上 下
17 / 39

第15話 コナの極秘捜査

しおりを挟む

 ケルンの巨体が自警団支部の受付コーナーに現れると、さざなみのようにどよめきが起こった。雑多な種族が集うトマリカノートにおいても、巨人族は珍しかったからだ。
 ケルンは窓口にいる蝶のような羽根のある小さな姿の者に話しかけた。

「マロニエール、まいごをほごしたど。」

「まいご? それは大変だワ。で、そのコはどこにいるの?」

「あそこだで。ん?」

 ケルンは受付待ち用の長椅子を指差して、誰もいないので首をひねった。

「あで? ついさっきまでいだのに?」

「もう、しっかりしてよね!」


 当の迷子の子供は行き交う自警団員たちに見つからないように素早い動きで廊下を進み、やがてトイレの個室にすべりこんだ。

 その子供が小声で何かの呪文を唱えると、みるみる姿形が変わり始めてついには長い黒髪で黒いドレスに黒い帽子の姿になった。

「ふう。我ともあろう者がこんな所に再び来ることになるとはやれやれですわ。」

 魔女商会のフロインドラ会長はブツブツ文句を言い終えると更に呪文を唱えた。再びその姿形が変形して今度は短い髪で背が高く、自警団員の制服を着た者の姿になった。

「あーあー、われ…いや、俺がこんな下品な奴の姿になるなんてな、全くやってらんないぜ。」

 ジーンの姿になったフロインドラはあたりをみまわしながらトイレから出ると、再び廊下を歩き始め、前からひとりの若い自警団員に出くわした。

「あー、きみ、いや、おまえ。」

「はっ! ジーン副支部長殿。何かご用ですか?」

「アワシマ・ヨウの部屋はどこだ?」

「確か、マリーン支部長の部屋を占拠していると聞いていますが。ご存知のはずでは?」

「占拠? ああ、そうだったな。」

 若い団員は深くうなずいた。

「そうなんです。いくら命の恩人とはいえ、団員の間でも疑問の声があがっています。副支部長からもぜひマリーン支部長にひとこと…。」

「わかった、わかったから、その部屋の場所を教えてくれ。」

「5階の南東ですが。あれ? ご存知なのでは?」

「ありがとよ。」

 ジーン姿のフロインドラはスタスタと歩いていき、若い団員は首をかしげたが、また廊下を歩き始めた。



「あいつめ! なんで勝手に帰ってんの!」

 マリーンは怒り肩でドスドスと歩いていた。マルンはなだめるようにマリーンの袖をひいた。

「マリーンさま、ヨウさまは本当に体調が悪くなったのではないでしょうか。先日の大怪我から回復をされたばかりですし。私、支部に戻って様子を見てまいります!」

「えっ? マルンさん?」

 マルンは紙袋を胸に抱えて走って行ってしまった。

「マルンさんはいいコだなあ。」

 マルンを引き留めようと突き出した手を引っ込めながら、マリーンは自己嫌悪に陥った。

(ウソだとあたしは勝手に決めつけちゃった。マルンさんは本気で心配していたのに。あたし、恥ずかしい。)

 道の真ん中でうつむいてしまったマリーンに、チグレが近づいた。

「支部長さま。せっかくの休日ですし、ヨウ様はマルンに任せて私たちは食事にしませんか?」

「う、うん。でも…。」

「お昼はレストラン・ルミナリアスを予約してあります。」

「えええっ!? あの超一流の!? でも無理だよ、さすがにお金が無いよ。」

「大丈夫です。もう私が支払い済みです。」

 チグレはさりげなくマリーンの手をとった。

「し、支払い済み?」

「食事をしながら、お話したいこともあります。」

 熱を帯びたその視線とは裏腹に、マリーンの手を握るチグレの指先は冷たかった。



 ドランは通りに出ると、戦争商会のロゴマークがある黒い馬車に乗り込んだ。
 コナは側にいた人力車に声をかけてかろやかに飛び乗った。

「どちらまで?」

 額にハチマキをしたトカゲ人の車力に、コナは金貨を1枚渡した。

「お客さん!? おつりがありやせんぜ。」

「距離をとってあの黒い馬車をつけてください。見失わなければもう1枚あげます。」

「ガッテンだ!!」

 トカゲ人は張り切ってスタートし、馬車相手にも速さ負けせずにあとを追った。
 馬車が何回か道を曲がると徐々に潮風の香が強くなり、港がある海側に下って行くようだった。

 やがて馬車は港湾近くの倉庫街の入り口付近で停まった。コナは車力に金貨を渡すと人力車を降り、そっと様子をうかがった。

 馬車から降りたドランは倉庫街の中に消えていった。コナは水晶球を取り出そうとしてやめた。

「魔法感知結界がありますね。車力さん!」

 コナは何かを紙片に書くと、帰ろうとしていた車力を小声で呼びとめた。

「なんです?」

「自警団33支部に行って、ジーンという人にこれを渡していただけませんか。」

「あんた、やっぱり自警団員さんかい! 仲間に自慢できらあ。金貨を2枚も頂いたんだ。おやすいご用でさ。」

 車力は帰っていき、コナは金網をすばやくよじのぼると内側へ無音で着地した。
 服の下から小型の弓矢を取りだして構えると、コナは立ち並ぶ倉庫に向かって走り、壁面に背をつけた。

「悪党どもめ。一網打尽にしてやります!」



 偽ジーンは目的の部屋にたどり着くと、いとも簡単に解錠して中にすべりこんだ。
 フロインドラは元の姿に戻り、部屋をみまわして顔をしかめた。

「なんという乱雑な部屋ですこと。さっさとすませましょう。」

 床に落ちている衣服や下着をよけながら、フロインドラは部屋の中ほどまで進むと何かを唱えた。すると、本やらクッションやらに埋もれていたヨウのバックパックが赤く光った。

「異世界属性値高レベルを確認。やはり来訪者にまちがいないですわね。」

 フロインドラはバックパックの中を物色しはじめた。拳銃や手榴弾に首をひねり、タブレットに触れたがすぐに放り出した。
 さらに中を調べ、本のような物をみつけたフロインドラは取りだしてページをめくった。

「なんと珍妙な文字ですこと。翻訳魔法!」

 フロインドラが指で文章をなぞると、漢字やひらがなが次々と異なる文字に置き換わっていった。
 夢中で読んでいたフロインドラの顔が青ざめて、次第に険しくなっていった。

「あな恐ろしや。やはりあのヨウという来訪者は危険人物でしたわね。もはや一刻の猶予もゆるされませんわ。」

 フロインドラは本を懐にいれるとジーンの姿に変わり、足早に部屋を出ていった。



 マリーンは再び激しく自己嫌悪に陥っていた。ヨウやマルンのことが気にかかるが、食欲には勝てなかったからだった。

「ううう。お、おいしい。美味しすぎる…。」

 今までの人生で食べた事がないあまりの美味しい料理の数々に感涙するマリーンを、チグレはうっとりとながめていた。

「チグレさん、本当にありがとう。でも、マルンさんやヨウさんにも食べてほしかったけどなあ。」

 マリーンがワイングラスの水を飲みながらつぶやいた時、チグレは意を決したかのように手つかずの料理を脇に置き、何かの冊子をテーブルの上に出した。

「それよりもこれを見てください。」

「なあにこれ?」

 マリーンはナプキンで口をふいてから冊子のページをパラパラとめくりはじめた。

「湖水地方の分譲宅地のパンフレット? これがどうかしたの?」

「私、買ったんです。」

 チグレは水をひと口飲んでから答えた。

「買ったの? この土地を?」

「はい。」

「近い将来この街を出て、大切な人と住むためにです。」

「そ、そうなの。すごいね。」

 話の先が見えないのでマリーンはそわそわしたが、そこにデザートのプレートが運ばれてきた。
 マリーンは冊子をチグレに返した。

「チグレさんには大切な人がいるんだね。おめでとう。」

「いいえ、違うんです。支部長さま、聞いてください!」

 チグレは突然立ち上がり、テーブルに両手をついた。

「わ、私と…い、いっしょに…その土地で…くらしま…」

 マリーンのバッグの中で何かが振動し始めた。

「ごめんね。出ていい?」

 チグレがうなずくと、マリーンは交信用水晶球をとりだした。

「あたしよ。ジーン? どうしたの? ええっ!? ヨウさんがいない!?」

 マリーンは血相を変えて立ち上がると、チグレに頭を下げた。

「チグレさん、ごめんなさい! あたし、行くね!」

 行こうとしたマリーンの腕をチグレはつかんだ。

「行かないでください。」

「ごめんね!」

 マリーンはチグレの腕をふり払うと店の出口に向かって突進していった。
 チグレは座席にゆるゆると身を沈めた。

「もうすぐこの街は地上から無くなるのに。そして貴方は自由になれるのに…。」

 ひとりつぶやくと、チグレはパンフレットをビリビリに破り捨ててしまった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

物語の悪役らしいが自由にします

名無シング
ファンタジー
5歳でギフトとしてスキルを得る世界 スキル付与の儀式の時に前世の記憶を思い出したケヴィン・ペントレーは『吸収』のスキルを与えられ、使い方が分からずにペントレー伯爵家から見放され、勇者に立ちはだかって散る物語の序盤中ボスとして終わる役割を当てられていた。 ーどうせ見放されるなら、好きにしますかー スキルを授かって数年後、ケヴィンは継承を放棄して従者である男爵令嬢と共に体を鍛えながらスキルを極める形で自由に生きることにした。 ※カクヨムにも投稿してます。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

処理中です...