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第29話 大脱出、そして。

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 ヨウは街の中を歩き続けて、寂れた旧市街の一角にやってきた。朽ちかけた建物や雑草の生えた空き地の前を通り過ぎて、とある石造りの古い建物の前にヨウは立った。

「ここか。」

 ヨウは手にしていたメモを確認すると中に入り、壁に立てかけられた板をどけた。
 板の後ろには地下へと続く暗い階段が続いていた。ヨウはポケットから小さなライトを出すと、ゆっくりと階段を降りていった。

 地階にたどり着いたヨウは、扉についたボタンをメモを見ながら押した。解錠される音がして、ヨウは更に前に進んだ。

 ヨウが入った部屋には無数の棚があり、様々な機械や部品が置かれていた。中にはヨウが見知っているドローンのフレームやプロペラがあったが、何かよくわからない装置も混ざっていた。

「なぜあの人は僕をここへ呼んだんだろう。」

 ヨウは来たことを後悔しはじめていたが、好奇心が足を部屋の奥へと進めさせた。奥には机と椅子が置いてあり、ゴーグルをした誰かが一心不乱に機械をいじっていた。

 その人影はヨウに気づくと作業の手をとめて顔をあげた。

「やあ、ヨウくん。来てくれたかね。」

 その手には拳銃が握られていた。



 部屋から転がり出たマリーンたちは廊下を見回した。どこからか焦げくさいにおいが漂い、マリーンには気温が上がっているように感じられた。

「こんな広い船をどうやって探すよ?」

「あいつに聞こう!」

 振り返ったマリーンだったが、クロネの姿はどこにもなかった。

「あれ? 消えちゃった!?」

「クロネは放っておいて、早くふたりを探しましょう! おそらく、医務室でしょう。」

 廊下の向こうから剣やナイフを構えた濃紺色の制服姿の兵士が殺到してきていた。
 コナは先頭の兵士を体術で倒し、武器を奪った。

 焦げ臭さが濃くなる中、3人は敵兵と切り結びながら廊下を移動した。ジーンはパンチやキックもおり混ぜて次々と敵兵を斬り伏せた。

「俺の水着姿、誰も見てくれないなあ。」

「あたしは見てるから!」

「私は見ていません。」

 マリーンはナイフをくりだしてきた敵兵を剣で貫くと、剣を抜きざまにそのナイフを奪いとり、コナを狙撃しようとしていた弓兵に投げつけた。

 コナはその弓を奪いとり、めったやたらに狙撃し始めた。

「キリがないぜ! 医務室はどこだ!?」

「だめだわ、煙が…。」

 更に煙が濃くなり、前に進むどころか引き返すのも困難になり始めていた。黒煙の中から時折現れる敵兵を刺し退けつつ、3人は固まって移動した。

「下層にはもういけねえぞ! 俺たちも早く出なきゃ危ないぜ。」

「でも、マルンさんとチグレさんが!」

「チグレさんは自業自得だと思われますが。」


 進むか退くか。

 3人が決断に迷っていると、煙を割って巨体が躍り出てきた。ジーンが剣を振りかぶったが、コナが大声を出した。

「待ってください! あなたは!?」

「やあ妖精さん。」

 何かを両脇に抱えて笑みを浮かべている顔に、コナは見覚えがあった。

「部屋に食事を運んでくれていた方ですか!」

「名も無き給仕です。」

 ニッと微笑んだ給仕が抱えていたのはぐったりとしたマルンとチグレだった。

「さあ早く! こっちから脱出です!」

 マリーンたちは給仕に率いられて、通路を駆け抜けた。



 港で炎上する巨大な帆船に、あたりは騒然となった。自警団が機能していないので消化の手際も悪く、港湾は大混乱に陥った。
 よくも悪しくも、そのおかげでマリーンたちはその場を離れることができたのだった。だが、ヨウの姿はどこにも見当たらなかった。



「うわあ、マリーンおねえちゃん! ジーンおねえちゃんだー!」

 子供たちがかけより、マリーンとジーンにしがみついた。すぐに院長も走り出てきた。

「すみません、ここしか思いつかなくて。」

「とんでもない! 大変だっただろう。さあ、早く入って!」


 マリーンは、自分たちがかつて育った孤児院にやってきていた。院長はマリーンたちに食事に湯浴み、着替えを用意してケガを手当てしてくれた。
 マルンとチグレはベッドに寝かされて、院長が様子を見守った。

 ひと息ついたコナは給仕に話しかけた。

「あなたはいったい…?」

「実は、私も自警団員なんです。」

「えええっ!?」

 給仕は自警団第2支部のジニタと名乗った。

「新帝国の船が燃えたから、もうお役御免ですねえ。私は団長命令で新帝国に密偵として潜入していたのです。」

「ミサキ団長が!?」

「はい。かなり前からね。すごいお方ですよ、あのお人は。皆、結界があるからと安心しきって新帝国の脅威を見過ごす中で先手を打たれていたのですから。」

 マリーンはようやく、カオカルド騒動の時にミサキに言われていた事の意味を理解した。ジニタは、なんとかミサキ団長と接触すると言い、足早に立ち去った。

 
 マリーンは横になっているマルンとチグレの様子を見に行った。察した院長はそっと席を外した。
 俺がチグレをしめあげてやる、と息まくジーンをなだめてマリーンはひとりで来ていた。

「なんらかの邪な意図をもって支部長に近づいてきたのは明白ですよ。」

 コナにもそう言われたが、マリーンはどうしても自分の口からチグレに聞きたかった。マリーンがベッドに近づくと、先にマルンが目を覚ました。

「マリーンさま…。ご無事でしたか…。」

「マルンさん、ごめんね。心配かけたし、あなたもあぶない目に遭わせてしまったね。」

「いえ、そんな。それよりも…。」

 マルンは隣で寝ているチグレを見て、体を起こした。

「寝てなきゃダメだよ、マルンさん。」

「いえ、わたしは席を外します。チグレさんのお話を聞いてあげて下さい。きっと何か、深い事情があると思うんです。」

 マルンはフラフラと部屋を出ていった。残されたマリーンは、端正なチグレの寝顔をじっと観察した。

 この部屋、このベッド、
 マリーンには全てが懐かしく思えた。

(貧しかったけど、院長先生は優しく皆を育ててくれた。)

 チグレを見ていると、マリーンは何かを思い出しかけた。それがなんなのかをマリーンが考えこんでいると、チグレが眩しそうにまぶたをゆっくりと開けた。


「ここは…孤児院?」

「チグレさん、気がついた!? でも、なぜすぐにわかったの?」

 チグレはぼうっとした表情のまま首をマリーンの方に向けた。

「マリーンさん…。私は…いったい…。」

「無理しなくていいよ、大けがだったからね。お水を飲む?」

 チグレはうなずき、マリーンは水差しでチグレに水を飲ませた。勢いよく飲みすぎて、むせるチグレの背中をマリーンはさすった。

「大丈夫? 慌てないで、ゆっくりね。」

「それよりも! マリーンさん、この街は…この街はもうすぐなくなるんです。私と…私といっしょに逃げましょう!」

 チグレはマリーンの手をとり熱っぽく語りかけたが、マリーンは首をふりながらその手を押し戻した。

「ごめんなさい。それはできない。あたしはこの街を守らなければならないの。」

「どうして! どうしてあなたが! あなたみたいな人がこんな街を…。」

 チグレは包帯の上から頭を抱えてベッドに突っ伏してしまった。マリーンは泣き崩れるチグレを前にどうしていいかわからなかった。

「チグレさん、聞いて。この街を滅ぼすなんて恐ろしい提案を、あなたが考えだしたなんて思いたくないわ。誰かにそそのかされたの? 異世界の兵器なんかどうやって手に入れたの? 話して。話してくれないと、あたし、あなたを助けられない。」

「マリーンさんが私を助けるんじゃない! 私がマリーンさんを助けるんだ! そうじゃないと、そうじゃないと意味がないんだ。」

 チグレは涙に濡れた顔をあげて悲壮な顔でマリーンを見つめた。

「そうでしょう? マリーンおねえちゃん…。」

 
 そう言われたマリーンの体に電撃が走ったかのように、マリーンは突如思い出した。

「まさか、まさかあなた…ニータちゃん!? ニータちゃんなの!? なんてこと、変わりすぎてて全然気づかなかった!」

 チグレは涙を落としながら、深く何度もうなずいた。
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