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第20話 誘惑と消息
しおりを挟む「ヨウさん、どこに行ったの…。」
マリーンは薄暗くて涼しい公園内の森の小道を歩いていた。つい勢いでヨウを投げ飛ばしてしまった事を、マリーンは激しく後悔していた。
「でも、ああでもしなきゃ…。」
ついその先を想像してしまい、マリーンが赤くなってプルプルと首を振った時、ガサガサと音がして茂みの中から何かが飛び出してきた。
反射的に小剣を抜いたマリーンだったが、拍子抜けして鞘に剣を収め直した。
「マルンさん? どうしてここに?」
マルンの衣服や頭には枝や葉がついていた。
「急にすみません…。アズキがどうしてもって言うので…。」
マリーンはマルンの服装に気がついて、嬉しそうにした。
「あ! それ、この間買った服だね。やっぱりすごく似合ってるよ!」
マルンはそれを聞くとうつむいてしまった。
「すみません…。せっかくの服を汚してしまいました…。」
「マルンさん、それよりヨウさんを見なかった?」
マルンはその問いかけにビクッと反応したかのようだった。
「わたし、見ていたんです。」
「え?」
「ヨウさまがマリーンさまに乱暴しようとするのを。いくら命の恩人でも、あんなことはゆるせません!」
「あ、いや、あれはね、ちがうの。」
マリーンの説明を遮って、マルンはマリーンに突進して抱きつくというよりしがみついた。
(ま、またあ!?)
「わたし、アズキのせいにしましたけど本当はわたしがお会いしたくてたまらなかったんです! わたしでは、わたしではいけませんか?」
潤んだ目で見上げるマルンを見ていると、マリーンは体の力が抜けてめまいがし始めた。服のせいか、マルンがいつにもまして可愛く見えたからだった。ここでようやく、マリーンは重要なことを思い出した。
(あ…そういえば、あたしも少し飲んじゃってた! カザベラさんの薬…。)
茂みの中では、アズキがヨウを押し倒していた。
「アズキさん! ダメだよ! 今の僕は…。」
「なにがダメなの?」
アズキはヨウの目を除きこみ、ため息をついた。
「ヨウさんの目、本当に綺麗。吸い込まれたい…。」
「アズキさん、積極的すぎ。マルンさんと正反対だね。」
アズキはヨウの胸ぐらをつかみ、引き上げた。
「なんで? なんで好きな事は好き、嫌なものにはイヤってはっきり言っちゃダメなの? みんなそう、子供の時から言われ続けてきたわ、あなたはマルンちゃんとは正反対ねえ、お顔はそっくりなのにねえ、ってね。」
「お、おちついて。」
ヨウは、アズキのNGワードを発してしまった自分を後悔した。
「あたいはマルンじゃないし、マルンもあたいじゃない! あたいはあたいで好きにするし、マルンにも幸せになってほしいの! ただそれだけなんだから。もうこれ以上、あんたには邪魔をしないでほしいの。」
「邪魔って、なんの?」
「無自覚はこれだからこわいわ。」
アズキはヨウを離すと、服をあちこちひっぱり始めた。
「や、やめてって言ってるじゃないか!」
「人の話を聞いてた?」
アズキは容赦なく作業を進めようとしたが、すぐ近くから何かが聞こえてきて手をとめた。
「ん? なあにこのヘンな話し声?」
「シーッ! アズキさん、静かにして。」
ヨウは乱れた衣服を直しながら起き上り、アズキと共に木陰に身を潜めた。複数の人影が話しながら間近を通り過ぎていき、ヨウはそっと様子をうかがった。アズキがヨウの背中にそっとくっついた。
(なになに? 犯罪のにおい?)
(こう見えても僕は自警団員だからね。)
(たしかに怪しいね。酒場でも聞いたことない言葉だわ。なんだろ、あいつら。)
よく見ようとしてバランスを崩したアズキが枯れ枝を踏んでしまい、パキリという乾いた音が森に響いた。
(ま、まずい。このままだとあたし、マルンさんを…。)
マリーンは湧き上がる衝動を必死で抑えようとしていた。だが、ただでさえ可愛いマルンが今は余計に愛おしく見えて、密着する柔らかい感触がマリーンの理性を攻めたてた。
オマケにマルンはマリーンが好きな香りの香水をうすく漂わせていた。
(落ち着けあたし、深呼吸、深呼吸。あたしは自警団員、あたしは自警団員…。)
微妙なバランスで耐えていたマリーンだったが、マルンのひとことが決壊を招いた。
「マリーンさま…。わたし、マリーンさまの全てを受け入れます…。」
「マ、マルンさん…。」
マリーンの周囲から風景が消えて、マルンしか見えなくなった。目を閉じたマルンにマリーンは徐々に近づいていき、唇が合わさりかけたその時、すさまじい怒号と悲鳴が木々を震わせた。
夢から覚めたような感覚に襲われたマリーンは、剣を抜き放ち声の方角に走り出した。
「マルンさんは逃げて! 支部へ行って!」
マルンはうなずいたが、マリーンがいなくなったあと、その場にへたりこんでしまった。
「マリーンさま…。」
マルンは自分の唇を指でなぞり、ギュッと自分の体を抱いた。
コナが目を覚ましたのは豪勢なベッドの上だった。コナはまず自分の体を確認し、大きな怪我をしていないことを認識したが、自警団の制服ではなくゆったりとした異国風の夜着を着せられていた。
次にコナは油断なくあたりを見回し、そこは広くはないが高貴な雰囲気の調度品で占められている部屋だとわかった。
コナはそっとベッドから抜け出して床のフカフカのカーペットに足をおろし、違和感を感じた。
(ここは、ひょっとして?)
コナはある仮説をたてた。そして足音をたてずにドアに近づいたが、すぐにベッドに飛び込んで寝具をかぶった。
ドアが開く音が聞こえてきて、コナは寝ているふりをした。
「起きているのであろう。つまらぬ芝居はよせ。」
発音は異国風だったが、流暢な言葉だった。コナは観念して、寝具から這い出してベッドの脇に腰かけた。
「あなたでしたか。私をどうするつもりですか?」
コナが話しかけた相手の人物は微笑むと、コナのすぐ隣に腰をおろし、足を組んだ。
その人物は思いのほか小柄で若く、サラサラの髪は肩までで、シンプルな肩章のついた濃紺の上下を着ていた。
「美しい…自分は妖精族の者を初めて見たぞ。やはり連れてきてよかった。」
コナは辟易したが、相手は細く白い指を伸ばしてコナの髪に触れようとした。反射的に、コナは相手の手首をつかんだ。
「おやおや、気の強い妖精さんだな。もう一戦交えるか? 自分が勝つに決まっているがな。」
「負けたとは言え、不当な扱いには抗議します。私の早期解放を要求します。」
「解放? それは無理だな。不当どころか感謝してほしいくらいだ。あの野蛮な戦争商会の連中が君を始末しろと騒ぐのをおさめるのには苦労したぞ。」
戦争商会の倉庫で物陰から飛び出したコナは、その場にいたひとりの異国なまりの人物と対戦になり、完敗して捕らえられてしまっていた。
コナは命を救われたという事実を認めたくない上に、この高慢そうな人物に苦手意識を感じてさりげなく距離をとった。
相手はその距離を詰めて座ると再びコナに微笑んだ。
「空腹だろう。いっしょに昼食をとろう。」
その人物が手を鳴らすと、ドアが開いて年配の人物がサービスワゴンを押して入ってきた。コナはすかさず身を躍らせると食事用のナイフをつかみ、相手を羽交締めにして首につきつけた。
「よせ。食事が冷めてしまうぞ。」
「ダイエット中ですから。」
腰を抜かしている年配の人物を残して、コナは相手をたてにして部屋の外に出た。
「無駄だと思うけどなあ。それより中で食事を楽しまないか。」
「あなたとは遠慮します。」
羽交締めにしていると、相手は華奢だが意外にも自分よりもスタイルが良いことにコナは気づき、なんだか不快になった。
「もっと優しく扱ってくれないか? これでも立派なレディなのだが。」
「自分で言いますか。」
コナは呆れつつも狭い廊下を進み、仮説がより確信に近づいていった。階段を登り、ドアを開けた先は…。
潮風の香りにカモメの鳴き声、そして一面に広がる青い海。
「やはりそうでしたか…。」
コナは逃亡をあきらめた。
そこは、大きな帆船の甲板上だったからだった。
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