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第10話 顔面怪盗カオカルド
しおりを挟む「採用が決まってよかったニャ~。」
見送りに出たマチルダが、マルンの頬にスリスリした。
「ありがとう、マチルダさん。では酒場に戻りますね。」
「気をつけてニャ。最近、となりの街区で夜にヘンなのが出るそうニャ。」
マルンはうなずくと、既に宵闇が迫り薄暗くなりつつある通りに出て、双子の帆船亭をめざして駆けた。仕事をはりきりすぎて、少し遅くなってしまっていた。
(でも、マリーンさまのそばで働けるなんて!)
それだけでも幸せで、マルンは体の疲れも苦にならなかった。アズキが酒場で忙しくしていると思うと申し訳なく感じ、マルンは走りに走った。
マルンが水路を渡る短い石橋にさしかかった時、ふわりと風が吹いた。マルンは一旦、小休止して橋の真ん中で呼吸を整えた。
「すみません、少しよろしいかな?」
誰かがマルンに声をかけた。
振り向いたマルンはあまりの恐怖に悲鳴をあげられなかった。
「あ~退屈。なにかおもしろいことなあい?」
ノックなしで支部長室に入ってきたヨウは、マリーンたち3人の注目を一身にあびた。
「うわあ、なにしてたの? なんか面白そう!」
ヨウは3人が何やら相談していた机に興味津々で近づいた。机の上には盤が置かれ、駒が並べられておりメモや絵が散乱していた。
「なんでもねえよ! 部外者は出てけ!」
「君はいつも僕につめたいなあ。ひょっとして僕のこと、好きなの?」
ヨウはジーンにしなだれかかり、ジーンはヒッと言って押し返した。ヨウは気にせず盤の上の駒をとりあげた。
「なにこれ? が…がんめんかいとう…カオカルド…?」
「ヨウさん、字が読めるの!?」
「うん。マチルダさんに字を少し習ったんだ。」
(マチルダ、ヒマなのね…。)
コナが咳払いをして淡々と説明を始めた。
「今、顔面怪盗カオカルドを逮捕する作戦会議中です。奴は水路橋あたりに夜な夜な現れては通りかかった者の顔を盗んでいくそうです。なので顔面怪盗と呼ばれています。」
「ええっ! おもしろい! 顔ってどうやって盗むの!?」
ヨウは興奮してコナに詰め寄った。コナは背中から巨大な弓をとると矢をつがえた。
「ちか寄るんじゃねえ、目を射ぬくぞ!」
「え。」
ヨウは完全にひいて、マリーンとジーンに目で説明を求めた。
「ごめんね、ヨウさん。コナは弓矢を持つと性格が豹変するの。コナ!」
「大変失礼をいたしました。」
コナは弓を背中に戻し頭をさげた。ヨウはマリーンを盾にして警戒しながら、駒を盤に戻した。コナは説明を再開した。
「正確に言いますと、奴は目標の顔に魔法の絵の具を塗り、魚拓のように紙に写しとるそうです。被害者数は既に50名を超えました。」
はしゃいでいたヨウは少しひいた様子を見せた。
「顔をとられたら、どうなるの?」
「別に目鼻がなくなるわけではありませんが、表情が一切なくなってしまうそうです。おそらく魔法の絵の具の副作用かと推察されます。」
「そうなんだ。『目標』って…?」
「言い忘れていました。顔を盗まれるのは、美しさがある一定以上の基準の顔の者…あくまでカオカルド基準ですが…だそうです。つまり、私は確実に盗まれるかと。」
「マリーンさん、たまにこの人、イラッとしない?」
「あなたが言う?」
ヨウは聞こえなかったフリをしてさらに疑問を口にした。
「なんで捕まらないの?」
「風のように現れて、通報があった時には影も形もないらしいの。あとは…。」
マリーンはためらいがちに言った。
「何度も囮捜査をしたらしいの。だけど、管轄の自警団第11支部には…。」
ヨウはマリーンの言葉を遮って自分を指差して胸を張った。
「ぜんぶ言わなくていいよ。つまり、僕みたいな『基準以上』の人がいないってことだね?」
ジーンがしぶしぶうなずいた。
「まあ、そういうこった。で、俺たち第33支部に応援要請がきたってわけだ。」
「で、囮の人選なんだけど。」
マリーンの言葉を受けて、ヨウが手をあげて自信たっぷりに進み出た。
「僕がするよ! 任せといて!」
コナがにんまりと笑い、弓を手に取った。
「奴が逃げても私が射抜きます。」
「僕の武器は?」
「ヨウさんはケンジュウ? があるでしょ。兵士だから楽勝よね?」
「う…。わかった。」
マリーンは意地悪っぽく言ったが、ヨウは意外にも素直にしたがった。ジーンがマリーンにささやいた。
(いいぞ。これでヨウの実力がわかるぜ。)
「ひとつ、お願いがあるんだけど。」
「なあに? ヨウさん。」
「この作戦が成功したらさ。」
「したら?」
マリーンはイヤな予感がしたがヨウに聞きかえしてしまった。
「僕を自警団員にしてほしいなあ。」
マリーンたちがピシリとかたまった時、マチルダが支部長室に文字通り飛び込んできた。
「たいへんニャー! たいへんニャー!」
「だから、いつも騒がしい奴だなお前はよ。」
「マ、マ、マルンちゃんがカオカルドに顔をとられたニャ!」
「えええっ!?」
人気のない夜道を2人の人物がならんで歩いているのが、街灯に照らし出されていた。いかにも仲が良さげに見えたが、会話はそれとはかけ離れていた。
「偽装カップルだから、もっとくっつかないとバレちゃうよ?」
まとわりつこうとするヨウだったが、マリーンは微妙に距離をとろうとした。
「なるべく離れて!」
「やだなあ、まだ根にもってるの? 更衣室で言ったことを。」
「永遠に忘れないから。」
マリーンは頬を膨らませ、顔をヨウの反対側へ向けた。
「とか言って、顔が赤いし、鼓動も早くなってない?」
「怒りでなってんの!」
マリーンはヨウをにらみつけたが、ヨウは全く動じなかった。
「そういえばさ、あのかわいいマルンってコ、大丈夫なの?」
「手を出したら檻に入れるから。」
「あはっ。出すわけないじゃん。」
ヨウはクスクス笑い、マリーンに顔をちかづけた。
「僕には君って人がいるからさ。」
「なっ、なにを言うの。そんなくだらないことばっかり言うから、信用度ゼロなんだからね。」
マリーンはさらに赤くなったが、怒りのせいなのかどうか自分でもよくわからなかった。
「マルンさんは表情をなくして、ショックで寝込んでしまったみたい。アズキさんがつきっきりで看病しているそうよ。」
「そうか…。あんなかわいいコになんてことを。絶対に顔面怪盗カオカルドを捕まえて、マルンちゃんや皆の笑顔をとりもどそう!」
マリーンがびっくりした表情でヨウを見つめた。
「なあに?」
「いや、珍しくまともなことを言うから驚いちゃって。」
「いったい僕をなんだと思って…」
「シッ!」
いつのまにか、カオカルドの目撃情報が一番多い水路橋に2人は着いていた。遠くから3対の目が監視しているのがなんとなくマリーンには感じられた。
「なんだ、誰もいないじゃん。」
ヨウは橋の中ほどまで歩いていくと欄干に体重を預けて下をのぞいた。
マリーンも同じ姿勢になり、ふと思い出した。
(ハンタさんは酔っていた。でも、欄干を乗り越えて落ちるものかな?)
ふわりと一陣の風が吹いた。
「すみません、少しよろしいかな?」
「え!?」
マリーンとヨウがふりかえると、ゆらりと人影が立っているのが見えた。
(い、いつのまに!?)
現れたのは、白のシルクハットにロングタキシード、顔をくちばしのように尖った奇怪なマスクで隠している怪人だった。
両目の部分だけが丸いレンズになっているのが不気味さを際立たせていた。
マリーンは相手の異様な雰囲気に気圧されず、ヨウをかばうように前に出た。
「あなたが顔面怪盗カオカルド?」
「ご名答。」
マスクごしのくぐもった声に反応したかのように、ヨウが背後からマリーンの腰をつかんだ。
「ヨウさん? さりげなくどこさわってんの?」
「ち、ちがうんだ…。」
「なにがちがうの!?」
本気で怒ろうとしたマリーンは、震えながら今にも泣き出しそうなヨウの言葉に愕然とした。
「マ、マリーンさん、僕、本気でこわいんだ…。」
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