだ。」
ヨウは椅子から立ち上がり、相手の手を押さえた。
「なぜさ! なぜ、そこまでこの街を憎むの? あなたは2度も僕を治療してくれた人だ。だから、直接聞きにきたんだ。答えて、ナダ先生!」
「ナダ医師…ナダ先生が!? なんで!?」
「本当かよ!?」
マリーンとジーンはコナの言葉を受けとめきれず、呆然としていた。
「思い出してください。ナダ医師はヨウ氏との会話から、顔見知りあるいはヨウ氏を以前から知っていたと見受けられます。」
コナはあごに手を当てながら、聡明そうな金色の目を輝かせながら言葉を続けた。
「それと、本の問題があります。最初に我々がヨウ氏の荷物を調べた時、そんな本はありませんでした。」
「ナダがいれたってのか? 奴に限らねえじゃねえか。」
「ただの本ならそうです。ですが、異世界の本ですよ。」
コナは冷静沈着にジーンに指摘し、人差し指を立てた。
「そして、ナダ医師は支部で最古参です。おそらく、ニータが里子に出される時に健康診断をしているでしょう。」
「あ、そういえばそうかも。」
「その時に、幼いながらもニータが見せる支部長への異常なほどの執着に気づいていたのかもしれません。」
マリーンはまだ信じられない様子で首を振った。
「そんな…。あのちょっとガサツで飲んだくれだけど、優しくて腕もいいって信頼されていたお医者さんなのに…。」
「はい。ですが、異世界に関わりがある人物、ヨウ氏ともチグレさんとも繋がりがある人物、ヨウ氏を陥れようとした人物…偶然とは思えない重なりです。それに、ナダ医師はカオカルド騒動の際、フロインドラ会長を見て異様に動揺していました。」
『ありました!』
興奮したマルンの声が水晶球から聞こえてきた。チグレが冷静に説明をつけたした。
『何か歌や人の声が流れてくる小さな箱を見つけました。あと、旧市街地の土地建物の図面や売買契約書もありました。』
「すぐに戻って!」
ナダはゆっくりとゴーグルを外すと、目頭を押さえて深いため息をついた。
「君に話したところで理解はされんだろうが…。」
「それは僕が決めるよ。」
「なるほど。まあ、正確に言うとワシが憎むのはこの街ではない。この街を守っている者どもだ。」
「それって、自警団のこと?」
ナダは激しく首を振った。
「いや、ワシが憎むのは魔女商会だ! 魔女商会長フロインドラ・ニラクエナ。奴だけは絶対に許せんのだ!」
「いったい、何があったの?」
ヨウは、温厚なはずのナダの激しい怒りと憎しみを感じて動揺したが、静かに話を促した。
「奴のせいで、わしは全てを奪われた。家族も、人生も、富も名声も。全てだ。」
ヨウは訳がわからず、ナダにちかよると肩に手を置いた。
「ナダ先生、話して。」
『そんなにペラペラと喋られては困りますが。』
机の上にあった水晶球が光った瞬間、ヨウは不意に体全身に衝撃を受けて吹き飛び、床に転がった。
「あれだ!」
旧市街地にやってきたマリーンたちは、目的の建物にふみ込んだ。
「間違いないですね。」
所狭しと並んだ機械を見てコナがつぶやくと、ジーンが壁を激しく叩く音がした。
「先生、なんでだよ…。」
「さっきまで誰かがいたみたいね。」
「見てください!」
コナが指差した壁には、巨大な地図が貼られていた。それは、トマリカノートの街の全体地図だった。所々に散らばってピンが打たれ、ほとんどが赤いピンで、青いピンはわずかに3つだった。
「おそらくピンは結界点の場所ですね、青いピンはまだ破壊されていないものかと思います。」
「たいへん! 早く結界点を守らないと!」
マリーンは叫び、ふと床に何かが落ちているのを見つけた。
「あ! これは…。ヨウさんにあげたネックレスだ!」
「ここに来てたのか!? じゃ、やっぱりヨウもナダの仲間なのか?」
「ちがうよ、きっとヨウさんも気づいて、話をしにきたんじゃないかな。」
マリーンはネックレスを拾い上げるとそっと服の中にしまった。コナは既に部屋を出ようとしていた。
「待てよ! 次はどこへ行くんだ?」
「ここにはもう用はありません。おそらく、残りのどろーんは既に新帝国の潜入部隊に引き渡されたでしょう。となれば、結界点に行けば良いだけです。」
「なるほど!」
「残りは3箇所、あたしたちは3人。やるしかないね。」
マリーン、コナ、ジーンは頷きあうと建物を出て、それぞれの方角に向けて全速力で駆けていった。
マリーンは息が続く限り走った。旧市街地から大橋をわたり、水路橋を何ヶ所も抜けて、新市街地の住宅街へと走り抜けた。
さすがに息があがり、呼吸を整えていた時にマリーンの水晶球が振動した。
「は、はい…。マ、マリーンです…。」
『マリーンか! ミサキだ! 無事か! 今、どこにいる?』
「団長、ミサキ団長も…ご無事でしたか…。」
泣き崩れかけたマリーンを、ミサキは厳しい声で押しとどめた。
「マリーン、しっかりしろ! 私は解放された。ジニタが数々の証拠を持ち帰ってくれたんだ! フロインドラもさすがに受け入れたよ。今から自警団と魔女商会の全勢力で残りの結界点を守る!」
「は、はやくして下さい…。間に合わないかも…。ここは21地区の住宅街です!」
『わかった!』
マリーンはミサキの声を元気に換えて、再び走りに走った。そして、煉瓦造りの民家の前にたどり着いた。
「ここだ…。偽装結界点ね…。」
マリーンが立ち止まって荒い呼吸をしていると、マリーンの水晶球にコナとジーンから交信が入った。
『だめだ! こっちは既に吹き飛ばされちまってるぜ!』
『こちらもです! 破壊されたあとでした。支部長、そちらは? 支部長?』
マリーンは返事をしようとしてやめて、水晶球をしまった。すぐ近くで民家を見上げている人影があったからだった。
「ナダ先生…。」
「やあマリーン支部長。お疲れ様だね。」
ナダはフラスクを乾杯するように持ちあげた後、ひと口飲んだ。
「さすがだ。君ならここまでたどり着くと思っていたよ。あぶないところだった。」
「ナダ先生…どうして…。」
「最後の結界点をさかなに一杯やろうと思ってね。」
マリーンはナダに向き合い、厳しい表情で詰めよった。
「もうやめて! ヨウさんまで巻き込んで!」
「安心してくれ。ヨウ氏は無事だよ。きちんと元の世界に帰ってもらったからな。」
「な、なんですって!?」
ナダはよく見ると酩酊している様子で、既にかなり飲んでいるようだった。
「最初から、あの人はこの世界にいるべきではなかったんだ。これからこの街は生き地獄と化すからな。」
「そんなこと、あたしがさせない!」
「もう手遅れだよ。」
聞いたことがある音が、空中からマリーンの耳に聞こえてきた。すぐそばまで、ドローンのプロペラ音が迫っていた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】炒飯を適度に焦がすチートです~猫神さまと行く異世界ライフ
浅葱
ファンタジー
猫を助けようとして車に轢かれたことでベタに異世界転移することになってしまった俺。
転移先の世界には、先々月トラックに轢かれて亡くなったと思っていた恋人がいるらしい。
恋人と再び出会いハッピーライフを送る為、俺は炒飯を作ることにした。
見た目三毛猫の猫神(紙)が付き添ってくれます。
安定のハッピーエンド仕様です。
不定期更新です。
表紙の写真はフリー素材集(写真AC・伊兵衛様)からお借りしました。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる