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第15話 コナの極秘捜査
しおりを挟むケルンの巨体が自警団支部の受付コーナーに現れると、さざなみのようにどよめきが起こった。雑多な種族が集うトマリカノートにおいても、巨人族は珍しかったからだ。
ケルンは窓口にいる蝶のような羽根のある小さな姿の者に話しかけた。
「マロニエール、まいごをほごしたど。」
「まいご? それは大変だワ。で、そのコはどこにいるの?」
「あそこだで。ん?」
ケルンは受付待ち用の長椅子を指差して、誰もいないので首をひねった。
「あで? ついさっきまでいだのに?」
「もう、しっかりしてよね!」
当の迷子の子供は行き交う自警団員たちに見つからないように素早い動きで廊下を進み、やがてトイレの個室にすべりこんだ。
その子供が小声で何かの呪文を唱えると、みるみる姿形が変わり始めてついには長い黒髪で黒いドレスに黒い帽子の姿になった。
「ふう。我ともあろう者がこんな所に再び来ることになるとはやれやれですわ。」
魔女商会のフロインドラ会長はブツブツ文句を言い終えると更に呪文を唱えた。再びその姿形が変形して今度は短い髪で背が高く、自警団員の制服を着た者の姿になった。
「あーあー、われ…いや、俺がこんな下品な奴の姿になるなんてな、全くやってらんないぜ。」
ジーンの姿になったフロインドラはあたりをみまわしながらトイレから出ると、再び廊下を歩き始め、前からひとりの若い自警団員に出くわした。
「あー、きみ、いや、おまえ。」
「はっ! ジーン副支部長殿。何かご用ですか?」
「アワシマ・ヨウの部屋はどこだ?」
「確か、マリーン支部長の部屋を占拠していると聞いていますが。ご存知のはずでは?」
「占拠? ああ、そうだったな。」
若い団員は深くうなずいた。
「そうなんです。いくら命の恩人とはいえ、団員の間でも疑問の声があがっています。副支部長からもぜひマリーン支部長にひとこと…。」
「わかった、わかったから、その部屋の場所を教えてくれ。」
「5階の南東ですが。あれ? ご存知なのでは?」
「ありがとよ。」
ジーン姿のフロインドラはスタスタと歩いていき、若い団員は首をかしげたが、また廊下を歩き始めた。
「あいつめ! なんで勝手に帰ってんの!」
マリーンは怒り肩でドスドスと歩いていた。マルンはなだめるようにマリーンの袖をひいた。
「マリーンさま、ヨウさまは本当に体調が悪くなったのではないでしょうか。先日の大怪我から回復をされたばかりですし。私、支部に戻って様子を見てまいります!」
「えっ? マルンさん?」
マルンは紙袋を胸に抱えて走って行ってしまった。
「マルンさんはいいコだなあ。」
マルンを引き留めようと突き出した手を引っ込めながら、マリーンは自己嫌悪に陥った。
(ウソだとあたしは勝手に決めつけちゃった。マルンさんは本気で心配していたのに。あたし、恥ずかしい。)
道の真ん中でうつむいてしまったマリーンに、チグレが近づいた。
「支部長さま。せっかくの休日ですし、ヨウ様はマルンに任せて私たちは食事にしませんか?」
「う、うん。でも…。」
「お昼はレストラン・ルミナリアスを予約してあります。」
「えええっ!? あの超一流の!? でも無理だよ、さすがにお金が無いよ。」
「大丈夫です。もう私が支払い済みです。」
チグレはさりげなくマリーンの手をとった。
「し、支払い済み?」
「食事をしながら、お話したいこともあります。」
熱を帯びたその視線とは裏腹に、マリーンの手を握るチグレの指先は冷たかった。
ドランは通りに出ると、戦争商会のロゴマークがある黒い馬車に乗り込んだ。
コナは側にいた人力車に声をかけてかろやかに飛び乗った。
「どちらまで?」
額にハチマキをしたトカゲ人の車力に、コナは金貨を1枚渡した。
「お客さん!? おつりがありやせんぜ。」
「距離をとってあの黒い馬車をつけてください。見失わなければもう1枚あげます。」
「ガッテンだ!!」
トカゲ人は張り切ってスタートし、馬車相手にも速さ負けせずにあとを追った。
馬車が何回か道を曲がると徐々に潮風の香が強くなり、港がある海側に下って行くようだった。
やがて馬車は港湾近くの倉庫街の入り口付近で停まった。コナは車力に金貨を渡すと人力車を降り、そっと様子をうかがった。
馬車から降りたドランは倉庫街の中に消えていった。コナは水晶球を取り出そうとしてやめた。
「魔法感知結界がありますね。車力さん!」
コナは何かを紙片に書くと、帰ろうとしていた車力を小声で呼びとめた。
「なんです?」
「自警団33支部に行って、ジーンという人にこれを渡していただけませんか。」
「あんた、やっぱり自警団員さんかい! 仲間に自慢できらあ。金貨を2枚も頂いたんだ。おやすいご用でさ。」
車力は帰っていき、コナは金網をすばやくよじのぼると内側へ無音で着地した。
服の下から小型の弓矢を取りだして構えると、コナは立ち並ぶ倉庫に向かって走り、壁面に背をつけた。
「悪党どもめ。一網打尽にしてやります!」
偽ジーンは目的の部屋にたどり着くと、いとも簡単に解錠して中にすべりこんだ。
フロインドラは元の姿に戻り、部屋をみまわして顔をしかめた。
「なんという乱雑な部屋ですこと。さっさとすませましょう。」
床に落ちている衣服や下着をよけながら、フロインドラは部屋の中ほどまで進むと何かを唱えた。すると、本やらクッションやらに埋もれていたヨウのバックパックが赤く光った。
「異世界属性値高レベルを確認。やはり来訪者にまちがいないですわね。」
フロインドラはバックパックの中を物色しはじめた。拳銃や手榴弾に首をひねり、タブレットに触れたがすぐに放り出した。
さらに中を調べ、本のような物をみつけたフロインドラは取りだしてページをめくった。
「なんと珍妙な文字ですこと。翻訳魔法!」
フロインドラが指で文章をなぞると、漢字やひらがなが次々と異なる文字に置き換わっていった。
夢中で読んでいたフロインドラの顔が青ざめて、次第に険しくなっていった。
「あな恐ろしや。やはりあのヨウという来訪者は危険人物でしたわね。もはや一刻の猶予もゆるされませんわ。」
フロインドラは本を懐にいれるとジーンの姿に変わり、足早に部屋を出ていった。
マリーンは再び激しく自己嫌悪に陥っていた。ヨウやマルンのことが気にかかるが、食欲には勝てなかったからだった。
「ううう。お、おいしい。美味しすぎる…。」
今までの人生で食べた事がないあまりの美味しい料理の数々に感涙するマリーンを、チグレはうっとりとながめていた。
「チグレさん、本当にありがとう。でも、マルンさんやヨウさんにも食べてほしかったけどなあ。」
マリーンがワイングラスの水を飲みながらつぶやいた時、チグレは意を決したかのように手つかずの料理を脇に置き、何かの冊子をテーブルの上に出した。
「それよりもこれを見てください。」
「なあにこれ?」
マリーンはナプキンで口をふいてから冊子のページをパラパラとめくりはじめた。
「湖水地方の分譲宅地のパンフレット? これがどうかしたの?」
「私、買ったんです。」
チグレは水をひと口飲んでから答えた。
「買ったの? この土地を?」
「はい。」
「近い将来この街を出て、大切な人と住むためにです。」
「そ、そうなの。すごいね。」
話の先が見えないのでマリーンはそわそわしたが、そこにデザートのプレートが運ばれてきた。
マリーンは冊子をチグレに返した。
「チグレさんには大切な人がいるんだね。おめでとう。」
「いいえ、違うんです。支部長さま、聞いてください!」
チグレは突然立ち上がり、テーブルに両手をついた。
「わ、私と…い、いっしょに…その土地で…くらしま…」
マリーンのバッグの中で何かが振動し始めた。
「ごめんね。出ていい?」
チグレがうなずくと、マリーンは交信用水晶球をとりだした。
「あたしよ。ジーン? どうしたの? ええっ!? ヨウさんがいない!?」
マリーンは血相を変えて立ち上がると、チグレに頭を下げた。
「チグレさん、ごめんなさい! あたし、行くね!」
行こうとしたマリーンの腕をチグレはつかんだ。
「行かないでください。」
「ごめんね!」
マリーンはチグレの腕をふり払うと店の出口に向かって突進していった。
チグレは座席にゆるゆると身を沈めた。
「もうすぐこの街は地上から無くなるのに。そして貴方は自由になれるのに…。」
ひとりつぶやくと、チグレはパンフレットをビリビリに破り捨ててしまった。
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