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第13話 久しぶりの休暇
しおりを挟む自警団第33支部の屋上では、大量の洗濯物が太陽の光を受けながら風にはためいていた。マルンは額の汗をふき、ひと息ついた。
「マルンさん! 病みあがりなんだからあまり無理しないで!」
マルンはその声にふりむいて、満面の笑みを返した。
「マリーンさま。大丈夫です! なんだか調子がよくて、体がかるいんです!」
顔怪盗カオカルドが調合していた魔法の絵の具は魔女によって分析され、副作用の治療が被害者全員におこなわれた。
カオカルドには終身刑が求刑されたが、自警団への目撃情報提供が考慮されて結局、禁錮30年の刑罰で監獄に収監された。
マルンは表情をとりもどし、支部のお手伝いさんとして復帰していた。
「マリーンさまも、お怪我はもう大丈夫なのですか?」
「うん。あたしは軽傷だったけどヨウさんがね…。」
「わたし、あの方を見直しました。」
ヨウがマリーンの命を救ったことは支部内でも噂になっていた。
「あたしもそうだったけど…。」
すこしウンザリした顔をしたマリーンを不思議そうに見ていたマルンだったが、急に深々と頭を下げた。
「マリーンさま、顔怪盗を捕まえてくれて、本当にありがとうございました!」
「ど、どうしたの急に。何度も聞いたけど…。」
顔をあげたマルンは紅潮していて目は潤みを帯びていた。
「マリーンさま、ぜひお礼をしたいのですがわたしにはお金もなにもありません。ですので…。」
「お礼なんていいよ。あたしたちは自警団だから、悪いやつを捕まえるのはあたりまえだよ。」
「それではわたしの気持ちがおさまりません!」
いつになく押しが強いマルンにマリーンはすこし引き気味になった。
(まさか治療の副作用かな? 前はおとなしすぎたけど…。)
「ですのでマリーンさま、わたしに1日お時間をください。」
「え?」
「週末、たしかひさびさのご休暇ですよね? わたしと1日つきあってください!」
「ええっ?」
マルンはマリーンに近づくと強い力で手をつかんだ。
「いま、ここで、お返事をきかせてください!」
「えええっ?」
久々の休みはのんびり部屋で昼寝でもしようと決めていたマリーンはとまどい、意外なマルンの強引さにも困惑した。
「何をしているのですか!」
チグレが階段室のドアから山盛りの洗濯物を持って現れた。
(助け舟があらわれた!)
マリーンはさりげなくマルンの手をはずした。マルンは舌打ちをした。
(チッ。邪魔がはいったか。)
「え? なにか言った? マルンさん?」
「い、いいえ。べつになにも。」
チグレはマルンに洗濯物をおしつけた。
「サボってないで、これもお願いします。あと、支部長さまをあまり困らせないでください。」
マルンは洗濯物を受け取ると黙々と干し始めた。
チグレは冷たい目でマルンを見ていたが、マリーンに顔を向けた時には花のような笑顔になっていた。
「ところで支部長さま、週末はご休暇とお聞きしました。もしよろしければ私と…その…どこかへ外出しませんか?」
「あ、あなたもなの? か、考えておくね。」
マリーンは逃げるように階段室に入り、階下へ降りた。
「ふふふ。ふふふ。」
「にゃははは。」
「こんなにたくさん、初めて見たぜ。」
テーブルの上がキラキラと光り輝いていた。革袋につまった金貨をテーブルに並べて数えているコナは恍惚の表情だった。
会議室に入ってきたマリーンが驚きの声をあげた。
「うわあ! それ、カオカルドにかかっていた懸賞金!?」
自警団の運営資金は商会や個人から寄付の他に、賞金がかかった犯罪者を捕まえることで得られる懸賞金もあった。重罪であればあるほど金額は高くなっていた。
コナはうっとりしながら手にとった金貨をながめていた。
「はい。ある豪商の家族がカオカルドの被害に遭った時に懸賞金がはねあがっていたそうです。」
「元はといえば、俺の情報だぜ?」
ジーンがコナの手から金貨をとった。コナはまた机上から金貨をひろいあげた。
「ふふふ、予算不足がこれでいっきに解消です。お手伝いさん2人どころか3人でもいいですね。あと、新しい弓矢を買いましょう。」
「俺は新しい剣がほしいなあ。」
「僕はなにか食べたいニャ! パーティーしたいニャ!」
「あなたたち、建物の補修が先でしょう。」
マリーンが革袋に手を伸ばした時、誰かの気配がした。
「なあんだ、お金のためだったんだ。」
ヨウが戸口にもたれかかって薄笑いを浮かべていた。頭には包帯が巻かれていた。
「ヨウさん…。動き回って大丈夫なの?」
「大げさなんだよ。安静って退屈でさ。」
ヨウは部屋に入り、机の上の金貨を1枚つまみあげた。
「かっこいい事を言ってさ、結局、自警団てお金が目的? 見損なったよ、マリーンさん。」
「ち、ちがうの! 今回は特別な事情があって、たしかに予算はいつもギリギリだからありがたいけど。」
「僕は、こんな物のためにカオカルド逮捕に協力したんじゃないよ。」
「えらそうに。タダ飯を食ってるお前が言うなよ。」
「ヨウにゃんは何か欲しいものはないのかニャ?」
ヨウは金貨を手の上でもてあそんだ。
「だいたいさ、これ1枚で何が買えるの?」
コナが立ち上がり、ヨウの手から金貨をひったくった。
「まあまあ良い服が10着は買えます。」
「ええっ!?」
ヨウの目の色が変わり、革袋に釘づけになった。
「前言撤回!! 自警団だってお金はいるよね! そうだ、マリーンさん。こんど休暇らしいね。」
「そうだけど。」
マリーンはイヤな予感がしたが、ヨウはサラッと言った。
「いっしょに服を買いに行こう! 僕、服がぜんぜんなくってさ、困っているんだ。」
「なんてことをしてくれたの!」
マルンが泣きながらアズキにつめよっていた。居酒屋『双子の帆船邸』の2階、ふたりの住み込みの自室だった。
「なんで怒るの? 感謝してほしいくらいだけど?」
「わたしに化けてマリーンさまと勝手に外出の約束をするなんて。ありえない! もうダメ。わたし、マリーンさまに嫌われたに違いない…。もう生きていけない…。」
マルンは床に座りこんでさめざめと泣き出してしまった。アズキは深いため息をついてマルンの前にしゃがんだ。
「マルン、あたいはね、あんたに幸せになってほしいだけなの。あのね、あんなに良い人、滅多にいないよ。あたいでも見たらわかるわ。」
「だったらどうして…。」
「だから、ライバルもてんこもりなの! あの人、ドにぶそうだから自覚ないけどさ。もたもたしてたら油あげをさらわれちまうよ?」
マルンはハッとして顔をあげた。涙はとまっていた。
「あたいの見立てでは、あのチグレとかいう奴は強敵だね。あと、ヨウとかいうでかいのは微妙だな…。あとは…。」
「わたし、どうすればいい?」
「マルン、ひたすら攻撃あるのみ! 攻撃は最大の防御よ! 週末は決戦だからね、わかった?」
マルンの涙は完全になくなり、代わりに強い決意が込められた表情で深くうなずいた。
「あとマルン、これは最終手段だけどね…」
アズキはマルンに耳打ちし、聞いていたマルンの耳は次第に真っ赤になっていった。
そして週末。
マリーンが鏡の前で自分の姿を確認していると、ジーンとマチルダが部屋に入ってきた。
ジーンは口笛を吹いた。
「マリーン、決まってるぜ!」
「マリーンにゃん、かわいいニャン!」
マチルダの目はハート型になっていた。
「やめてよ、みんな。制服じゃなくて私服を着ただけなんだから。」
「ま、たまには楽しんでこいよ。」
「ありがとう。みんな。」
マリーンはバッグをもって扉に向かい、思い出したように振り向いた。
「そうだ。コナは極秘捜査中だから、なにかあったら連絡してね。」
「りょうかいニャ!」
「わかったから、仕事は任せていけってば。」
マリーンは裏口から外に出ると、中庭のベンチに向かって歩いていった。
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